東の国の憑神事情・猫乃のクリスマス・第2話冬風 狐作 鈴華美影の不可思議な日常・憑神異変二次創作
「ここが大神さんの冠東でのお家なんですねぇ…結構広いですニャ、んー…大神さんの匂いでいっぱい…」
「それはそうだ、何せ俺の家なんだから」
 帰宅して間もなく、通された部屋にある椅子に腰を下ろしながら呟く。その声は感心したとも、あるいは興味津々とも取れる具合でいずれにしても余り他人の、それも異性の部屋に入ったことの無い猫乃の心境を率直に示していたのも知れない。そしてそれは大神にとっても新鮮だっただけに、ふとした微笑みを浮かべずにはいられなかった。
 大神にとり、ここは自らの「仮の」家。仮とは言えども、用意されて宛がわれたとは言え1年以上も住み続けたら、すっかりその匂いが染み付くのは当然な事だが、「我が家」であるからこそ、それはついつい忘れてしまう観点ではあるだろう。それだけに改めてそう口にされると、ああそうだ、とまるで全く新規な事を知らされたかの様に納得してしまえてるのはわずかに経ってから振り返ると面白かった。そして、つられるがままに嗅いでしまったのは本当に面白く思えてしまったものだった。
「ああ、少し臭うかもしれない。昨日、ちょっとここで人と飲んでいたからな」
 そして気付かされるのは最初の自らの香りに続く、昨晩の宴の名残たる残臭。換気こそ朝にしたものの、この寒さ故に洗濯物を干す間に窓を開けていた、そんな程度であったからとても足りない。故にそれなりに残っている、別の誰かと酒食の名残にほんの少し、大神は言葉を濁す。
「大丈夫です、そのお姉ちゃん達も凄かったし…それに比べたら、すごくきれいです」
 猫乃からのフォローの言葉に謝意を返しつつ、ふと浮かべるのは一昨年かその辺りに誘われた時の光景。確かにあのクリスマスパーティは凄かった。思わず酷かった、と一瞬浮かべてしまいたくなる程の酒池肉林。流石に猫乃も美影も未成年であるから酒こそ飲んではいなかったが、大人達が酒に耽っているのを良い事にそれはもう、食べるわ歌うわ一芸披露するわ、と大盛り上がりで気が付けば朝になっていたのだから。
 正直、大神が美影、更に広げるなら鈴華家と大きく打ち解ける様になったのは、あのパーティがきっかけであったとしても過言ではない。あれだけの馬鹿騒ぎをしたからとも出来るが、特に重要だったのはそこに呑まれたからこそ出来た2人の、互いの身の上話を半ば言ったもん勝ちに言いあった事だろう。美影はいきなり巫女だと、退魔師だと告げられた時の事を。大神は退魔神課に配属になってからの事を、互いの言ってしまえば「演じている」姿に対する素の想いや考えを理解出来たのは本当に大きかった、と出来る。
 そんな具合だったから去年に続いて今年も行けなかったのは、大神にとって残念な事であった、と改めて書ける。故に唐突な鈴乃の訪れは驚きである以上に、彼女が鈴華の存在を間接的に濃厚に感じられる貴重な存在である事を踏まえれば、満更悪くない、むしろ良いものである方が大きかった。
 帰宅してからしばらくを、すっかり会話に興じさせてしまっている内にどうにも言葉が軽くなってしまったのは正にその現れだろう。それは何とも楽しい、としかない。猫乃の近況、美影の近況、そして大神の近況。それ等を軸に話は展開していき、仕事の後の疲労感すら話す体力に変換されてしまったかの如しであった。
 だが、どうしていきなり冠東に来たのか、との点に関してはその時点での近況報告だけでは不明なまま。だから折を見て問いかければ、最初はどこか恥ずかしそうに言葉を濁していた猫乃も、大神の顔が決して不快さを浮かべていないのをうかがっては少しばかり声を絞り出す様にして、あるイベントに行きたいから来ちゃったの、と終いには嬉しそうに、また恥ずかしそうに明かしてくる―そしてそのイベントの名前は大神も知っているものであった。
「ああ…って、あれの為に?」
   「そうなんです、あれに凄くいきたくて」
 あれ、と表してこそいるものの、何を指しているのかは明確なものだった。それは毎年盆暮れに冠東にて行われる巨大な同人イベントの事。
 およそ、その存在こそそうした趣味の無い大神ですら、テレビのニュースだとかで見た覚えがある程度にしても知っているのだから、それは巨大な一大イベントと見なせてしまえる。何より隣県の警察はそろそろその警備の準備で忙しくなってるんだろうな、と参加予定だとする若い職員達で休憩時間中に話し込んでいた光景すら思い出せてくる。
 しかしその名前が猫乃の口から飛び出してくるとは、一言で言うなら意外。姉である美影自体にそんな印象がなかったのも、あの母親がそうした物を許すとは、多くは勝手な偏見であるかもしれないが考えられなかったもの。故にその流れを、そのまま当てはめる具合で猫乃にそんな趣味がある可能性を排除していた上に、そもそも猫乃と接する事が限られていたのもあって、本当に美影のままに考えて、その姿を通じて鈴華家を見ている事を改めて大神は思い知らされるしかなかった。
