アッテンボロー×ヒルダ(ヴァルハラ番外編)/◆UyhdNh9lUA(4-244) さん



【1】


このところ、天候は荒れに荒れ、雷雨まじりの雹が地に降り注いでいた。
時を同じくして、ヴァルハラでは白皙の美貌を紅潮させ怒りを露にした金髪の男が
燃えるような赤毛の長身の青年に向かって掴みかからんばかりの勢いで吼えていた。
「キルヒアイス!これはなんだ!」
「なんだと言われましても…普通にいい話じゃないですか?これは」
ラインハルトの手にあるのはどこから仕入れたのかアッテンボロー著の“皇帝の真実”。
キルヒアイスが問題の箇所を読みあげた。
「――皇帝がその腕に抱いて愛した女性は生涯にわたってただ一人、
 皇妃ヒルデガルドのみであった――いったい、この部分のどこが悪いのですか?」
「それはいいんだ!そうではなく、同盟軍のあまりの下品さに予は怒りを感じているのだ」
「と、いいますと…?」
「これを見ろ」
どういう仕組みか分からないがラインハルトが手をかざすと映像が空に浮かび出た。

アッテンボローから送りつけられた本を一通り読んだ後らしい。その男がしれっと言う。
「なんだあのカイザー、あの時もあの頃もあんな事成し遂げた時も、童貞だったってことかよ」
その感想は旧同盟軍中にあっというまに広がり、ラインハルトには非常に不本意なところで
共和国民のごく一部の人らに、一気に親しみを持たれてしまったのであった。
「くそうあの男、なんってことを!!」
「ラインハルト様、それぐらいにしてそろそろ三時にしましょう。今日はラインハルト様の
 好物でいらっしゃるアプフェルトルテが写真の前に供えられていましたから頂きましょう」
どうにかラインハルトの噴火は一時収まったが、荒れ模様は当分続くことであろう。

その悪天候の原因を知らず作っていた男は、荒れ続きの空をみて舌打ちをかましていた。
健気で綺麗な女性が細腕で切り盛りしている戦争孤児院に今は転がり込んでいる
いまや旧同盟軍随一の遊び人の称号をいただくその男は、山盛りの洗濯済みのおむつを見て
盛大な溜息をはき出していた。







【2】



天上の国、ヴァルハラでは平穏な時間がとうとうと流れていた。
殺伐としていては困る。
だが、今夜に限ってはその平穏も無事保たれるかどうか。

「…ちょっと、そのね、悪趣味だよ?君たち」
「歴史家志望の人からすればこの状況に興味をひかれりゃしませんか?」
「そりゃあるけれど…。いや!それでも人としての良心ってものがね…」
「そういえば、まだ皇妃の顔を見たことがなかったんでしたな?」
(ごめん…フレデリカ。ごめん、ユリアン。ゴメンみんな…)
「さ、他の皆も寄って寄って!」

「貴様ら、何をしている!不敬罪だ!!」
「ち!帝国の奴ら、もうかぎつけてきやがった」
ヴァルハラにおわす神の守護女神、ワルキューレたちの撃墜数を競い合う二人が睨みあう。
「す、すみません!ただちに解散させますから!」
「…あなたは人が良すぎる!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ?――はっ!」
人垣がザッと二つに割れ、赤毛の長身の青年を連れた金髪の男が中心に進み出た。

「卿ら、何の騒ぎだ?」
「はっ!マインカイザー。同盟軍の奴らがまた性懲りもなく下らない企みを」
「下らない企みとはなんだ!」
「では、なんだ?」
「下世話な好奇心だ!」
鼻息をふんと飛ばし意気揚々と胸を張る薔薇騎士団元隊長。
「余計悪いわ!!!」
血統書付き猫が相手を威嚇するかのように金銀妖眼の両目が光る。


「二人とも下がれ!いったいなんなのだ騒ぎの元は…これか?」
あわててヤンがその前に立ちふさがろうとしたが、体技が遥かに上であるラインハルトに
あっさり雲の上に転がされてしまった。

「こ…これは!!!!!!!!!!」
「ヒルデガルド様…。相手は、一体誰なんでしょうか」
「うちの一員です」
とうとう覚悟を決めたヤンはベレー帽を両手でグッと握り締めた。

