血と刀とぬくもりと 中編


「……ふう」
そうして気がつくと、辺りは一面血の海で。そして死体だけが転がっていた。
ああ、いつもそうだ。夢から覚めるときは、いつだって空しい。
「ごくろーさん、シンパチ」
でもそう言ってくれる相手がいるから、まあいいかと思う。
斎藤ハジメは階段のところに腰掛けながら、人の首を手にして笑っていた。
「ハジメちゃん、ちゃんと獲物は捕まえたんだね」
「おうよ。首だけになっちまったけどな」
彼はカラカラと笑う。首謀者の首。これさえ持ち帰れば、山南さんも土方さんも文句はないだろう。

永倉は表から突入して斬りまくる。斎藤は裏口から侵入して、すみやかに首謀者の首を取る。
二人の連携は完璧だった。今日もまた、完璧に決まった。
楽しい、楽しい。……でも。

「……!」
二人は同時に裏口を見る。そちらから大勢の殺気。
「なに、これ?」
「応援かあ?」
表からも、足音が迫っている。
「……罠?」
「ハンッ」
斎藤は鼻で笑った。罠だとしたら稚拙な話だ。
数人をおとりにして、その後数十人で取り囲むなんて。
人の命はそんなに軽くはないだろう。

「ねえ、どうする?」
「ここじゃあ、不利だな」
刀に付いた血糊を拭いながら聞く永倉に対して、斎藤は冷静にそう言った。
彼はこういった場面にも慣れている。子供の頃からくぐってきた修羅場の数が違うのだから。
その中には負け戦も多かったはずだ。……永倉は、ちょっとは動揺していたのだけど。
「囲まれちまっているし、ここは狭い。おまけに邪魔なもんがたくさんある」
それを分かっているので、斎藤はあえて自明なことを、ちゃんと説明する。してくれる。
だから永倉も冷静になれる。冷静に、あらためて、自分の中の狂気に身をゆだねる。
殺気を研ぎ澄ます。

「じゃあ、突破だね!」
「おうよ」
「表? 裏?」
「裏だな」
「おっけー!」

永倉は迷うことなく飛び出した。方針が決まれば、実行は早いほうがいい。
自分たちは罠にはまりつつあるのだから。
その後ろを斎藤が付いてくる。当たり前だ。何も心配などしていない。
いつだって自分たちの連携は完璧なのだから。
それがうまくいかないのなら……いっそ、負けて斬り殺されてしまえばいいのだから。

「わーお」
それでもさすがに、店の裏側の土手に十数人の刺客がいる図は壮観だった。
斬り殺す敵と認識する前に、困ったなとは思えるくらいに。
――どっから沸いて出たんだろ。
永倉はそう考える。そう考えながら、くるりと右手の刀をひるがえす。
「こりゃ、ザキの失態だな」
斎藤はそう言った。彼は素早く永倉の背について、逆を向く。
今出てきた店からも、表から入ってきた追っ手が迫っていた。やっぱり十人以上いる。
つまり、完全に囲まれている。
「ススムちゃんも失敗することあるんだね」
「そりゃ、あれも一応人間だしな」
――優しいね、ハジメちゃん。
そう思う。窮地に陥ってそう考えられる余裕のある人間は、あまり多くない。
永倉は、斎藤のそんなところも好きだった。

「ねえ、ハジメちゃん」
「なんだよ? シンパチ」
「僕たちってさー、なんでも出来るって思われてない?」
「……そうかもなあ」

ふふと心の中で笑った。
そう、あれだけ血が欲しいだの斬りたいだの散々思っていて、愚痴っていて、
いざ窮地に陥ったら困るだなんて、勝手な話だ。
心戦組の中で派閥を作り、組を割ったこともそう。結局は――敵の数を増やすだけ。
でもそれこそが――望むこと。

永倉シンパチは笑う。窮地だからこそ笑う。本当に楽しくて仕方ない。
「パチ」
「なあに? ハジメちゃん」
「テキトーにやれよ」
「うん!」
それで肩の力が抜けた。大丈夫だ。僕たちはまだ、負けていない。そう思った。

「ほらよっ」
斎藤が手にしていた首を相手に向かって、無造作に投げる。
さすがに敵は動揺した。
確かに普通の人間は生首が飛んできたら、なんらかのリアクションを取るものだ。
しかしそれが命取り。
永倉は舞うような華麗さで体を半回転させ、そのエネルギーを殺すことなく、斎藤の背を蹴り、
その肩に乗り、飛び上がる。
「ダイビング清水斬り!」
刀に闘気を乗せて振り下ろす。真っ直ぐに、一直線に力を走らせることだけを考えて。
最高の気分だった。楽しくて仕方ない。彼はいつものように、軽やかに微笑んでいた。

敵が割れる。文字通り血しぶきを上げながら体を割ったものもいるが、
それ以上に剣激によって吹き飛ばされたものも多い。
「ヒュゥ」
賞賛の口笛をあげながら、そこに出来た隙間に向かって、斎藤が突撃する。
大技を繰り出した後の、永倉の隙を完全にカバーする形で。
そしてなおかつ、うがたれた敵の穴を押し広げるように。
血が舞う。斎藤の華麗な剣技が、敵をはね飛ばしていく。
その後ろを永倉が追う。三番隊組長が撃ち漏らした敵を、二番隊組長が斬り捨てていく。

人生はままならない。自分たちは網の目に絡み取られている。
それはしがらみであったり、法であったり法度であったり、国であったり、家というものであったりする。
しかし刀を振るう前では、人は平等になる。平等にただの獣に帰る。
永倉は、それが、好きだった。

刀を振るう。自らを刀と一体化させ、その行く先に身をゆだねる。殺気を研ぎ澄ませる。
勢いに身をゆだねる。決して立ち止まってはいけない。それはそのまま、死に直結する。
だから斬る。斬って、斬って、斬りまくる。刀が血糊で鈍ったら、そのまま叩き殺せばいい。
あるいは刺して殺せばいい。大切なのは、いかに殺すかということだ。

「あははははっ」
笑った。楽しくて仕方ないから。
そして、こうして笑うことも、一つの攻撃の形になることを、知っているから。
低い背丈、童顔、女のような丸い瞳。
それが狂気を帯びて輝くことが、相手にどれだけの恐怖を与えるかを知っているから。

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