皇帝錯乱2 ◆ll7dsHBA4Y(4-351さん)




 ラインハルトは、足で軽くヒルダの腹を蹴りあげた。
「きゃっ……!」
 ヒルダはびくりと身体を振動させたが、慌てて肛門に力を入れなおす。
 ラインハルトはそのまま、足で下腹部に刺激を与えつづけていた。
「は……ぅん……あぁ、陛下……。
 止めて……」
「あなたは予に命令するのか?
 予は秘書官の命令で女性を楽しむことを止めねばならないのか」
 確かに、専制国家においては、基本的に人民は皇帝の所有物である。
 さらに言えば、ヒルダはラインハルトの家臣であり、命令には服従する義務をおう。
 それにヒルダは自ら望んでラインハルトに忠誠を誓い、仕えているのであって、強制されたわけではない。
 うら若い幕僚と、これまた若い主君。
 いくら皇帝が潔癖症だとはいえ、弱者を虐げることをよしとしない人柄であるとはいえ、こういった状況を覚悟しなかったのはヒルダの不明ではないのか。
 理性はそうささやきかけるが、感性はそれを拒絶する。
 ラインハルトはいまや暴君にヒルダの目には映っていた。



(でも、やっぱり陛下に見せるのは……。
 どうすればいいのかしら)
 ヒルダは必死で頭を回転させていた。
 あのミッターマイヤー元帥をして「一個艦体の武力にまさる」と言わしめた智謀は、あるひとつの策をヒルダに授けた。
「―――陛下」
 ぞんがい冷たい声が出た、とヒルダは思った。
 ラインハルトも気づいたようで、何となく恐々と、しかしそれを隠すように強くたずねる。
「何だろう、フロイライン」
「ゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
「さようでございます。
 このゲームに陛下がお勝ちあそばせれば、わたしは陛下のどんなご命令にも従います。
 ですが、このゲームにわたくしが勝った場合、わたしの頼み事をお聞き入れくださいますよう」
 ラインハルトは首をひねった。
「ゲームにもよるな。どのようなルールかな」
「石取りゲームです。
 一三個の石をふたりで取り合うゲームですわ。
 ただし、一回に取るのは三個までとさせていただきます」
 ラインハルトはしばらく考えていたが、首をふった。
「あなたのことだ、どうせ必勝法を知っているのだろう。
 情報戦で破れていることを知っている以上、猪突猛進はできぬ。
 お断りさせていただこう」
 ヒルダは心の中で舌打ちした。
 頭を打ったのだから、少しばかり莫迦になっていてもよさそうなものなのに、というわけである。
(こういう遊びのストックはあまりないし……。
 しょうがない、どっちにしても好きにやられるなら)
「では、陛下、じゃんけんはいかがでしょう?」
「じゃんけん?」
「はい、あれでしたら必勝法などというものは存在しないかと思います」
 ラインハルトは少し考えこんだ。
 それから、優美にうなずく。
「それがよかろう。
 では一回勝負でよろしいかな」
「はい、陛下」
(大神オーディンよ、どうか力をお貸しくださいまし。
 この偉大なる皇帝をこれ以上貶めぬように……)
 ヒルダは、神々に祈りを捧げた。
 もしかしたら何かの気まぐれで助けてくれるかもしれない。



