アイゼナッハ夫妻(4-207さん)





アイゼナッハ家にて、朝食に目玉焼きの目が二つ出ると夜の合図である。

それは子持ちとなった夫婦二人が子供たちへの配慮のために考え出した秘密の通信。
とはいっても妻が出すアイディアに首を振って同意したというのが実情だが。
それでも二人はそれに十分満足していた。
世の不幸な妻の八割が嘆くという夫婦間の会話が皆無という悩みとは無縁だが
それでもここまで至る夫婦の道のりは平坦なものではなかった。

なぜ彼は無口なのかという疑問は、それを不可思議に思うからこそ発芽する。
そもそも夫婦二人のなれそめは互いの知人による紹介であった。
おそらく知人達は二人の似通う雰囲気を感じ取っていたからに違いない。
妻の方はさすがに女性とあって多少は意思表示のため口数は多かったのだが。

そして引き合わされた二人は相手の容姿を好ましく思い、多少のデートのときの
振る舞いにも幻滅を感じることはなかった。そして彼は結婚適齢期であった。
となれば次に来るのは両家の家族親族への婚約者の紹介である。

質実でありながら地味ではない、味は確かなレストランの一室に席が設けられた。
厳かに進められるべき食事会であり、レストランもそのように配慮したのだが
その個室から洩れる音量の大きさに支配人は何度も予約人数の確認をノートと
幾度も顔をつき合わせて念入りにチェックすることになる。

「いやーこんな素敵なお嬢さんが、私の息子とねえ、いや本当に有難い」
「あらあらアナタ、こんな目出度い席だからって舞い上がりすぎですわよ」
「いや私は大丈夫だよ、兄さんのようにはなりませんって」
「本当?いくら無礼講だからって上司のかつらを大暴露した義兄さんよ?」
「あれは大変だったなあ。はっはっは」
「それに義父さんだって」
「ああ父がなあ。新作戦を発案した嬉しさに周囲に自慢しまくってまんまと
 同盟軍にスパイされちゃったあれなあ」
「だからってわけじゃありませんが、息子は本当に慎重な性質でしてホホホ」
「これなら安心だってことで俺も肩の荷が降ろせますよ」
「まだ退役まで数年あるんですから気を抜かないで下さいよ、アナタ!」
「いやはやこっちのことばかりで申し訳ない。さ、では始めましょうか」




プロージット!!

妻側といえば、皿の上をみてムッツリとした顔へと変じた夫を見やり
さりげなくインゲンを自分の皿に盛り変える妻。あまりのさりげなさに
脇に控えるウェイターもその不躾さに眉を跳ね上げるのを忘れるほどであった。
慣れた事、といったように母親の仕草を見つめる娘。
父親は、年間多数の論文を発表する著名な経済学者でありながら
頭脳の高さと日常能力は比例しないという実例を自ら証明しているのである。

かくして、余計な口を開いて災禍を招かないよう心がける慎重な男が出来上がり
表情の如何とで相手の次の行動と心情を読める女性という稀有な夫婦がめでたく
誕生したのであった。

新婚初夜、お互いに何をなすべきか分かっている二人はベッドに入った。
彼の動作には軍人らしく無駄がなく、顔は平静時と変わらなかったが
滝のように流れる汗が、内心の緊張を物語っていた。
むろん新妻もそのことに気付いており、夫の動きを妨げないようさりげなく
体の位置を入れ替えたりしていた。ときおり妻の指が彼の身体に触れると
アイゼナッハの息が大きく、荒くなったように思えた。

ついに、その時がきた。
妻は割り開かれる肉の痛みにただ驚き彼にしがみつくしかなかったが
その驚きはさらなる驚きに取って代わった。

「あ、愛してるよ」
「ええ、あ、あなた、あっあっあ、ん、んん」
「うっくううううう、うあっ!おおおっ、お…ぐっ!ああああ!」
「あ、ああっ!……………。」
その声の賑やかなことといったら。妻のよがり声よりもバリエーションが広い。
アイゼナッハの叫びは静かな湖畔のホテルの一帯に響いたのかもしれない。
翌朝、ロビーに「野生の動物が多数いると思われます。散策時はご注意を」との
張り紙があったので。

そしてハネムーンベイビーが夫婦に訪れ、順調に家庭は営まれている。
あいかわらず慎重なアイゼナッハは職場では無駄口を一切開いていない。
彼の声は寝室でのみ聞かれるのであったがそのことを知る者は、誰も居ない。






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