東の国の憑神事情・猫乃のクリスマス・第1話冬風 狐作 鈴華美影の不可思議な日常・憑神異変二次創作
 クリスマス、メリークリスマス、と街中にあふれる定番のフレーズが例年よりも強い寒さの中に瞬く12月の夜。電飾やらに彩られた街を行き交う防寒着に身を宿した足もどこか速い。最もそれらは暖かい空間に入ると途端に遅くなるものだから、そうした場所の入り口付近は流れが滞りがちになっていて、それが寒さの中にある種の賑わいを演出すらしていた。
「そろそろクリスマス、だもんなぁ」
 仕事を終えての家路の折の大神直人もその中に紛れる1人であった。彼も周囲と同様にしっかりと防寒着を身に着けていて、コート、マフラーに手袋としている姿は万全そのもの。それでも露出している顔に来る冷たさはどうしようもなかったし、何より彼の耳―犬耳、そう彼は亜人である―は敏感にその、寒暖の変化を感じ取っては揺れていた。
 この冬は彼が冠東で向かえる2度目の冬。一昨年に赴任してきて以来、一旦は戻ったものの、その後も定期的に訪れる日々の繰り返しはすっかり彼を冠西と冠東のどちらにも通じる人間へと変えていたもので、今ではこの街にすらどこかで愛着を持てる様にすらなっている。
(美影からのクリスマスのお誘い、今年もなぁ…)  今回もその定期的な出張のひとつ。ふと振り返れば、冠西の警察署にて退魔師と共に職務に従事する一介の刑事であった彼が、冠東は相奈県警に派遣されたのはそう遠くはない出来事。勿論、それはその経験を買われての事であったし、周囲の同僚からは出世コースだな、と嬉しいともまた羨ましがられるとも取れる言葉をかけられての赴任であって、言うなれば転機との言葉が事のほか似合う。
 しかしそれは新たな日々、同時に東と西の違いに戸惑いを覚えざるを得ない日々の始まりでもあった。
 そもそも冠東と冠西では最も対応する対象である「憑神」に対する考え方が、一番に被害を被るはずの一般人はおろか、鍵となる耐魔師も含めて異なっていた事すら知らなかったのだから苦労して当然。敢えて冠東の名誉の為に書くならば、冠東とて決して憑神に対するノウハウがなかった訳ではない。ただしかし、そのアプローチの方法が近年、冠西とは違うより困難な事情故に変えざるを得ず、そのまま定着してしまったのだから違って当然なのだ。
 故に憑神とはまず退治するものである、とする冠西流の考えは冠東では中々理解されなかった。全否定こそなかったのは幸いにしても、しかし今は違う、と逆に諭されるばかりで、何より所属している警察と退魔師の連携がほぼ機能していなかったのも困難のひとつであった。
 大神の冠西での経験から来る、とにかく退治しないと、との言葉に周囲も困惑したであろうが、大神自身もより悩むしかまずはなかった。しかし、その前に大神が冠西から派遣されてきた最大の理由である、近年増えている冠東特有の「憑神騒動」に対処可能な警察組織や人材の育成への助言と指導こそ、試行錯誤の中で最優先して取り組まざるを得ないものであった。私よりも公を優先せねば、その意味はないのだからつべこべ言っている余裕はないに等しく迫られる。
 その結果、1年間かけて得られたのは冠西の退魔師でも中々得難い程度の、増してやあくまでも警察官に過ぎない彼にとっては豊富すぎるとすら言える経験であった。それ故に彼は何時しか、東と西に通じる憑神対策のエキスパートとも看做される様になったと言えるだろう。与えられている身分こそ刑事のままであったが、実質的な待遇はより上位職として、相互の警察や退魔師協会を行き来しては加わる日々を今では普通にこなしている。