「では、最初はグー、じゃんけん」
 ぽい。
 カイザー グー
 ヒルダ  パー
「やった!」
 思わず心の中でガッツポーズを取るヒルダ。
 ラインハルトは深刻な打撃を受けたかに見えた。
「そんな……予は……」
 それから、首を振る。
「フロイライン、約束だ。
 要望を」
「自由にしていただきとうございます、陛下」
 ヒルダの声は春の野をスキップするかのように軽かったが、ラインハルトの表情は雷雨の日の空のように暗かった。
 彼女は拘束具をすべて外されると、部屋を出て行こうとしたが、
「…………」
 肩を落として部屋の片隅で丸くなっている皇帝の姿に、足を止められた。
「……キルヒアイス……おれは女性ひとりを御しえない男だったのか……」
(二言目にはキルヒアイス元帥なのだから) 
 ヒルダはやや呆れた。
 ラインハルトは唐突に叫んだ。
「―――予は、予は、全宇宙を手に入れてもなお、女性ひとりを貫きえぬのか?
 おれに一生童貞のままで終えろと大神オーディンは言いたまうのか!」
(誰もそんなこと言ってないじゃない)
 ヒルダはつっこみつつも、あまりにかわいそうなので言った。
「宮内尚書に言って美姫を五、六人連れてこさせましょうか」
「いやだ! 絶対経験がないってわかったら笑われる」
(初めてであることにコンプレックスをお感じなのかしら?
むしろ初めての相手に自分を選んでもらえて嬉しい方が多いのではないかしら)
「お言葉ですが、陛下、わたくしのときも初めてでございましたでしょう。
 多分、ほとんどの女性は、緊張していて初体験はよくわからないと思いますよ」
「あなたは優しいから……」
 ヒルダは、皇帝の顔をまじまじと見つめた。
 頬が紅潮する。
 そんな彼女の様子には気づかず、ラインハルトは脱力したまま言い放つ。
「予は、予は、さびしいのだ、フロイライン」
(突然何を言い出すのかしら、この方は)
 と思いつつも、真剣に聞き入ってしまうヒルダ。




「キルヒアイスは姉上と結婚してしまって予のもとを去ってしまったし、ヤン・ウェンリーは年金生活に入ってしまってちっとも予の相手をしてくれん!」
(あ、相手って……戦争をこの方は望まれているの?
 ただまぁ、アンネローゼさまとキルヒアイス提督のことはわからないでもないけれど。
 少年は永遠に少年ではありえないのだから。
 人間の関係は不変ではないのだから。
 ただし、それを認識することは、過去へ戻れないことを認識することと一緒のこと。
 アンネローゼさまとキルヒアイス提督とラインハルト陛下の三者が、昔のようにあれないということを認識すること。
 そのことが、この方は怖いのだろうか?
 すべてに見捨てられたような気がするのだろうか?)
「フロイラインも予を見捨てるのか?」
 ラインハルトがヒルダの心情を読み取ったかのように尋ねた。
「いや……見捨てるというわけでは……」
「そうだろう、どうせおれなんて。
 戦争バカだしシスコンだし自己中心的だし金髪の小僧だし童貞だし人殺しだし、あなたが見捨ててもわからぬことではない」
 蒼氷色の瞳には自虐的な光が浮んでいた。
 ヒルダは冷や汗が額を伝うのを感じた。
「いや……そんなことは……」
「どこへでもゆくがよい。
 キルヒアイスも姉上もヤン・ウェンリーもいなくなったし、あなたがいなくなったところで不思議でもない。
 ミュラーとかの方が予よりもはるかに恋人なり愛人なりには妥当だろう」
 E式の浴槽に腰掛、言い放つカイザーラインハルトに、ヒルダは弱り果ててしまった。
(どうしよう……。
 とりあえずトイレに行ってこなければ、でも、今この方をひとりにしておいたらとんでもないことやらかしそうな気もするし)
(……ああもう、何でわたしの周りにはこういうひとばかり。
 ハインリッヒにしても大切な講義の日に、どうしても会いたい、会ってくれなきゃ死んでやるなんて言うから会いにいったら
大学の単位おとしかけたし、カストロプ家の坊ちゃんにしても……)
 意外に男運の悪いヒルデガルド。
「どうした? ゆかないのか」
 去ろうとしないヒルダに不思議そうに問いかけるラインハルト。



