「あっづ〜…」
ツキノ、私の名前よ。エアコンがないオンボロアパート、そろそろ厳しい季節がやってくるわね…。お仕事は… バイト。俗に言うフリーターってやつよ。家(というより部屋)でやってることは、エレキギター。壁が薄いから、あまり大きい音で演奏できないのが悔しいわ…。そして… あまり言いたくないんだけど、着ぐるみにハマっているの。着ぐるみといっても、ちょっと変わったやつでね、あんなダボダボじゃなくて、少しタイトなの。身体のラインがくっきり出ちゃうから、人前で着るのは恥ずかしくてできないわ…。
…よく考えたら、人前に出る事を前提に作られた着ぐるみで、人前に出ないんじゃ本来の機能を果たしてないことになるわね…。いやいや! これはちょっと変わった着ぐるみなのよ! フツウに作るなら、こんなパッツンパッツンじゃないハズよ!こんな… こんな…
「よっ、ジラーチちゃん♪」
「っだああぁぁ〜もう!! ノックしてから入ってって言ってるでしょうがぁ!」
そう、こんな頭身の高いジラーチが居るものですか!今入ってきたのは、お隣のお兄さん。名前は… なんだっけ。
「もー! コレ脱ぐの大変なんだから、さっさと出てってよね!」
「ちぇー。相変わらず釣れないよなぁ、ったくぅ」
ブツクサと私の家(部屋)の玄関を後にするお隣のアンちゃん。アンタはジラーチ姿の私に何をしたいんだっての…。恥ずかしいから、咄嗟にギターで身体を隠したけど、あまり意味無かったかしら…。
…実はこれ、全裸で着てるのよね。パンツもブラも無し。なんていうか、着るには邪魔なのよね…。着ちゃえば引っ張っても何しても見えないから平気なんだけどね。……この着ぐるみを脱がさない限りは。
「あぁ〜… 毎度ながらビックリするわ、もぉ…」
見えないと分かっていても、なんとなく恥ずかしいもの。特に男相手だと。特にアイツは不意にドアを開けるから、視界に入るところで着替えてなんかられないわ。一回チラっと見られた事もあったけど、ギター投げつけて出血沙汰になったから、これで懲りたかな〜と思ったんだけど…。
「ねぇ〜、今日が何の日か知っ」
ガツンッ!
「わ、わかったわかったー!」
…という具合。 あ〜もうーー!! この見境知らず男がぁー!
ギューン、ギュイーン…、
エレキギターをやってるってさっき言ったけど、まだ初めて半年も経ってないのよね。まだ難しいメロディーは弾けないけど、少しなら弾けるようになったぐらい…かしら?
ギュイーン、ギョイーン、
着ぐるみがタイトな作りだから、着たまま弾くことも可能なのよね。ただ、この腕の出っ張りが邪魔になることもあるけど…。
そういえばさっき、隣のアンちゃんが何か言いかけてたわね。今日が何の日とかなんとか…。何の日だってのよ… えっと、カレンダーカレンダーっと…ギターって結構重いのよね〜。壁掛けカレンダーを見る為に立ち上がるのも一苦労だわ…。
カレンダーを確認した結果、今日は…
「7月7日…」
…七夕でした。そういえばアパートの駐車場に竹が飾られていたっけ…。私は短冊に願い事を掛けるほどロマンチストじゃないから何も気にしてなかったわねぇ。って、こんな夕暮れに一人でエレキギター弾いてるあたり、相当ロマンチストかしら。七夕…って、ジラーチゆかりの日じゃないの! こうしちゃいられないわ!
といっても、何すればいいんだろ。勢いよく、この格好のまま玄関の扉に手を掛けたけど、ふと思いとどまった。別に私自身は、ジラーチの格好をしているだけであって、ジラーチではないんだから。…私ったら、何やってんのかしら。危うく、この赤裸々な姿を世間にさらけだすところだったわ…。
外出を思いとどまった私は、さっきのギター体勢にもどる。でも、折角の七夕なんだから、なにか出来ないかしら…?私はギターを肩に掛けながら、思いを巡らせてみた…。