「ねえ、兄さん……して」
この子はそう言って、求めてきた。
「僕は兄さんが……欲しいの」
そう言って、涙に濡れた瞳でこちらを見ていざなうものだから、
ルーザーはただ黙ってその体を草の上に横たえ、押し倒し、服のボタンに手をかけた。
いつから求めるようになったのだろう。そんなに以前のことではない。
こういった行為――それもルーザーが教えたものだ――を知ったサービスは、それに溺れた。
こうして彼は何度でも何度でも、兄を求める。
「お願い……兄さん……」
そう呟きながら。
◆
生け垣の影に隠れて、泣いているサービスを見つけたのは、偶然だった。
昼食の時から元気がないなとは思っていた。
いつものように弟は小食で、食事の終わりを待たずに席を立った。
「ごめんなさい、ちょっと宿題が溜まっているから」
それだけを言って。
見え透いた嘘だとルーザーは思ったが、黙っていた。兄であるマジックはあからさまに不機嫌になった。
ハーレムは何か言いたげにしながら、結局弟に声をかけることが出来なかった。
最近のサービスはこういったことが多い。十代の半ば、彼は遅い反抗期を迎えたのかもしれなかった。
何かというと一人になりたがる。沈んだ顔をしていることが多い。そのくせ、兄たちには何も言わない。
それは世間一般での反抗期とは少し違ってはいたが、兄たちへの反抗という点では同じだろうと、
ルーザーには思える。庇護の手を拒絶し、そのくせ甘えのようにやり場のない感情をぶつけている。
何も変わらないように思える。多分、他の兄弟たちも同じように受け止めているだろう。
ただ、どうしていいのか分からないだけで。
だから、生け垣の影に隠れて泣いているサービスを見つけたのは、偶然だった。
本当は違う。部屋に行ってみて、いないから、庭に出てみたのだ。
他の部屋ではなく庭だったのは、本当にただの偶然だが。引かれ合うかのように、兄弟は出会った。
細い手足を折り曲げて、うずくまりながら泣いていたサービス。
「どうしたんだい?」
ルーザーは尋ねる。彼は言葉以外の手段を持たなかったから。
「……悲しいの」
サービスは答えた。正直に。たぶん、相手がルーザーだったから。
――放っておいて。で、立ち去る人ではないことを、知っていたから。
「何が、悲しいんだい?」
ルーザーはしゃがみ込む。そうして弟の方に手を置く。そっと、優しく。
「……分からない」
「何か、理由はあるはずだろう」
それが彼なりの優しさだった。物事には必ず理由があるはずで、その理由を突き止めなければ、
現状は解決しない。それがルーザーという人間の思考だ。……だから、冷たいとも言われる。
けれども、サービスはそんな兄の優しさを知っている。
「うん……」
彼はうなずきながら、懸命に涙を手で拭った。そうしないと、ちゃんと話せないからというように。
「何もかもがイヤだ。学校も、家も、勉強も……」
「そういう時期なんだよ」
弟たちが生まれたとき、ルーザーは彼なりに勉強した。子供の成長と発達について学んだ。
実際には本通りにいかないことも多かったが、それでもおおむね、書物は正しかった。
そういうものだ。人間とはそんなに個性のある生き物ではない。人が願うほどには。
「でも兄さん……どうしていいか、分からないの」
「うん、そうだろうね」
兄はただ肯定する。それが現実だから。彼なりの優しさと、真面目さで。
弟はそんな兄の言葉を受けて、なお言葉をつむぐ。
「学校ではみんなが、僕を女みたいだって言う。ハーレムも言う。仲間外れにばっかりする」
「くだらないね」
「ハーレムは僕のことをからかってばかりだし、マジック兄さんは怒ってばっかりだ」
それは少し事実とは違うだろう。
「そうかな?」
だからルーザーは尋ねた。
「……違うのかもしれない。だけど、僕にはそう思える」
サービスは首を振ってから、言う。自分の被害妄想を肯定しつつも、感情をほとばしらせる。
「怖いんだ。兄さん達が。でもそんな自分も情けない」
「思い詰めることはないよ」
それはホルモンバランスの変化に、脳が対応しきれていないだけだと、そう思ったから言った。
「勉強もイヤだよ。たくさんたくさん勉強しても、まだルーザー兄さんには追いつけない」
「……僕の方が5年早く生まれたからね」
「きっと永遠に追いつけない」
「別に追いつく必要なんかないだろう」
「うん……」
サービスは再度首を振った。そうして手の甲で涙を拭いながら、顔を上げる。
涙に泣き濡れてもなお、彼は綺麗だった。ルーザーはそんな弟を見て微笑む。
「兄さん……」
「なんだい」
そっと弟の頬に口付けをして、涙を舐め取る。それでもなお、彼の瞳から涙は溢れる。
「どうしていいか分からないの」
「大丈夫だよ」
溢れ出す涙を、それがまるで慈愛の滴であるかのように、舐め取っていく。
ルーザーは実際にそうだと思っていたから。分かりやすく物を壊して回ったり、
兄に反抗して暴れ回るハーレムより、こうして庭の片隅でただひたすらに泣いているサービスが、
ルーザーは好きだった。そんな弟だからこそ、愛おしかった。
「ねえ、サービス。どうして欲しい?」
だから兄はそう尋ねる。耳元で優しくささやきかける。
「うん……」
弟はうなずいて、兄の体に腕を回す。そうしてしがみついてくる。幼い頃と同じように。
でも違うのは、それだけではもう、物足りないということ。
「兄さん……寂しいの」
埋められない心の隙間を埋めようかというように、力を込めて抱きつく。そしてなお、足りないことを知る。
だから彼は言うのだ。
「ねえ、兄さん……して」
熱に浮かされたような吐息で。
「僕は兄さんが……欲しいの」と。
◆
それはあるいは間違ったことかもしれない。
けれども彼らは、この行為に対して禁忌を持たなかった。
ルーザーとサービス、彼ら二人のそもそもの性質がそうであったこともあるし、
母を持たない青の一族という生まれも関係していたのかもしれない。
しかしこれを正しいことだと言い換える気持ちもまた……二人には存在しなかった。
生きることは辛いから……、でもその辛さを誰にもぶつけられず、理解もされないのならば……。
こうして抱き合うこと以外に何が出来るというのだろう。
それが二人の価値観だった。あるいは、ルーザーの。
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