血と刀とぬくもりと 前編


「ねえ、ハジメちゃん」
「なんだよ? シンパチ」
「僕たちってさー、なんでも出来るって思われてない?」
「……そうかもなあ」

二人は共に壁に背中をあずけ、人通りを眺めていた。
それはある壬生の夕暮れ。
「暇だねー」
永倉シンパチは頭の後ろで腕を組んで、なんとなくそう呟いた。
「ケッ、くだんねえ」
斎藤ハジメは空に向かって吐き捨てるようにそう言って、ずるずると体を滑り落ちさせ、しゃがみ込む。
「くだらないって僕のこと?」
横目でジロリとにらむ。
「んなわけねーだろうがよー」
あっさり困った顔になるのが面白い。
「じゃあ何がくだらないのさ、ハジメちゃん」
「あー」
永倉はふふんと笑みを浮かべつつ、斎藤の様子をうかがう。
そのまるで飢えた犬が空腹のあまり倒れそうな様子を。……まあ、間違ってはいない。
壬生の狂犬が獲物を前にして、何時間もお預けをくらっていたら、そうなるだろう。
つまり、――血が欲しい。

「情けないねー」
「うるせー。そういうオメーだって、さっきから何回頭ン中で考えてるよ?」
「何をさ?」
ちょっとムッとする。
「そりゃもちろん、一足飛びに二階まで駆け上がって、中の人間全員ぶった斬る」
「……そうできたら、いいね」
はあと二人は同時にため息をついた。
なぜ自分たちがここに居るのか。――敵を殺すためだ。
なぜ自分たちがここに存在しているのかと同じくらいに、それは明白な答えだった。

「知らねーよ、首謀者なんてよォ」
「しかも逃げの常套犯だよ」
「んな臆病モンの始末なんて、それこそ山崎の仕事だろうがよぉ」
「なんで僕たちなんだろうね」
つまり話はこうだった。
――討ち入りをしてください。ただし敵の首領がその店に入ってからにしてください。
「「サイテーだ」」
二つの声が重なる。

しかし、そんな単純な仕事も出来ないんですかと聞かれると、断れなかった。
ああ、何故こんなことになってしまっているのだろう。
自分たちが山南さんの派閥に入ったのは、今よりもっと自由に人が斬れるからだと思っていたのだが。
そもそも、どうしてそんな勘違いをしてしまったのかも、今となってはよく分からない。
土方トシゾーの作った局中法度に反発して、好き勝手やっていたら、
今度は別の、もっと訳の分からない網に絡み取られてしまったかのようだ。
もっとも、この二人の人生とは、つまりそういうことだったのだけど。ずっと。

「格好悪いよ、こんなところで待機なんてさぁ」
それでも呟き続ける。この理不尽な人生に、反抗する。
「なあなあ、シンパチ、ちょっと考えたんだけどよ?」
「なあに?」
しゃがみ込んだ斎藤の頭の高さは、かろうじて永倉より低い程度だ。
まったくもって理不尽なことだと思うが、永倉以外の山南派の人間は、そろいもそろって長身だった。
いや沖田ソージは別として。
それもやっぱり気にくわない。しかし、それはそれとして。
「もう中に入って、全員ぶった斬るってのはどおよ?」
「いいねー」
考えただけでわくわくする。瞳が輝く。
「でも、首謀者はどうするの?」
「だから、中で待ってればいいだろ。何も知らずに入ってくるのをよォ」
「ハジメちゃん、頭いいね!」
「そうだろ?」
自慢げにタレ目が細められる。その表情は好きだった。
斎藤の無邪気に笑った顔というのは、実はそんなに多くない。
一見無邪気に人生を生きているような人間なのだが。……たぶん、実際は違うから。
永倉と同じだ。

人生はままならない。この仕事と同じように。
「でも、きっと僕たち、血をまき散らして大騒ぎにしちゃうから、駄目だろうね」
まったく、いつものことだった。
「あー、そうだなー」
血しぶき、悲鳴、それこそ二人の愛するもの。
……いや、斎藤は本当に愛しているのか、分からないけど。
永倉は……愛していた。刀で人を斬ることも、斎藤ハジメのことも。同じように。
それはまったく彼にとって自然なことで、だからこそ、永倉シンパチは……ちょっと、おかしい。
それくらいの自覚はある。

いいかげん我慢の限界に来たところで、ふっと頭上から短冊が降ってきた。
ごく自然に斎藤が掴み取る。
「おっけ」
「突入?」
「ああ」

斎藤は立ち上がり、永倉はうーんと伸びをする。そのまま手をぐるんとまわし、笑った。
「じゃあ行こうか、ハジメちゃん!」
「おうよ、シンパチ!」

そうしていつものように、血戦の幕が開かれる。

斬る、斬る、斬る。
とにかく目の前の敵を手当たり次第に斬っていく。
横なぎに払い、そのまま上に向かって切り上げる。振り下ろされる刀を横っ飛びに交わす。
おさげ髪が視界の端で揺れる。
屋内では永倉の必殺技は使えないが、その代わりに背が低いことは屋内の戦闘では有利に働く。
壬生で一般的に使われる刀は長い。そのまま振り回すと、天井や梁に当たってしまう。
けれども永倉の身長なら、そのことはあまり考えなくていい。
彼が自分の背丈について感謝するのはその時くらいだ。
もっとも、それだけでも充分なのかもしれないけれど。

「あははははっ」
笑い声を上げながら。血の舞を踊る。
「……っ」
後ろから迫ってくる殺気、彼は微笑んだ。極上の笑みを浮かべた。
相手と目が合う。恐怖に震えた顔。大好きだ。愛している。
右手の刀を軽く振るった。指が数本切れて舞う。敵が刀を取り落とす。
――さあ、どうするの?
瞳で問う。

「うわあああッ」
「ちぇっ」
逃げ出した相手を、本当につまらないなあと思いながら追いかける。
「待ってよ」
そう言うけど、もちろん聞いてくれるとは思っていない。けれど、構わない。
「逃がさないよっ」
地面すれすれを伸びるように跳んで、右足で着地、そのまま上に飛び跳ねながら斬った。
確実な手応え。肋骨を切って背骨も半分以上切断する。それくらいの殺傷力が、壬生の刀にはある。
それに加えて、自分たちは独特の"力"をその刀にのせる剣技も持っている。もちろん即死だ。
「あはっ」
永倉は笑う。心底楽しくて。

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