龍と虎が出会うとき 前編


「お?」
斎藤ハジメは足を止めた。
屯所の庭に人の輪が出来ている。それだけならば別に珍しいことでもないが――幸か不幸か、
心戦組には見物に値するものがたくさんあるので、その中心にいる人物が永倉となれば、話は別だ。
永倉シンパチ。心戦組、二番隊組長。
彼は一心不乱に、張りぼての人形めがけて木刀を打ち込んでいる。

その動作は舞のように華麗だが、打ち込む力は半端なく、一刀ごとに木くずが飛び散る。
小柄であるからといって、彼の刀に力がないと思いこむのは間違いだ。
小柄であるからこそ、永倉はその一刀に全身の力と体重を預ける。
それは例えば、斎藤のように下手に体格に恵まれている人間には出来ない戦い方だ。
もっとも、そのことには利益も不利益もあるが……。
ともあれ、永倉がそのように本気を見せるということは、とても珍しいことだった。
「ふーん」
斎藤が思わず足を止めるほどに。

「面白いことやってるじゃんよう、シンパチ」
誰に言うともなくつぶやきながら、隊士の群れをかき分ける。
「オラ、おまえらが見ても手本になるもんじゃねーぞ」
「それ、どういう意味さ、ハジメちゃん?」
永倉は振り向くことなく、ただ刀の動きだけを止めて、そう尋ねた。その中にはわずかな殺気。
――おお、怖ぇ。
そんなことを思いながら、斎藤はあえて軽く挑発を入れる。
「誰もおまえみたいには戦えないってことよ。シンパチ」
「ふうん」
すっと殺気が引いていく。この絶妙の間合い。
軽く一歩を踏み出したところで、ヒュッと刀がこちらを向いた。
「それって僕が組長として失格ってこと?」
「八つ当たりは止めろや」

そう言いつつも、斎藤はニヤリと笑う。自分も殺気を出す。
「ガンマ団総帥に吹っ飛ばされたのが、そんなにムカつくのかよ。シンパチちゃん」
「……」
ゴウと小柄な体から、殺気が音を立てて噴出するようだった。
――いいねえ。
そう思う。楽しかった。
斎藤は適当にその辺りに居た隊士から、木刀をふんだくる。
「殺るかあ?」
「上等さ」
永倉は笑う。口元だけで。目は少しも笑っていない。
一瞬でも隙を見せたら、その瞬間にぶっとばされるだろう。
まわりから、音を立てて人波が引いていく。二人の組長の戦い、そこに首を突っ込もうなどという
酔狂な愚か者はいない。そういう人間は、この心戦組では生き残れない。

二人は二歩の間合いをとって、向き合った。この場合の二歩とは、斎藤の基準でだ。
永倉なら三歩。しかし彼の動きは斎藤よりもはるかに――速い。
「ひゅう」
呟きと共に、刀がおそってくる。がっと受け止めただけで、手がしびれるほどの気合い。
――本気だな。
そう思った。これくらいの本気を最初から出していれば、木刀といえども、
人形は真っ二つに折れていただろう。あのような、ぼろくずと化す前に。
どちらがマシなのかはよく分からないが、一つ言えることは、そのような剣を受けたら、
人体ももちろんただでは済まないということだ。
「やっ」
永倉は空中で一回転して木刀を振り下ろす。斎藤は横っ飛びしてそれをかわした。
あんなもの、真っ当に受け止めていたら、体が持たない。その証拠に地面には亀裂が入る。

「逃げちゃだめだよう、ハジメちゃん」
そういいながら、永倉はさらに打ち込んでくる。今度は地面を低く、舞うように。
永倉の剣は円を基本とする。
それはそのまま、彼が高度な剣術の基礎をたたき込まれていることを意味する。
「逃げてねーよ」
対する斎藤の剣は線だ。まっすぐな直線。……それが人を殺すには、一番早いから。
道場に依らず、己の体術だけで作り上げられた剣。
ガシッ、ザッ、ゴウッ。
一瞬のうちに、三種の打ち合いが行われた。下から横から、そして上から。

「軽いんだよ、オメーの剣はよッ」
「……ッ」
あえて挑発する。永倉が一番言われたくないことを言う。
木刀にのせられた気合いが増した。
――まだまだ。
だが本気には遠い。斎藤はそのことを楽しんでもいたし、つまらなくも思っていた。
「ハジメちゃんこそ」
刀が打ち合い、弾かれるかと思ったら、そのまま巻き込むように剣先が円を描く。
「動きが遅いんじゃない?」
「おっと」
そのまま刀を持っていかれるところだった。斎藤は危うく体勢を立て直す。
それが出来るのも、彼には恵まれた体格があるからだ。それは遅さでもあるが……安定でもある。

「せいやっ」
引いた左足をそのまま軸にして、右手に持った木刀を振り上げる。
正確に、永倉の跳ぶ軌跡を追尾するように。
「はっ」
永倉はそれを刀で受けるのではなく、足で蹴ってさらに上へと飛翔した。
「真剣だったらどーすんだよ」
そう呟いてみるが、多分真剣でも彼は同じことをしただろうなと思っていた。
壬生の刀は片刃だし、どんな刀も真横から蹴れば斬れることはない。
……他にもいろいろやりようはある。
「ダイビング……」
「おっと」
真っ直ぐ切っ先を上に上げたまま、斎藤も飛翔する。そういうことは珍しい。
もちろん永倉の跳躍にははるかに及ばないが、清水斬りの間合いを消すことには成功した。
「ちぇっ」
そういいながら、永倉は普通に木刀を振り下ろす。

斎藤の切っ先をかわして、巻き込むように彼の体を目がけて、刀と永倉の体が落ちてくる。
「うらっ」
そこを目がけて膝蹴りをたたき込む。もちろん空中で最初から出来ることではない。
跳躍した時点で決めていた動きだ。
「むっ」
永倉はそう呟きながら、素早く左足を踏み下ろして、その斎藤の膝を蹴った。
そのまま大きく後ろに宙返りしながら跳躍する。
「オメーは牛若かっての」
斎藤も着地しながら、木刀を構え直す。
「ハジメちゃんは弁慶?」
「おうよ」
ニヤリと笑った。

「図体でかいもんね」
「うっせー」
「動きも遅いし」
「おめーが早すぎるんだよ」
「ついでに頭は狂犬病だしッ!」
「言うなー!」
島でのトラウマを刺激されて、思わず叫ぶ。それでも手を出さないのは、互いに呼吸を読んでいるからだ。
……いよいよ本気で打ちかかるための。

――何やっているんだろうな。
頭の隅では冷静にそう考えている。
――パチを刺激して何が楽しいんだっての。
別に本気で喧嘩を売っているわけでもないし、そんなに戦いたかったわけでもない。
ただ……何か、手を出さなければいけない気がしたのだ。
斎藤ハジメは主に、そういった本能で動いている。
――で、俺は勝つのか、負けるのか。
自分に問いかけた。どっちにするんだと。決めるなら、今のうちだと。

「ハジメちゃん」
「なんだよ」
「弁慶ならおとなしく降参しろ」
「まだ言ってんのか、テメェ」
とはいえ、永倉と牛若丸というのは、確かに似合っているなと考えた。
小柄だし、動きは華麗だし、顔は可愛らしい。ついでに性格は……。
「今なら、たんこぶ3つで許してあげる」
恐ろしい。

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