「いえ、陛下、ですが……」
「別に予のことは気にするな。
 敗者が勝者の言うことを聞くのは当然だ」
(あ、あのラインハルトさまが拗ねている……)
 唇をとがらせそっぽをむく黄金の獅子が、ヒルダはちょっと愛しくなった。
「陛下、じゃあおまけしましょうか?」
 彼女は微笑んだが、ラインハルトは怒った。
「まけ!? 予は別にこじきのように勝利を譲ってもらいたいのではないぞ!」
「いえ、陛下は捕虜となったひとたちに寛大な処置を取られたではありませんか。
 わたくし、感動いたしました。
 ですから、ひとつだけ陛下のおおせのとおりにいたします」
「いいのか?」
 とまどったようにカイザーは言った。
「はい、よろしゅうございますよ」
 もうどうしようもなかったのでヒルダは覚悟を決めてそう答えた。
 ラインハルトはちょっとだけ明るくなった表情で言う。
「ではあなたの排便が見てみたいな」
「は?」
 予想外の申し出に驚くヒルデガルド。
「やっぱり駄目かな……」 
 ぽつり、と、肩をおとして呟くラインハルト。
(そ、そんな顔で言われて断れないじゃない)
 ヒルダは息を呑んだ。
「……はい、陛下、おおせにしたがいます」
 やむをえぬ、とはヒルダは言わなかった。



ラインハルトはあからさまに嬉しそうな顔をした。
「そうか、やはりあなたは優しいな」
(はいはい) 
 ラインハルトはヒルダを抱きあげた。
「へ、陛下!?」
 お姫さま抱っこをされてとまどうヒルダに、ラインハルトは首をかしげた。
「いや、手洗いに行こうと思ったのだが……。
 ここでした方がよいか」
「あ、いや、それじゃお願いします」
 不敬にあたる言葉遣いだったが、彼は気にしなかった。
 トイレまでヒルダを運びおえると、膝に腕をまわす格好、幼児に排出させる格好にもちなおす。
(これはけっこう恥ずかしいような)
 上目でラインハルトを見ると、彼はわくわくした顔で待っていた。
「手伝おうか?」
 などといって下腹部を撫でまわしたり、尻を触ったりする。
(こういうのをセクハラって言うのかしら)
 いまさらながらにヒルダはそんなことを思った。





 半ば強制的な排出が終ると、ラインハルトはヒルダをシャワールームで丹念に洗った。
 それからE式の浴槽に一緒につかる。
 ヒルダは風呂に入りすぎて少し気分が悪くなったが、ラインハルトは嬉しそうだったので何も言わなかった。
「フロイラインは細いな、ちゃんと食べているのか?」
 腰あたりを触りながら、ラインハルトはそうたずねた。
 少年のような体躯に少しコンプレックスを持っているだけに、ヒルダはすぐに反応できなかった。
「……陛下こそ、エミールが嘆いておいででしたよ。
 チシャやピーマンやシイタケやニンジンやブロッコリーやレバーもお食べになりませんと」
「予は好きなものしか食べぬ。
 そうでなければ皇帝になった意味がないではないか」
(食事ぐらいで皇帝の意義は消滅しないと思うけど)
 ヒルダはそう思ったが、あえて言葉にしようとは思わなかった。




 ヒルダはラインハルトに抱えられるようにして湯船につかっていたが、ラインハルトのものが立っているのでこそばゆい思いをした。
 本当に自分が受け入れられるのだろうか、という疑問もある。
 ラインハルトとヒルダは一〇分ほど談笑していたが、ついにラインハルトは我慢できなくなったようで、ヒルダを抱きかかえると浴室に出た。
 それからクリームのようなものをヒルダの菊座に塗りつける。
緊張のためか、少し動作が荒い。
「その、痛かったらすぐに言ってくれ」
 ヒルダは歯医者のことを思い出した。
 歯医者も必ずそう言うが、痛いと言って止めてくれたことはない。
(……結局我慢させられるのよねぇ)
 そんなことを思っているヒルダを尻目に、ラインハルトは彼女を押し倒すと、ゆっくり後ろから入れていった。
「ぅん……」
 ヒルダは唾を飲みこんだ。
 確かに痛いが、何だか奇妙な痛みである。
 鈍いような熱いような、何ともわけのわからぬ痛み。
 一方、ラインハルトの方も、ヒルダのほっそりした体躯が痛いほどしめつけてくるので、快感に苦痛の要素が混じっていたが、
シチュエーションに充分燃えていたので止めようとはしなかった。
 ゆっくりと律動を行うと、ヒルダから甘い吐息が漏れだしてくる。
 ラインハルトは放出を行った。




