敵は誰? -1-


最初は幽霊かと思った。
廊下にひっそりと立っていた、美しい少女。純白のネグリジェをまとい、金の髪を垂らして……。

「……!?」
ミツヤはとっさに声を上げないようにするので精一杯だった。
というのも、彼は人には言えない"仕事"から帰ってきたところだったので。
まあ、帰ってきたといってもここは彼の家ではないのだが――正確には。
もっとも、ミツヤの認識ではここはもう彼の家でもあった。
つまりそこは、マジックの屋敷だった。
そしてミツヤは自分の王であるマジックのために、
少々血なまぐさい"仕事"をして帰ってきたところだった。

……今回の仕事は、少し手こずった。
一族が相手だったので、またしても眼魔砲の撃ち合いになり、またしても彼は力を暴走させてしまった。
なぜなんだろうといつも考えるのだが、どうしても制御がうまくいかない。
だからこそミツヤは自分の手駒としてルーザーを使うようになったのだが、
あいにく今回はそのルーザーが出かけられなかった。抜けられない士官学校の行事があるのだという。
――まったくあいつは肝心な時に役に立たない。
そんな苛立ちも制御に失敗した原因かもしれない。
おかげで、また後始末が大変だ。それは、それこそルーザーに押しつけてやろうとは思っていたが。

ともあれ、そんなわけで、その時のミツヤの服装は、お世辞にもきれいなものとは言えなかった。
もっと問題なのは、その姿は誰にも見られてはいけないものだったということだ。
特に、この屋敷の人間には。

――ああ、まったく。

だからこそ驚き、そして身構えもしたのだが……、よく見るとそれは知った顔、
彼の王たるマジックの末の弟、サービスだった。
「……ミツヤ?」
驚いたように目を見開くその姿は、確かに彼が――そう彼女ではない、彼だ――が、
生きて呼吸している人間であることを知らしめる。
とはいえ、やはりその姿は幽玄のごとく……あまりにも昼間とは違う美しさに満ちていたのだが。
こんな時でなければ、素直にその美に感心して、褒める言葉の一つも並べてみせたのに。

それにしても――まずい。

薄暗い廊下の照明の中で……セキュリティの関係から、私室を除いてこの屋敷に暗闇は存在しない、
こちらにサービスの姿が見えているように、サービスにはミツヤの姿が見えているだろう。
大きく見開かれた青い瞳。そこに映っているであろう、自分の姿。

「……シャツが破れているよ」
ぽつりとサービスはそれを指摘した。
すっと手が肩の高さまであげられ、小さな人差し指がミツヤの右肩を示す。
「どうしたの、それ?」

最近サービスは、ミツヤともそれなりに話すようになっていた。
一番手こずった末の弟も、ようやく手に掴まえたとそう思い始めていた時だったのに。

――まったく。……殺すしかないのだろうか?

短絡的とは分かっていても、頭は常にその選択肢を最初に出す。
それはまた、ミツヤ自身の深い心の表れだったのだろう。――マジックの近くには僕だけでいいという。

「これはね……」
顔は微笑みをうかべながら、頭は懸命に言葉を探していた。
「怪我、しているの?」
しかしサービスはいつにない早さでそのミツヤの先手を打つ。
いつもは、話しかけられるのを待っているだけのような子供なのだが。
「……怪我はしていないかな」
「ううん。怪我している」
サービスはすうっとこちらに歩いてくる。毛足の長い深い絨毯の上を素足で。だから音も立てずに。
「ほら、怪我しているよ。ミツヤ」
背の高いミツヤを見上げるように、サービスは彼の右手に触れた。
「……そうだね」
確かによく見てみると、わずかに皮膚が赤く焼けている。秘石眼による傷の跡だ。
興奮のあまり気がつかなかったのだろう。それにしても、この暗い廊下では見えにくい傷のはずだが。
「僕、分かるんだよ。……ルーザー兄さんも、最近はよくそんな怪我してるから」
……この子供は、さらに恐ろしいことを口にした。

――殺すしかないのだろうか。

頭の中にはどうしてもその言葉がちらつく。
この距離だ、この近さだ。ここまで歩いてきた、この子は自分で。自分で死地に飛び込んだ。
左手で首を掴まえればすぐだ。のど骨を押さえ、声もあげられないようにして、
すぐにぽっきりと片手でその首を折ることすら出来そうだった。……少なくとも窒息死はさせられる。
いつだって一番簡単な選択肢は、一番魅力的なものだ。

――ただ、ここではまずい。

ミツヤの理性は懸命にそれを訴えた。ここは廊下だ。深夜とはいえ誰が通りかかるかも分からない。
そもそもサービスがなぜここに居たのかも不明なのだが、
誰かを捜していた、あるいは呼びに行こうとしていた可能性もある。

「ミツヤ、痛くない? 手当てする?」
サービスはそんな相手の心を知ってか知らずか、しゃべり続ける。
「そうだね……、手当てをしないとね……。それには……、僕の部屋に行かないと……」
殺したい、殺すべきだ、この細い首に手をかけて。
そんな衝動にも似た気持ちに突き動かされながら、ミツヤは懸命にそれを口にした。
そうして左手でサービスの肩を抱き、すぐ近くにある自分の部屋へと押しやる。
本当に、あと少しで、その部屋まで入れるところだったのだ。誰にも気づかれずに。

それなのにこの子は……自分から、死地に飛び込んでしまった。
――だから、仕方ないだろう? ね、マジック……。

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