瞳の端で確認するのは斎藤の姿。しかしそれもやがて敵の中に溶けていく。
永倉はいかに目の前の敵を殺すかということだけを、考えていた。
もうこうなったら、すべて斬り捨てるつもりだった。
我慢ならない。自分たちに、一時でも恐怖を与えた敵を、討ち漏らすなんて我慢ならない。
斬って、斬って、斬りまくる。円を描くように、敵を追い回す。
一人たりとも逃がしはしない。もう刀は血まみれで、ろくに斬れもしないけれど。
剣に乗せた闘気がある限りは問題ない。そしてそれは、永倉の中から無尽蔵に沸きだしてくる。
血しぶきが自分を染めあげていることも感じていた。でも気にしない。
「あははははっ」
永倉は笑う。楽しくて笑う。いまこそ、自分は生きていると思えるから。
このために自分は生まれてきたのだと――たとえそのことがどんなに歪でも、そう思えるから。
「ひゅうっ」
笑いながら剣を振り回した。逃げようとしていた目の前の敵が倒れ、
それを確認するまでもなく、彼はそのまま後ろの敵に向かって刀を振るう。
カキンッ
鋼と鋼が触れあう硬質な音がして、その刀ははじかれた。
――自分の闘気がはじかれた。
それはすごいことだった。嬉しかった。
永倉は目を見開く、そのまま体を一回転させ、今度は下段から刀を振り上げる。
ガギンッ
それも受け止められた。そして相手はニヤリと笑った。
「パチ。相変わらず、いい剣技だな」
「……あ」
ふっと我に返る。辺りは一面血の海で、死体が折り重なっていて、
立っているのはもう、自分たち二人だけだった。
つまり、永倉が斬りかかっていた相手は、斎藤ハジメだった。
――……。
心に暗闇が忍び寄る。またやってしまったと思った。実はこれが初めてではなかった。
「ハジメちゃん……」
永倉はだらんと腕をおろす。刀が急に重く感じられた。
けれど……。
「最初に会った時も、こうだったよなぁ」
斎藤の笑顔が見える。会心の笑顔だ。そこには何の影もない。
例えお互い血まみれのひどい姿でも……。それだけは。
「シンパチ」
斎藤は刀を下ろし、左手でぽんぽんと永倉の頭を叩く。
「大丈夫だぜ。俺は」
――おまえはどうなんだ?
瞳が尋ねている。
「大丈夫だよ」
永倉はそう答えた。半分呆然としながらも、でも、答えることで、それは本当になることを感じながら。
頭が急激に冷めていく。しかし冷えすぎることはない。
闇に落ちる前に、すくい上げてくれる手があるから。
「サイコーだったな」
ぎゅっと抱きしめてくれる。大きな手が、そして胸板が。ちっぽけな自分の体を包んでくれる。
「うん!」
永倉もそう答えて、相手の体を抱きしめ返した。幸せだった。敵を斬り殺している時よりも、ずっと。
ここには暖かさがあった。
おかしいだろうか。でも、それが本当なのだ。
そういう人間もこの世の中にはいて、そして永倉シンパチはそういう人間だったのだ。
たぶん、生まれながらに。だからこそ、壬生に流れ着いた。死に場所を探すかのように。
……そして、生きる場所を見つけてしまった。
それが幸せなことだったのかどうかは、実はまだ分からないけれど。
今、こうして包まれている暖かさだけは、本物だと思った。
◆
「でも思うんだけどよォ」
「ススムちゃん、絶対に分かっていたよね」
「やっぱりそう思うか?」
「やっぱりさ、僕たちって何でも出来ると思われているんだよ」
頬をふくらませる。
「まあ、いいじゃねーか」
「ハジメちゃんは優しすぎるよぉ」
「んなこと言うのは、シンパチくらいだぜ」
斎藤は笑う。嬉しそうに。だから、永倉も、まあいいかと思う。
「でもボーナスは出してもらおうね!」
「ああ、もちろんだぜッ」
二人はぎゅっと手を握りしめ合って笑う。
血の海の中で。死体の山の中で。
おかしいだろうか。でも、これも本当なのだ。
そういう人間達もこの世の中にはいて、そして永倉シンパチと斎藤ハジメはそういう人間だったのだ。
たぶん、生まれながらに。そして、壬生で出会った。お互いを、見つけた。
それが幸せなことだったのかどうかは、本人達が知っている。
「俺たちってサイコーだよな!」
「うん! もちろん!」
そう言って笑い合う。本人達は知っている。
刀に依って生きることのむなしさと、それでもその先にある、ほんのちっぽけな幸せを。
それを求めて今日もあがく、自分たちの生の意味を。
血と刀と、それだけではない何かを。
彼らは確かに、知っていた。
2007.2.16
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