 ふたりはしばらく無言で息を整えていたが、タオルですべてを片づけると寝室へ向かう。
 ヒルダはラインハルトの男らしい均整のとれた全裸を眺めながら、このひとに抱かれるのは光栄なことなのかもしれないな、と思った。
 寝室につくと、ラインハルトが衣装を取り出しながら、まるで着せ替えごっこを楽しむ少女のような表情で言った。
「どれが着たい?」
「は?」
 ヒルダは驚いた。
(どうせ脱ぐのに着るの?)
「しかしフロイラインにあまり下品な格好は似合わぬし。
 そうだな、首輪もついていることだし猫でどうだ?」
「猫……でございますか」
「そうだ、かわいいだろう?」
 ラインハルトが取り出したのは、純白のふわふわしたファー状の下着(なぜか尻尾がついている)と手袋と靴下と、
猫耳のついているカチューシャだった。
(こ……これがかわいい??
 陛下のご趣味って一体……)
 思い切りひきまくるヒルダの様子に、ラインハルトは慌てた。
「いや、別に嫌なら無理にとは言わん。
 猫目が綺麗だし……いやその別に白衣でも軍服でもかまわぬ」
「いえ、別にいいですけど」
 ヒルダはショックを引きずったまま着衣した。

 ヒルダが着替え終わると、ラインハルトは笑顔になった。
 例の“水晶を透過した陽光”のような笑顔である。
(いや、そんな爽やかに微笑まれても)
 ヒルダは少し恥ずかしかった。
「あと、この薬さえ飲めば完璧だ」
 ピンクの小型カプセルを見て、ヒルダはさすがにひるんだ。
「そ、それは何でしょう」
「―――ん、大丈夫だ、有効時間は三時間だからな」
 説明しないところが怖いが、(もうどうにでもなれ)と開き直ったヒルダはそれを飲みこんだ。




「ん……ぁ……ニャ?」
 飛び出した鳴き声に、ヒルダは驚愕して口を押さえる。
 そんな様子を見て、ラインハルトは満足げにうなずく。
「よろしい、では、最後の仕上げといこうではないか」
 ラインハルトは、寝台にヒルダを押し倒した。
「にゃぁあん……」という、色っぽいのか莫迦莫迦しいのか、いまいち判断につきかねる声がヒルダの口からもれる。
 ま、とりあえずラインハルトは燃えたらしいので、よしとしよう。
 彼は、ヒルダと舌と自分の舌を熱心に絡ませた。
 彼女はそれだけで感じてしまったらしく、全身が真赤に染まる。
 ラインハルトは服の上から強くヒルダの胸を揉んだ。
「にゃ……ぅん……」
 悩ましい表情で反応する秘書官を見やり、彼は満足そうにうなずいた。
 それから服をゆっくり脱がせてゆく。
 ヒルダはどうせ脱がせるのならば着なくてもよかったのにと思ったが、脱がせたいというのは自然な男性の欲求であろう。
 乳首を舌で嬲ると、全身を震わせてヒルダは応えた。
 たまらず鳴く秘書官の声を、彼は楽しむ。




