アンネローゼひとりエチー(4-212さん)





 皇帝ラインハルトの国葬が終了した夜、ヒルダはアンネローゼの私室を訪れた。30分ほど談話したあと、アンネローゼは皇太后にこう言った。
「ヒルダさん、私はもしかしたら、あなたを不幸にしてしまったのかもしれません」
「アンネローゼさま……」
「でも、あなたは弟にとっても、帝国にとっても必要なお方です。どうぞ、何があろうと弟の意思を継いでやってください。
お願いばかりしてしまって、本当に心苦しいのですけど」
「私は故人と比べ才なき身でございます。ですが、アンネローゼさまのお言葉、肝に銘じさせていただきます。
どうぞ、今日はごゆっくりお眠りになられますよう」
 ヒルダは頭を下げて、退室していった。白すぎる大公妃の肌の色が刃となって彼女の心を滑り、鋭い痛みを与えていた。
アンネローゼは死ぬかもしれない。
 俗世に生きていること自体が不思議なほど清く美しい女性は、本来ならば伝説の時代にのみ存在することを許されるのではないだろうか。





 ヒルダが去ったことを確認すると、アンネローゼは粉を葡萄酒にいれて溶かし、それを飲み干した。
 今夜は眠ることができるだろうか。
 そんなことを考えながら、蒲団に潜りこむ。
 疲れきっていた彼女は予想外にもすぐに眠神の愛撫に身をゆだねられたが、深夜目がさめた。
「……まだ二時なの」
 即効性のあるものの方がよかったかしら、と思いながら、アンネローゼは天蓋を眺めやった。
 ふと、ヒルダの顔が浮んだ。
 わずか数ヶ月で未亡人となり、24歳の若さで赤ん坊を抱えながら帝国を支えてゆかねばならない女性。
 耐えられるだろうか。耐えられるとして、それが彼女の幸福となるのだろうか。
 自分はまた、人の進むべき道を見誤らせたのだろうか。
 くすんだ金髪が、まるで黄昏から夕陽へと空がうつりかわるように、見事な赤毛に取って代わった。
 ジークフリード・キルヒアイス。
 ヒルダと同様、豊かな可能性に充ちた人材。そして、それ以上の存在。


 アンネローゼはその男性を思い浮かべた瞬間、体に熱が走るのを感じ取った。
 彼女の手は自然に胸へと運ばれていた。
 あの子はきっとこうなることを望んでいたんだわ。
 幽霊の存在など信じないアンネローゼであったが、苦笑しながら心の中でそう独語する。
 あの青い瞳にこめられた淡い憧憬の念が、ときが経つにつれ磨かれ、真剣な男の視線を放つようになったとき、彼女は恐怖すら覚えた。
 アンネローゼとラインハルトとジーク。幼い頃から大切に築きあげてきた三者の関係が、壊れてしまうのではないか。
 彼女は、気づかれない優雅さで彼を避けた。それでも彼の視線は、熱心に彼女を追い求める。
 手にはいらないと、わかっていながら。



アンネローゼは、やや強く胸を揉んだ。
「ジーク……わたしのジーク……」
 嗚咽交じりに呼ぶ。もう届きはしないのに!
 大切なひとだった。
 彼女にとっても、彼女の弟にとっても。
 彼が死んでからは、アンネローゼは弟を避けた。
 弟は未来へ向かって歩まねばならない。弟には未来が残されている。
 懐古すべき過去だけをもつ自分とは違って。
 そっと、手を股間に滑らせる。
 そういった関係になることを、赤毛の青年は望んでいる。
 しかしながら、彼はそれを彼女に強制することはできない。
 彼は彼女から手を差しのべねば、何もできない。
 それを知りつつ、アンネローゼは彼に手を差しのべようとはしなかった。



 静かに割れ目をかき回す。
 彼女を熱心に愛撫した、あの皺枯れた手とは違う、瑞々しく柔らかな感触が、彼女の恥所を濡らしてゆく。
 赤毛の青年、きっと女を知らないままに死んでいった青年。
 あの人ならば、彼女をどんな風に扱っただろうか。
 きっと、優しく、どこまでも大切に扱ってくれただろう。
 そう、こんな風に……。
 そっとクリトリスを撫で上げると、自然に甘い声が出る。
 毒のまわってゆく感覚と、性的快感が混ざり合い、アンネローゼの思考を犯していった。
 胸を強く揉み、蕾を指でつまむ。
 大理石の肌を、赤い血の色が透過する。
 青石色の瞳から、涙があふれて、頬を伝っては枕を濡らしていった。
「ジーク……」
 一度だけ接吻を許した。熱く弾力のある唇が、そっと彼女をつつみこんだ。
 アンネローゼは枕に顔を埋まらせた。
 冷たく渇いた感触のシーツが、彼女の熱を孕んだ呼吸と唾液で熱く湿ったものにかわってゆく。
 指を二本うちにいれてかき回す。
 身体の芯を甘いものが侵食してゆく様子が、アンネローゼにははっきりと感じとれた。
 やがてそれは彼女の身体を駆け上がり、彼女は自分でも驚くような艶声をあげ、仰け反って寝台に倒れこんだ。



 甘い吐息が、静謐な空気をふるわせる……。

 毒がゆっくりと体をむしばんでゆく。
 彼女は獅子帝のあとを追って死ぬ。
 彼女は伝説の時代に属するべき人間だから。
 ラインハルトが崩御した時点で、歴史的必然、物語的必然として、彼女は死を約束されていたのだ。
「ジーク……もうすぐ、あなたのところに行くからね」
 アンネローゼは、胸元のロケットを開ける。
 金の金具にはさまれた一房の赤毛を、彼女は見つめた。
 手にとどかぬものへの憧憬を、その瞳にこめて。






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