蕩尽 -4-


「分からないね」
ミツヤは言った。彼の顔は見えなかったが、多分呆れているのだろうと思った。
彼の両手はルーザーの腰をつかみ、今まさにその怒張をあてがわんとしている。
そういう時に、人のことなんか聞いている場合だろうかと思うことは、おそらく正常なことだ。
「聞いてどうするんだい、ルーザー?」
「知りたいんだ」
ルーザーはそれだけを繰り返した。彼は本当に知りたかったから。
もちろんミツヤのためなどではない。……兄のために。いや、自分のためかもしれないが。
これもある種の現実逃避なのかもしれない。
だがその逃げ込む先が、さらに自分を追い詰めることであるのは……昔から、変わらなかった。
今日もそうだ。ずっとそうだ。だから未来も、そうだろう。

「……ツ」
ゆっくりと進入してくる。巨大なものが。
自分の不浄な器官に。痛くて張り裂けそうだった。額に脂汗が浮いていることを感じていた。
体がこわばる。力を抜くべきだろうと分かってはいるのだが、いうことを聞かない。
背筋がはりつめ、縛られたままの両腕が自由を求めてうごめいた。そして余計に、締まった。
「知りたいんだ……」
ルーザーはそれだけを繰り返す。
「……」
ミツヤは無言で腰を進める。

限界まで……だろう、たぶん、動きが止まったから。進入したところで、ミツヤはようやく息を吐いた。
「強情だね、ルーザー」
「……」
「まだ知りたいかい? 僕が怖かったかどうか」
「……ああ」
それを言うのすら、痛みを伴わずにはいられない。苦痛の声を上げないことで、精一杯だった。
「じゃあ、頼んでみて。『教えてくれ』って」
この期に及んで、ミツヤはまだそんなことを言う。怖いのだろうか。怖いのかもしれない。
ルーザーが。そう考えるとおかしかったが、もはや笑う余裕はなかった。口の中の唾液を必死で飲み込む。
「教えろ」
「そうじゃないだろう」
「教えてくれ」
口にした途端、頭から力が抜けて、枕の上に落ちた。その様子を見て、ミツヤが笑ったのが分かった。
もっとも彼も、声を上げて笑うほどの余裕はなかったようだが。

「そうだね。……怖かったよ」
ささやきながら、ゆっくりと腰が引き抜かれていく。またその痛みと、不快感に悲鳴をあげそうになる。
「でも、それは……」
半分くらい……だろう、引き抜かれたところで、再び進入してくる。痛い。苦しい。
「僕が君の兄さんを、愛していたからだ」
突き上げられる。体の奥底が。気持ちが悪くて吐きそうだった。再度、つばを飲み込んだ。
「心の底から愛していたからこそ、怖かった」
また引き抜かれていく。先ほどよりも早い速度で。嫌だった。しかし口には出来なかった。
「ねえ、ルーザー」
ミツヤは熱に浮かされたように、呟き続ける。
「そして君の兄さんも……それに応えてくれたんだよ」
彼は本当に幸福そうだった。たぶん、ミツヤは今、兄を犯しているのかその弟を犯しているのか、
分からなくなっているんじゃないかと、ルーザーは考えた。
その割には、腰の動きは一向に優しくはならないが。
「……ツ」
彼は再度悲鳴を上げた。

「あはは、そんなにショックだった?」
ミツヤは笑う。ルーザーは目を閉じてそれに耐えた。
どうして世の中はこんなに汚いもので溢れているんだろうと、彼は考えた。
腰の動きはゆっくりと、だが確実に加速していく。ルーザーの気持ちとは関係なく。
ひたすらに内壁をこすりあげられ、また引き抜かれ、小さな穴を拡張されて犯され続ける、
その痛みなど考えもせずに。
「素敵だね……、君は兄さんのことがそんなにも好きなんだ」
ミツヤは……楽しそうだった。そして、幸福そうだった。脂汗がにじむ。
自分は今、さぞかしひどい顔をしているのだろうと、ルーザーは考えた。
枕に顔をおしつけられているから、それをミツヤに見られないことは、確かに救いだった。
「ねえ、感想は? ルーザー?」
ひときわまた強く、腰が打ち付けられて、痛みにあえぐ。
「聞いたんだから、感想を聞かせてよ。ルーザー」

「じゃあ……教えてくれって……言って……みろ」
「ハハ……」
笑いながらミツヤは、ルーザーの頭に手を伸ばす。その金の髪をつかんで引き上げる。
そして再び、枕の上にだが、その頭を打ち付けた。
「君って馬鹿だね」
「おまえほどじゃ……ない……」
口の端から唾液が流れ出る。意識もだいぶ朦朧としてきていた。
だがそこに、またピストン運動が再開されて、ルーザーは悲鳴を上げた。
「……ッ……く」
「固いものほど、折れるときはポキッていくらしいんだ」
ミツヤの声にも、だんだん余裕がなくなっていく。
「ねえ、君はどこまでいったら折れるのかな」
「教えてくれって……言ってみろよ」
「じゃあ、教えて」
「……ッツ」

一瞬意識が飛びかけたところで、縛り上げられた腕が、ひねられた。
痛みに体をのたうたせて、それでまたさらに後ろの穴を自ら締め付けて、悲鳴を上げる。
「教えてよ、ルーザー」
ピストン運動はますます激しくなっていく。きっともう、限界が近いのだろう。
もっともその前に、ルーザーのほうも限界が近い。泣きわめき、叫びたかった。
父が死んで以来のこの理不尽を、わめき散らしたかった。
けれどもきっと自分はそれをしないことも、ルーザーは知っていた。それくらいなら、死んだ方がマシだ。
「……よかったよ」
彼はそう呟いた。自分は今、ずいぶんと汚い言葉遣いになっているなと思いながら。
「相手がおまえみたいなクソでも、兄さんが幸せならそれでいいんだ」
それはルーザーの本心だった。普段なら、決して人に話したりはしない種類の、本心だった。

涙がぽろぽろとこぼれる。確かに今、心のどこかが折れたことを、感じていた。
けれども、決して自分の尊厳は冒されていない。ミツヤ自身が言ったように、冒されてはいないのだと、
ルーザーは信じていたし、それはきっと事実だった。何が尊いかなど、自分が決めるのだ。

「あはは……」
ミツヤは笑う。けれども、ルーザーはそれを決して、幸せな笑いだとは思わなかった。
動きは激しさを増す。
痛みは、もう内部は麻痺してほとんど動きなど感じないのだが、それでも痛みは襲ってくる。
「……う…ぐ……ッ」
力なく引きずられる中で、体内に何か熱いものが放出されたのを感じていた。

ああ、こんなものかと思った。
こんなことで、人は幸福になるのかと。

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