 贅肉などひとつもついていない太股から、妙に冷たい汗が流れ落ちてゆく。
 ラインハルトは少し塩味のするそれらを、優しく舐め取っていく。
 豪奢な金髪が、恥所をふさふさ嬲るので、ヒルダはにゃぅにゃぅと声をあげて反応してしまう。
(なんか気の抜ける声だな……。
 しかしまぁ、こういうフロイラインもたまにはいいものだな)
最後の仕上げとしてクリトリスを力いっぱい弾くと、ヒルダは悲鳴をあげて全身を仰け反らせた。
 同時にラインハルトは、充分にいきりたっている自身を挿入する。
「にゃぁぁあ!」
 身を裂かれるような痛みに、ヒルダは涙を流したが、必死で耐えんとしてラインハルトの背に腕を回す。
 律動が何度も行われ、そのたびにヒルダは痛みと快感を同時に貪った。
 ラインハルトは、ヒルダの涙を舐め取ったりしていたが、不意にヒルダを抱きかかえたまま寝台の上で反転する。
 これによってヒルダはラインハルトの上に跨る格好になってしまった。
「にゃぅん?」
 不思議そうな顔をするヒルダに、彼は優しく微笑んだ。
「あなたから動いてくれ」
 そういって、鎖を引っ張る。
 だが、ヒルダは困惑したような顔をしているばかりである。
「腰をふればいいのだ」
 ヒルダの顔が真赤に染まったが、何も言うことができず、ヒルダは腰を動かしはじめた。
 痛みと羞恥と快感に、ヒルダは鳴く。
 ラインハルトは目をつぶって律動を楽しんでいる。
(こんなに気持ちがいいのならさっさと襲っておくのだった)
(そうか、なぜみんな平和などという退屈な時代を歓迎するのかと思えば、こういうことを毎晩のようにやりたいからなのだな。
 予はそれに気づかず、ずいぶん多くの血を流してしまったものだ……。
 かくなるうえは、彼らの分までしっかりフロイラインを楽しもう)
 決意するカイザー。
 ……死者が聞けば思わず「自己陶酔の極み!」と非難したくなるであろうが、あいにく天上の声は地上に届くようにはできていないのである。
 それから、段々激しくなってゆくヒルダの動きに、ラインハルトは昇っていくのを感じた。
 それでまた反転し、ヒルダを押し倒すと、
「出すぞ、ヒルダ!」
 と宣言し、勢いよく注ぎこんだ。



「ふぅ……」
 と、さっぱりした気分で、ラインハルトは自身を引き抜く。
 純潔を意味する血が樹液と混じって流れでている。
 彼女は衝撃と疲れのためか、すぐに寝入ってしまっている。
(お疲れさま、ヒルデガルド……)
 と、運動のおかげで熱がすっかりひいてしまったラインハルトも、あくびをひとつ噛み殺すと、眠りに入ったのだった。




 夜中二時 起床
 皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムは、驚いた。
 虫になっていたわけではない、隣に全裸の美女が寝ていたからである。
「フロイライン・マリーンドルフ?
 何でこんなところに……」
 踊り場で頭を打ってからの記憶が、さっぱり抜け落ちたラインハルトであった。
 ヒルダはよほど疲れたようで昏倒している。
「まさか、予は……」
 どんどん顔の蒼褪めていくラインハルト。
「いや、しかし、だが、……これは?」
 手に握っていた鎖を見て、彼は首をかしげた。
 その鎖がヒルダの首輪につながっているのを見て、彼は蒼白になる。
 なぜか猫耳。
 白皙の頬を伝う、いくつもの涙の痕。
 こっそりシーツの中をのぞいた彼は、すでに黒く変色した血痕を確認した。
「……まさかとは思うが」
(ど、どうすればよいのだ!?)
 恐慌におちいったカイザーである。
(あ、姉上かキルヒアイスに相談……いや待て駄目だふたりともフロイライン・マリーンドルフのことを高く評価している、絶対に軽蔑されるぞ。
 それどころか絶縁されかねん。
 ではミッターマイヤー……いやあいつも“一個艦体の武力にまさる”だとか絶賛していたな。ロイエンタールは……あいつに相談するのか!? 
童貞だと言うことがばれたら絶対冷笑する、やつならしかねん!)
 混乱した皇帝は、普段なら絶対にやらない人選をしてしまった。
 つまり、軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタインにTV電話をかけてしまったのである。



