「ねえ、ハジメちゃん」
「なんだよ? シンパチ」
「僕たちってさー、なんでも出来るって思われてない?」
「……そうかもなあ」
◆
二人は共に壁に背中をあずけ、人通りを眺めていた。
それはある壬生の夕暮れ。
「暇だねー」
永倉シンパチは頭の後ろで腕を組んで、なんとなくそう呟いた。
「ケッ、くだんねえ」
斎藤ハジメは空に向かって吐き捨てるようにそう言って、ずるずると体を滑り落ちさせ、しゃがみ込む。
「くだらないって僕のこと?」
横目でジロリとにらむ。
「んなわけねーだろうがよー」
あっさり困った顔になるのが面白い。
「じゃあ何がくだらないのさ、ハジメちゃん」
「あー」
永倉はふふんと笑みを浮かべつつ、斎藤の様子をうかがう。
そのまるで飢えた犬が空腹のあまり倒れそうな様子を。……まあ、間違ってはいない。
壬生の狂犬が獲物を前にして、何時間もお預けをくらっていたら、そうなるだろう。
つまり、――血が欲しい。
「情けないねー」
「うるせー。そういうオメーだって、さっきから何回頭ン中で考えてるよ?」
「何をさ?」
ちょっとムッとする。
「そりゃもちろん、一足飛びに二階まで駆け上がって、中の人間全員ぶった斬る」
「……そうできたら、いいね」
はあと二人は同時にため息をついた。
なぜ自分たちがここに居るのか。――敵を殺すためだ。
なぜ自分たちがここに存在しているのかと同じくらいに、それは明白な答えだった。
「知らねーよ、首謀者なんてよォ」
「しかも逃げの常套犯だよ」
「んな臆病モンの始末なんて、それこそ山崎の仕事だろうがよぉ」
「なんで僕たちなんだろうね」
つまり話はこうだった。
――討ち入りをしてください。ただし敵の首領がその店に入ってからにしてください。
「「サイテーだ」」
二つの声が重なる。
しかし、そんな単純な仕事も出来ないんですかと聞かれると、断れなかった。
ああ、何故こんなことになってしまっているのだろう。
自分たちが山南さんの派閥に入ったのは、今よりもっと自由に人が斬れるからだと思っていたのだが。
そもそも、どうしてそんな勘違いをしてしまったのかも、今となってはよく分からない。
土方トシゾーの作った局中法度に反発して、好き勝手やっていたら、
今度は別の、もっと訳の分からない網に絡み取られてしまったかのようだ。
もっとも、この二人の人生とは、つまりそういうことだったのだけど。ずっと。
「格好悪いよ、こんなところで待機なんてさぁ」
それでも呟き続ける。この理不尽な人生に、反抗する。
「なあなあ、シンパチ、ちょっと考えたんだけどよ?」
「なあに?」
しゃがみ込んだ斎藤の頭の高さは、かろうじて永倉より低い程度だ。
まったくもって理不尽なことだと思うが、永倉以外の山南派の人間は、そろいもそろって長身だった。
いや沖田ソージは別として。
それもやっぱり気にくわない。しかし、それはそれとして。
「もう中に入って、全員ぶった斬るってのはどおよ?」
「いいねー」
考えただけでわくわくする。瞳が輝く。
「でも、首謀者はどうするの?」
「だから、中で待ってればいいだろ。何も知らずに入ってくるのをよォ」
「ハジメちゃん、頭いいね!」
「そうだろ?」
自慢げにタレ目が細められる。その表情は好きだった。
斎藤の無邪気に笑った顔というのは、実はそんなに多くない。
一見無邪気に人生を生きているような人間なのだが。……たぶん、実際は違うから。
永倉と同じだ。
人生はままならない。この仕事と同じように。
「でも、きっと僕たち、血をまき散らして大騒ぎにしちゃうから、駄目だろうね」
まったく、いつものことだった。
「あー、そうだなー」
血しぶき、悲鳴、それこそ二人の愛するもの。
……いや、斎藤は本当に愛しているのか、分からないけど。
永倉は……愛していた。刀で人を斬ることも、斎藤ハジメのことも。同じように。
それはまったく彼にとって自然なことで、だからこそ、永倉シンパチは……ちょっと、おかしい。
それくらいの自覚はある。
いいかげん我慢の限界に来たところで、ふっと頭上から短冊が降ってきた。
ごく自然に斎藤が掴み取る。
「おっけ」
「突入?」
「ああ」
斎藤は立ち上がり、永倉はうーんと伸びをする。そのまま手をぐるんとまわし、笑った。
「じゃあ行こうか、ハジメちゃん!」
「おうよ、シンパチ!」
そうしていつものように、血戦の幕が開かれる。
◆
斬る、斬る、斬る。
とにかく目の前の敵を手当たり次第に斬っていく。
横なぎに払い、そのまま上に向かって切り上げる。振り下ろされる刀を横っ飛びに交わす。
おさげ髪が視界の端で揺れる。
屋内では永倉の必殺技は使えないが、その代わりに背が低いことは屋内の戦闘では有利に働く。
壬生で一般的に使われる刀は長い。そのまま振り回すと、天井や梁に当たってしまう。
けれども永倉の身長なら、そのことはあまり考えなくていい。
彼が自分の背丈について感謝するのはその時くらいだ。
もっとも、それだけでも充分なのかもしれないけれど。
「あははははっ」
笑い声を上げながら。血の舞を踊る。
「……っ」
後ろから迫ってくる殺気、彼は微笑んだ。極上の笑みを浮かべた。
相手と目が合う。恐怖に震えた顔。大好きだ。愛している。
右手の刀を軽く振るった。指が数本切れて舞う。敵が刀を取り落とす。
――さあ、どうするの?
瞳で問う。
「うわあああッ」
「ちぇっ」
逃げ出した相手を、本当につまらないなあと思いながら追いかける。
「待ってよ」
そう言うけど、もちろん聞いてくれるとは思っていない。けれど、構わない。
「逃がさないよっ」
地面すれすれを伸びるように跳んで、右足で着地、そのまま上に飛び跳ねながら斬った。
確実な手応え。肋骨を切って背骨も半分以上切断する。それくらいの殺傷力が、壬生の刀にはある。
それに加えて、自分たちは独特の"力"をその刀にのせる剣技も持っている。もちろん即死だ。
「あはっ」
永倉は笑う。心底楽しくて。
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