「そ…そんな…カイザーリンが!」
「見てはいけません!ラインハルト様!!」
棒立ちになるラインハルトをニヤニヤみやる薔薇隊長のわき腹をヤンは肘鉄で小突いた。
目が離せず、かといって平静でこの状況を見ていられる訳などなかったが全身が金縛りに遭う。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「まったく、天上で呑気に過ごしている人たちに俺たちの苦労を見せてやりたいですよ」
「本当ですわね」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(見ている、予は見ているぞ、二人とも!!)
空中に浮かび出る画像の枠をしっかと掴んで離さないラインハルト。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
――だが、これからのことには目を瞑っていてもらいたいね。
こんなとびきりのいい女を置いてくたばったあんたが悪いんだからな、カイザー。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ラインハルトの手が、降ろされた。手を振り画像を消してしまう。
「…彼の言うとおりだ。予がこの体たらくである以上、彼女の私事に踏み込むことは適わぬ」
そう言い残し、金髪の獅子は力なくその場から去っていった。
他の者に目礼し、即座にその後を気遣うように追っていくキルヒアイス。
「そういうことなので…解散しよう、解散。なっ!」
中途半端に伸びた髪を掻き回し、ヤンは撤収をうながした。
「そうですな。いささか気が削がれました」

これでその日の混乱は治まった様に思えたのだが…。



翌朝、眠れなかったラインハルトは気晴らしに天花が咲き乱れる庭園を訪れていた。
まだ寝乱れた姿のまま新たに獲た女神の所から朝帰りをしてきた男がラインハルトを見て
近づいて来、肩にポンと手を置き意味ありげに微笑み、そして去っていった。
「…な、なんなのだ?」
疑問符を一杯頭上にとまらせたラインハルトをこの上ない美しい響きで呼ぶ声がする。
「マインカイザー。奴のことなど気にすることはありません」
「…そうか」
そこで終わっておけばよかったのだ。
「あれ程度で得意げだとは、奴のテクニックもたいしたことはないという事です」
「!!!!」
「どうなされましたかな?」

「ばか!卿は何をうっかりバラしてるんだ!!」
突っ込まれて自分が口走った内容に気付いて青ざめる。
(やはり、二軒梯子はヤリ過ぎたか…己の戦力を高く見積もり過ぎてしまったか)
「それも全部口に出して言っているぞ!まったくこんなだから血迷って反逆なぞ起こすのだ」
「黙れ、このナースフェチが!!」
「それは関係ないだろう!そもそもお前の所為で俺が死んでしまったんだろうが!!」
もはや敬称もすっとび激しい掴み合いが始まってしまった。
「卿ら、御前だぞ」
「「黙ってろ!この貧乏貴族!!」」
同時に怒鳴られて、あまりの侮辱に血がのぼる。
「な、な、それが元帥の地位にある者たちが言う事か!!」
今度は三つ巴となりとうとう手足が出始めた。

軍人の第六感が働いて、大気中がピリピリと帯電する気配を感じ取る。
即座に三人は姿勢をただし、至高の上司である男に向き直った。
「卿らの忠誠心、今日はほとほと良く分かったぞ」
内圧が急激に高まっていく様子に、その場の皆の背を絶望が冷たく滑り降りていく。

――審判の時がやってきた。
天が二つに裂けたかのような轟音が空気を震わせ鼓膜を嵐のように叩く。
魂だけの相手にブスブスと黒煙をあげさせた苛烈な獅子は、優雅にマントを翻し去っていった。
(キルヒアイス…俺は、俺は…これからヴァルハラでどう生きていったら良いのか?)
気の毒そうにラインハルトを見守るヤンだが、彼に声をかける資格はなかった。
同盟軍に帝国の不敬罪など関係ないと強引な主張に巻き込まれ、結局見てしまったのであった。

周囲の期待を背負ったキルヒアイスの取り成しにより、またヒルダの誠実な愛情を感じ取った
ラインハルトは自信を取り戻し、今日もヴァルハラを意気軒昂と過ごすようになっている。
その平穏が破られるのは、その数週間後のとある本の出版後のはなしである。

おしまいノシ






【3】キルヒアイスの取り成し

「ラインハルト様、ああいう事があって落ち込む気持ちは分からないでもないですが、
 私の身の上もよくよく考えては下さいませんか?」
誠実な赤毛の友、そして清い体のまま天上へ自分が去らせてしまった彼の生き様を
今初めて発見したかのようにラインハルトの目が開かれた。
「…すまない。いつもお前には心苦労をかけてしまうな」
「分かっていただければいいのですよ」
少しだけ痛む心を抱え、いまだ少年のような精神を持つ親友に微笑んだ。

「もう、あの子は行ったかしら?」
「アンネローゼ様…貴女がヴァルハラにお越しになられた時は驚きましたよ」
「ええ。けれども天命、だったのだと思うわ」
そして二人は見つめ合う。
「アンネローゼ様…」
「ジーク…」
地上で結ばれなかった愛は天上でようやく実りの日を迎えていたのだ。
一人それに気付かぬ男はようやく枕を高くしてすやすや眠りについていた。







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