「……ふう」
そうして気がつくと、辺りは一面血の海で。そして死体だけが転がっていた。
ああ、いつもそうだ。夢から覚めるときは、いつだって空しい。
「ごくろーさん、シンパチ」
でもそう言ってくれる相手がいるから、まあいいかと思う。
斎藤ハジメは階段のところに腰掛けながら、人の首を手にして笑っていた。
「ハジメちゃん、ちゃんと獲物は捕まえたんだね」
「おうよ。首だけになっちまったけどな」
彼はカラカラと笑う。首謀者の首。これさえ持ち帰れば、山南さんも土方さんも文句はないだろう。
永倉は表から突入して斬りまくる。斎藤は裏口から侵入して、すみやかに首謀者の首を取る。
二人の連携は完璧だった。今日もまた、完璧に決まった。
楽しい、楽しい。……でも。
「……!」
二人は同時に裏口を見る。そちらから大勢の殺気。
「なに、これ?」
「応援かあ?」
表からも、足音が迫っている。
「……罠?」
「ハンッ」
斎藤は鼻で笑った。罠だとしたら稚拙な話だ。
数人をおとりにして、その後数十人で取り囲むなんて。
人の命はそんなに軽くはないだろう。
「ねえ、どうする?」
「ここじゃあ、不利だな」
刀に付いた血糊を拭いながら聞く永倉に対して、斎藤は冷静にそう言った。
彼はこういった場面にも慣れている。子供の頃からくぐってきた修羅場の数が違うのだから。
その中には負け戦も多かったはずだ。……永倉は、ちょっとは動揺していたのだけど。
「囲まれちまっているし、ここは狭い。おまけに邪魔なもんがたくさんある」
それを分かっているので、斎藤はあえて自明なことを、ちゃんと説明する。してくれる。
だから永倉も冷静になれる。冷静に、あらためて、自分の中の狂気に身をゆだねる。
殺気を研ぎ澄ます。
「じゃあ、突破だね!」
「おうよ」
「表? 裏?」
「裏だな」
「おっけー!」
永倉は迷うことなく飛び出した。方針が決まれば、実行は早いほうがいい。
自分たちは罠にはまりつつあるのだから。
その後ろを斎藤が付いてくる。当たり前だ。何も心配などしていない。
いつだって自分たちの連携は完璧なのだから。
それがうまくいかないのなら……いっそ、負けて斬り殺されてしまえばいいのだから。
◆
「わーお」
それでもさすがに、店の裏側の土手に十数人の刺客がいる図は壮観だった。
斬り殺す敵と認識する前に、困ったなとは思えるくらいに。
――どっから沸いて出たんだろ。
永倉はそう考える。そう考えながら、くるりと右手の刀をひるがえす。
「こりゃ、ザキの失態だな」
斎藤はそう言った。彼は素早く永倉の背について、逆を向く。
今出てきた店からも、表から入ってきた追っ手が迫っていた。やっぱり十人以上いる。
つまり、完全に囲まれている。
「ススムちゃんも失敗することあるんだね」
「そりゃ、あれも一応人間だしな」
――優しいね、ハジメちゃん。
そう思う。窮地に陥ってそう考えられる余裕のある人間は、あまり多くない。
永倉は、斎藤のそんなところも好きだった。
「ねえ、ハジメちゃん」
「なんだよ? シンパチ」
「僕たちってさー、なんでも出来るって思われてない?」
「……そうかもなあ」
ふふと心の中で笑った。
そう、あれだけ血が欲しいだの斬りたいだの散々思っていて、愚痴っていて、
いざ窮地に陥ったら困るだなんて、勝手な話だ。
心戦組の中で派閥を作り、組を割ったこともそう。結局は――敵の数を増やすだけ。
でもそれこそが――望むこと。
永倉シンパチは笑う。窮地だからこそ笑う。本当に楽しくて仕方ない。
「パチ」
「なあに? ハジメちゃん」
「テキトーにやれよ」
「うん!」
それで肩の力が抜けた。大丈夫だ。僕たちはまだ、負けていない。そう思った。
「ほらよっ」
斎藤が手にしていた首を相手に向かって、無造作に投げる。
さすがに敵は動揺した。
確かに普通の人間は生首が飛んできたら、なんらかのリアクションを取るものだ。
しかしそれが命取り。
永倉は舞うような華麗さで体を半回転させ、そのエネルギーを殺すことなく、斎藤の背を蹴り、
その肩に乗り、飛び上がる。
「ダイビング清水斬り!」
刀に闘気を乗せて振り下ろす。真っ直ぐに、一直線に力を走らせることだけを考えて。
最高の気分だった。楽しくて仕方ない。彼はいつものように、軽やかに微笑んでいた。
敵が割れる。文字通り血しぶきを上げながら体を割ったものもいるが、
それ以上に剣激によって吹き飛ばされたものも多い。
「ヒュゥ」
賞賛の口笛をあげながら、そこに出来た隙間に向かって、斎藤が突撃する。
大技を繰り出した後の、永倉の隙を完全にカバーする形で。
そしてなおかつ、うがたれた敵の穴を押し広げるように。
血が舞う。斎藤の華麗な剣技が、敵をはね飛ばしていく。
その後ろを永倉が追う。三番隊組長が撃ち漏らした敵を、二番隊組長が斬り捨てていく。
人生はままならない。自分たちは網の目に絡み取られている。
それはしがらみであったり、法であったり法度であったり、国であったり、家というものであったりする。
しかし刀を振るう前では、人は平等になる。平等にただの獣に帰る。
永倉は、それが、好きだった。
刀を振るう。自らを刀と一体化させ、その行く先に身をゆだねる。殺気を研ぎ澄ませる。
勢いに身をゆだねる。決して立ち止まってはいけない。それはそのまま、死に直結する。
だから斬る。斬って、斬って、斬りまくる。刀が血糊で鈍ったら、そのまま叩き殺せばいい。
あるいは刺して殺せばいい。大切なのは、いかに殺すかということだ。
「あははははっ」
笑った。楽しくて仕方ないから。
そして、こうして笑うことも、一つの攻撃の形になることを、知っているから。
低い背丈、童顔、女のような丸い瞳。
それが狂気を帯びて輝くことが、相手にどれだけの恐怖を与えるかを知っているから。
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