 彼は呼び出しに一〇秒とかからず出てきた。
「何のご用でしょうか、皇帝陛下」
「……なぜこのような早朝から軍服を着ておるのだ、オーベルシュタイン。
 まさか寝巻だと言うのではないだろうな」
「おそらくお呼び出しがあろうと存じておりましたから」
 冷静沈着に答えるオーベルシュタインに、ラインハルトは絶叫した。
「卿かっ!」
「ぅん……ん」
 あまりのうるささにヒルダが反応した。
 ラインハルトはびくっとして声をひそめる。
「まさか卿、予が女性に興味を示さぬことを危機し行動を起こしたのか」
「ご冗談を。
 もしそのような策を弄すなら、わざわざ外戚の活躍しそうなフロイライン・マリーンドルフなどを選びませぬ」
 正論だったので、ラインハルトは黙った。
 オーベルシュタインはたたみかける。
「フロイラインをお相手に望まれたのは陛下でございます。
 国務尚書のご令嬢は皇妃としては不適当だと臣は考えますが、美しい娘をかわいがるのはどの皇帝でもやること、
あえて異を唱えようとは思いませぬ」
「……もうよい、さがれ」
 ラインハルトは通信を切ろうとしたが、オーベルシュタインの付け加えた言葉に驚愕した。
「昨夜のご様子を知りたいとお思いでしたら、ディスクを用意いたしますが」



「な、なんだと!? 卿は皇帝の私室に」
「万が一のときに備えまして、皇帝の私室にカメラを設置するのはゴールデンバウム王朝において前例がございます」
「予の了解もとらずにか」
 ラインハルトは不機嫌そうに言った。
「それは臣の不明であります。
 いかなる処分もお待ちいたしましょう。
 しかしながら、今回は役に立つかと存じますれば」
「……わかった、データを送ってくれ。こちらで書き写す」
(とりあえず、何をしたか知っていないとフロイラインに非礼な言動をしてしまうかもしれぬ)
「御意」
 オーベルシュタインが消えてから、ラインハルトは嘆息した。
(予はあの参謀長を好きになったことは一度もない。
 だが、考えてみると一番あれの提案にしたがっている気がするな)




 ラインハルトは、ソファに座り、明らかに編集されているディスクを見ていた。
 ヒルダの頭を抱えこみ、ささやくシーン。
「予はあなたが食べたいのだ」
(なんというオリジナリティもない言葉を!
恥ずかしくないのか、卿は!)
 ラインハルトは不快に思ったが、他者がいれば「つっこむところが違いますぞ!」と、諫言したくなるであろう。
そんなカイザーも、接吻から脱衣、愛撫と移っていく間に顔を真赤にしたり真っ青にしたりした。
(予は何ということを!
 ……にしても、オーベルシュタインのやつ、自分から編集したのかな。
 もしもフロイラインの映像で抜いていたりしたらただではおかぬ)
 しかしながら、オーベルシュタインの自慰シーンは、皇帝ラインハルトの知能をもってしても想像することは不可能だった。
(犬に舐めさせたりしているのか。それはそれで笑えるな)
 そんなくだらないことを考えながら、尿を飲ませたり、咥えさせたり、浣腸したりと話が移ってゆくにつれ、ラインハルトは
自分のものが脈動し始めているのを感じた。
(こ……この表情は反則だぞ、フロイライン。
 つか、ヒルダタソ萌……いやいや予は皇帝なのだ、もう少し文学的感性にとんだ発言をすべきではないのか)
 ヒルダがいれば反省するところが違うとつっこみたくなるだろうが、性的高揚感がラインハルトを捕らえていた。