 だがそうなった今となってもある事に関しては変わらぬままだった。
 それは冠西における職務のパートナーである美影―鈴華美影、関西では知られている退魔師である―の存在。憑神事案に対して関わる事を命じられて以来、結果として公私共に関わりのある彼女の存在はまた別格であるからこそ、彼女からの頼みや話にはどこか弱くあるのは決して否定出来ないものだろう。
 しかし、この様な生活になって以来、それは以前と比べると中々、思えども形にする事は難しくなってしまった。その内容は色々とあるのだが最も今から時間的に近い出来事を挙げるなら、それは今年もまたクリスマスパーティに来ないか、と誘われていた事であるのは違いなかった。
 そうでなくても美影とは最近では中々パートナーを組むのも少なくなってしまったもの。私的な方面であるにしても貴重な関わる機会として大神は何とか、上手く都合を合わせようとしたものだったが、上手く整わず断ってしまった事にふとした無念さをにじませないでいるなど、とても出来ようがない。
 それでも幸いなのはその誘いをもらった、先の冠西での出来事だろうか。ふとタイミングが上手く合って久々にタッグを組んで憑神事件に対処した一件を思い返す事で、何とかそれ以上の気持の落ち込みこそ防げはいる。しかし結局、浮かばせようと思わなくとも浮かんでくる、更に以前の記憶の断片がどこかでそれを少しばかり削ぐものであったし、美影より前とは変わりはったなぁ、と評された事も合わせて、その犬の亜人としての性を刺激されてしまうものだから、その丸尻尾やや垂れ気味にならざるを得ないところであった。
 そんな具合に気持ちがなっていようとも、歩いている事に変わりはなかった。前へ前へ角を曲がってはまた前へ、と歩む内に何時しか一際多くの人が集まる場所へと入っていく。そしてその中で彼を待っている人を見つけては、久しぶり、と声をかけて今度こそ家路へと誘いつつ歩む。
 それは昔に、子供の頃に親に連れられて冠西に移住して以来の久しい再会の織りなす光景。ここ1年の赴任の中で、縁に恵まれて再会した相手とのそれを祝うのを兼ねた、大神なりのクリスマスパーティーの始まりであった。

 夜遅くまでのクリスマスパーティを済ませれば、翌日もまた仕事。朝から出勤し、年末に向けての書類整理をしながら夕方に退勤する日勤仕事。今日はそのまま家に帰ろう、と思っていた矢先の胸元からの振動。それが自らの携帯電話の着信を示してるのは明らか過ぎる、と書けてしまえるようか。とにかく大神はそれを手にするなり、一体それは誰からの電話なのか確認するのもそこそこに耳へ運びながら、着信ボタンを押す。
 その時点で、響いてくる声を認識するまでの間に一応の見当をある程度は着けていた。そもそも彼の携帯にかかってくる電話なぞたかが知れている、特に冠東に来て以来、大体は職場だとかそうした関係先からのものでしかないのだから。
 しかし一瞬ふと思う、今は職場にまだいるのに、となれば、さて誰だろうかとの思いはやや強く疑問符を加えてくる。だからその最初の声には少しばかりの緊張感を含ませていたのは自然な反応で、その状態でいざ耳に届いた響きの意外さに思わず歩みを、その丸尻尾がピンッと張ると共に止めて、驚きを示したのは余計に自然なものだった。故に、それだけに返す声も意図せずに大きくなってしまう。
「猫乃…ちゃんじゃないか、久しぶり、だけどいきなりどうした…へ?冠東に来ちゃったから泊めて?」
 電話の相手は全く知らない相手ではない。むしろ猫乃、と下の名前で呼べる程度に知っている存在で、しかし、大神に直接電話をかけてくる事はこれまでになかったし、そこまでの関係もない相手だけに、感情の多くは新鮮さと純粋な驚きに由来していた。
 とにもかくにも、この場にて電話でどうこう言ってもどうしようもない事。それに触れているのを認識した大神は、軽い確認の後に早速合流する段取りを決めていた。後はそそくさと退勤して、本来歩くべき方向を変えてまた駅へと向かう。それは奇しくも昨日の動きと代わらなかった、ただ違うのは駅から電車に乗り込み、更なる別の場所を目指した事だろう。
 到着した、より大きなターミナル駅の中をしばらく探して歩くと、見覚えのある背中が何か、誰かを探しながらさまよっているのが見えてくる。間違いないと、やや駆け足で近寄って名前を呼びかけたが早いかどうかで反応は帰ってくる。
 気が付いていたのだろうか、さっと振り返っては何とも嬉しそうに微笑んでくる顔。そしてその服装が何時も見かけている巫女としての、美影にも通じる装束ではなく普段着の彼女であるのもまた新鮮で気持ちを緩ませにかかってくる。
「お久し振りです、大神さん…その、いきなりなのにありがとうございますニャッ」
 それは久方ぶりの出会い。人の体よりやや細めで垂れている猫の耳、明るめの茶に先端が白の猫尻尾を垂らしている霊猫は―猫乃、全てを書くなら鈴華猫乃―その具合からして、それはとてもリラックスしているのがうかがえるのに、どこかで安堵しては尻尾を軽く振ってしまう大神なのであった。


 続
猫乃のクリスマス・第2話
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