「じゃあ、美影とかには言ってないのか…」
   そしてそんな具合で来ているのだから、当然とも言える予想された答えを求めるべく問いかければ、それはイエス、としかない。
「とにかく来たかったし、その学校終わった足で電車に乗ってきちゃったの…えへへ」
 えへへ、じゃないだろうに、と大神は内心での突っ込みをいれざるに入られなかった。そして改めてえらい事になった、と思い知られる。果たしてどう対処したものか、鈴乃が家に何も言わずに冠東に来てしまった事、そして聞くまでも無くそれを知られたくなさそうであるのは痛いほどに伝わってくる。本当、笑える話ではなく、本来ならすぐに美影の下に連絡を入れねばならないのは十分承知しつつも、今はまだ、とどこかで目をつぶってしまう、甘い大神なのであった。

 結局、改めての外出で食事を摂る等してしまうと、余裕があったはずの時間も大分遅いものとなっていた。それでも大神が余裕顔なのは、翌日と翌々日がよろしい具合に指定された休みであったからだろう。年明け早々から署に詰める代わりに早めの休みを頂戴したが故のものなのだが、今となっては助かったの一言であったのは言うまでもない。年明けの勤務の事を踏まえつつも、ふと猫乃に付き添ってその年末の巨大イベントに行ってみようか、との考えすら浮かんでしまう位に大神は気持ちを変えつつあった。
 そしてもうひとつの幸い、それは宛がわれているこの家が複数の部屋に分かれている事だろうか。言うなれば4人家族位は住めるのではないか、との程度の広さがあるものだから一部を独り暮らしではどうしても持て余してしまい、実際にそうなっていたところ。
 だから空いている、一応は客用として用意している部屋を猫乃に、しばしの滞在用として与えたのだ。猫乃から見れば、それは思った以上に良い滞在が可能になる、との辺りで歓迎すべきものであり、大神にとっても同じく亜人の類とは言え、異性である猫乃にそこまで気を使わなくてもいい時間が手に入るのだから本当に幸いなのだった。
 だから結果として美影へどう説明したものか、連絡したものか、との件以外には何らかの形で頭を悩ませられる、そんな障害はすっかり乏しく、あとは幾らかの案内をしたところで今日は、と2人は別れる。猫乃は長距離移動してきた疲れを、対して大神は勤務上がりに加えて、いきなりの猫乃の来訪によって幾らか感じてしまえた気持ちの疲れを、それぞれに癒やすべくそれぞれの部屋に収まっていく。
「ふぅ、取り敢えずは一件落着か」
 だからだろうか、どこか大神は何時も以上に気持ちをリラックスさせていたのは。突発的な事態に上手く対処した、そんな爽快感にしばしベッドの上に横になって浸りきった後、頃合いを見て起き上がり風呂場へと向かう。
 少しばかり時間を開けたのは猫乃に風呂場を先に使わせていたから、であった。男よりも湯浴みに要する時間がかかるに違いない、と踏んでいたからその頃合いもまた長めに。具体的な時間こそ不明でも、ふと瞳を閉じて軽く居眠りする程度の時間を明けてからの風呂場には、猫乃の姿はなかったしほんのり冷えた使った後の水飛沫が濃厚にあるだけであった。
「はあ…気持ちいい…っ」
 改めて入れなおした湯船に浸かり、まどろみに身を任せているのは正に極楽。その有様を言ってしまえば名字こそ大神であっても、濁点を着けて犬神としてしまった方が向いてるのではないか、とすら観察者がいればきっと思えたに違いないほどに、大神は体に気持ちを緩めて過ごす。
 それだからだろう、ようやく湯船から上がり、改めて身を清めてまた一息。脱衣所で余分な水分を落として寝間着を身に着けて、ふと感じるまでその「異変」に気付かなかった最大の理由はきっとそれであるに違いなかった。同時に単なる気持ちの緩みだけでなしに、そう、それだけ猫乃に、その姉たる美影の投影でもあるのだろうが、抜群の信頼感を抱いている結果としての油断であったとしか言えない。
「ん…って、えぁ!?」
 最も上記の記述はあくまでも考察。実際の事として、その素っ頓狂な声を恐らく、大神は忘れる事は無いだろう。まるで自分が放ったとは思えないほどの、どこか底抜けに間抜けな驚きの声にのせいで大神自身が、一瞬を完全な傍観者になってしまったばかりか、自ら発したものだと気付いたら気付いたで、今度は目の前にある光景にすっかり気を奪われる。
 そう、それがとても見慣れたものであり、同時にある種の危険性を秘めた存在「憑神」であると気付くまでに、更に若干の時間を要したのは、とても致し方のない事であった。


 続
猫乃のクリスマス・第3話
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