 ディスクを見終えると、ラインハルトはもう一度ダンボール箱の中身を確かめた。
 どうやらオーベルシュタインの用意したものであるらしいが……。
 その中にあった「よいこのせいきょういく」入門編〜上級テクニック編まで五枚のディスクを取りだし、飛ばしながらもすべて確認してゆく。
(余談だが、このディスクは親から子へと代々伝わり、ローエングラム王朝の“聖典”となったが、そのローエングラム王家が没落してからは
持ち主を転々とかえ、ついには帝国の恥を隠そうとうする者達の手によって歴史の闇に葬られてしまったという。
 製作者には諸説あり、オーベルシュタインかフェルナーあたりではないか、というのが主流であるが、いやいやロイエンタール元帥が
一番ありえそうだ、とか、実はアンネローゼが弟のことを思って作成したのだ、とかいう珍説もある)
 「番外編 障害をのりこえて無事結ばれた夫婦たち19 〜早漏編〜」という、“しっぷううぉるふ”と“えば”の登場するアニメを見終えると、
ラインハルトは感嘆した。
「なんという芸の細かさだ……」
(ここまで丹念につくられたデータ・ディスクを予は見たことがない。
 軍務尚書のやつやるな……それにしても、本職の方にもう少しいかせばよいのに)
 公に徹した報告書を想起しながら、ラインハルトがディスクを取り出そうとすると、
「うーん……よく寝た」
 薬の効き目が切れたのだろう、ヒルダが背伸びして起きだした。




 ラインハルトが観察していると、自分の格好に驚いたように悲鳴をあげ、それから不思議そうにきょろきょろと周りを見渡し、
主君の姿を視界にとらえると、すべて思い出した表情で、ぱたんと倒れてしまった。
 どうやら寝たふりをすることに決めたらしい。
 ラインハルトもどうしてよいかわからず、間の悪い沈黙が流れる。
(に、逃げてしまいたい……)
(しかし、皇帝として、男として、フロイラインを敬愛するひとりの人間として、謝らねばならぬ)
「……その、フロイライン」
「……はい、陛下」
 シーツの中から、くぐもった声がした。
「予は、してはならぬことをした」
 ヒルダは無言だった。
「その、予はもともと権力者が弱者を好きにいたぶることの出来る社会を打倒したかったのだ。公正を実現したかったのだ」
「存じあげております、陛下」
「だが予はあなたに……あなたを権力で屈服させてしまった。
 赦しを請える立場にないことは充分にわかっている。
 だが、予は、あなたを失いたくはないのだ。
 皇妃となってくれぬか、フロイライン・マリーンドルフ」



 ヒルダは驚いた。
 それから、シーツから顔を出し、ラインハルトの表情を見て、少し悲しくなった。
 覇気と華麗さの消失した姿。
 豪雨の中に捨てられた子犬のように、それは弱々しくて。
(このお方はわたしのことを愛していらっしゃらないのに。
 ただ責任をお感じになっていらっしゃるだけ。
 わたしに皇妃となるべき資格はない……。
 でも、どうやってお伝えしたらよろしいのだろう?
 どう伝えても、傷付いてしまわれるでしょうに)
「……陛下、責任をお感じになる必要はございませんわ。
 陛下は、少しばかり夢を見ていらっしゃったのですから」
 ヒルダは感情の海の中から、慎重に言葉を選んで、掬いあげていった。
「しかし、フロイライン、予は……あなたに猫の格好までさせてしまったし」
(……いや謝るところはそこなの?)
 ラインハルトはうつむいた。
 その白皙の頬を、涙が一筋つたう。
 ヒルダは切なくなった。


(ああ、陛下、どうお伝えすればよろしいのだろう。
 でも、陛下の前で女性としてやってはならないことまでやってしまったし。
 このまま皇妃だなんて、わたしには相応しくないのに。
 でもそのことをそのままお伝えすれば、きっと悲しまれるに違いない)
 そういえば、と彼女は思う。
 ヒルダが一五歳で社交界にデビューするさい、ハンスは何とかしてヒルダを女の子らしくしようと、ロマンス小説や映画を大漁に見せたのだった。
 そのほとんどが記憶から失われてしまったが、「ブルー・ローズ」という同盟からフェザーンを経由して帝国に届けられた映画だけは、覚えている。
 同盟にスパイとして派遣された帝国女性と、それをそうとしらずに惚れてしまう同盟の軍人の話。
 ありきたりな安っぽい映画であったが、政治・軍事・経済のことがきちんと書きこまれていてヒルダは感動したものである。
 最後にそのスパイである帝国女性は、同盟軍人から結婚を申しこまれて断わる。
 そのときの台詞が確か、
「求婚には世界中すべての薔薇が欲しいわ、これじゃ少なすぎる……」
 だった。
(よし! これなら多分いける)



「陛下、わたくしには夢がありましたの」
「……何かな」
 ラインハルトは優しい表情で言った。
 ヒルダは嘘をつくことが後ろめたくなったが、しかし、ゆっくりと情感をこめて話す。
「結婚するときは、宇宙すべての薔薇の花を集めた花束で求婚してほしいという夢でございます」
 ラインハルトは、やや驚いたようにヒルダを見た。
「フロイラインはロマンチストだな」
「ですから、その願いが届けられない限り、結婚はできません。
 お赦しくださいまし」 
 ヒルダは微笑んだ。
 ラインハルトは、ゆっくりと、うなずいた。
「そうか、それならば仕方がない。
 ―――フロイライン、他に願いはあるかな」
「出来ますれば、半年ほどお休みをいただきとうございます」
 ラインハルトは少し傷付いた顔をした。
 ヒルダは胸が痛くなる。
 彼女はラインハルトが嫌いなわけでもなかったが、今日からすぐ皇帝に仕えることはできそうになかった。
 嫌悪からではない、羞恥からである。
 それに彼女にもやりたいことがある。
(ヤン・ウェンリー一党にあって話をきくこと、この時代を生きたものとして、一冊本をまとめあげること)
 がそれである。
 今までは秘書官としての仕事があったため、かなわなかった想い。
 この機会にやってしまおう。





 半年後。
 マリーンドルフ邸とマリーンドルフ伯爵領は薔薇の花で埋めつくされるはめとなる。
 初めは「宇宙人の侵略か!?」と帝国を賑わせたものだが、真相が明らかになると、ひとびとはあまりの壮大な求婚劇に溜息をついた。
 この出来事によって、後世から薔薇妃の二つ名を贈られることとなるヒルデガルド皇妃は、夫ラインハルト一世をよく助け、
帝国に安定と平和をもたらしたと言われている。
 ……ラインハルトが皇妃を迎えたその日から、
「ア、アンネローゼさま……にかわって、お、お仕置き……です、よ!」
 や、
「わんわんわん」
 や、
「ご主人さまぁ!」 
 などの奇声(?)が聞かれるようになったというが、キスリング親衛隊長はかたく沈黙を守っているので、真相は闇の中である。

 後世において、ラインハルトの愛読書はすべての巻を合わせれば一万ページにも及ぶ「命名辞典」だったと伝えられている。
ローエングラム王朝初代皇帝夫妻の肖像画は、多産を願う結婚祝いとして平民たちはよく贈りあったという。
 マリーンドルフ伯爵領は薔薇の名産地としてローエングラム王朝が滅んだあとも栄えつづけ、そのロマンチックな逸話は多くの追随者を呼んだが、
ラインハルト以外誰ひとりとしてこの方法で求婚しえたものはいないという。
 ……ローエングラム王朝初代の名将たちが時空を越えて未来にいけたとするならば、おそらく誰もが抱腹絶倒しかねないことに、
後世においてオーベルシュタインは「愛のキューピット」としての地位を確立しているのであった……。

 ラインハルトは妻だけを愛しつづけ、その子どもの数はギネスブックにおいてぶっちぎり一位に輝いている。
「予の辞書に不可能の文字はなし!」
 という台詞は、ラインハルトのためにこそ存在する、と、歴史は語る。

 おしまい。






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