遅い春の物語・前編冬風 狐作 東方Project二次創作
 幻想郷には四季がある、それは外の世界よりもずっと色濃い、密度の詰まった四季であって、春ならば桜色、夏ならば澄んだ緑と青にと輝いている。
 当然それは秋にも、また冬にも言える事。そしてこの2つの季節こそ最も美しい、対して春の目覚め、夏の盛りはある意味では単純である、と語る口がある。即ちそれは、そう誰しもが良い季節だ、過ごしやすくなった、そして暑い、夕暮れ時の川面に吹く風が心地よい、とある程度は意見を一に出来る単純明快さを有している季節こそ、この春夏と出来るだろう。
 では秋と冬は一体どうなのだろうか、当然それは基本的な前提は同じである。ただそこには複雑さがある、秋は収穫、実りに始まり終焉、あれほどまでに山野を覆っていた緑が色づき、そして散って土に返る。
 そして冬はそれ等を全て多い尽くす、およそ自然に存在する物は白銀の中に仕舞い込まれて、ただ一切の静寂だけが辺りを支配し、その白さだけが絶対的に輝きを放つ。しかしその白銀はある種の掛け布団であり、仕舞い込まれたのではなく眠りに就かされた諸々は惰眠を貪り、春の目覚めまでの力を蓄える休眠の時期なのだ。
 つまりただ伸びるのではなく、ある頂点から頂点へと一気に触れ動く、そんな季節。しかしそれは一見しただけではただそれとしか見えない、即ち成ったものがなくなり無に帰るだけの、厳しい―秋は日増しに日を短くして気温を下げ、冬はそれをより極大化させる―季節であるとしか解されない事も多い。
 実際そうだろう、暑さに対して寒さは御しがたい。春や夏であれば暖かさや暑さの中に吹く風は貴重な涼風となり、また川は外気とは対照的な涼しさによって助けてくれる。しかし秋や冬は違う、秋のじんわりとした、冬のはっきりとした寒さはわずかな薄さや隙間があれば容赦なく入り込み熱を奪っていく。そして風や川はすっかり寒さに染まって凍てついて、ただでさえ存在している寒さをむしろ強化させる位の働きしかしない。
 だから秋や冬は評価を落としがちと言えよう。ある程度の熱がなければ活動する事の難しい存在にとって熱を奪う季節は目障りであり、厄介としかどうしても捉えられてしまう。
 しかし、幻想郷を知る、あるいは住まう存在ならば考えて欲しい―どうして四季には役割を割り当てられた存在がいるのか、と。
 特に我々が厄介と単純に思いがちな秋と冬には明確に、前者は二柱の神、後者はある妖怪が存在している。対してありがたいと思いがちな春と夏には明確な存在がいない、最も春に関しては妖精がいる、しかし妖精は自然の歪みとしてある儚い存在でしかなく、夏に至っては明確に夏を関わるとされている存在がいない事を承知して欲しい。
 秋と冬、この厄介と思われがちな存在は幻想郷の自然の要たる存在。だからこそ春と夏に明快さを譲って、しかしきっちりとこの2つの季節があるが為に複雑さを、四季の一員として前者は司る神を、後者は象徴する妖怪と共に有しているのである。そしてこれはその秋と冬の物語である。

「あーもうまたお姉ちゃんどこかに行ってる」
 秋の一柱の豊穣神―秋穣子が炬燵の中から目を覚ますとそこにいるべき存在がいない事に気が付いた。
「全く、ふらっとどこかに出かけちゃうのがお姉ちゃんだけど…今年はちょっと多くないかしらね」
 何時の間にか寝ていたのだろう、口元に残っていた涎を拭いつつ部屋の隅に転がっていた帽子を手にとって叩く。
「お姉ちゃんったら今晩の夕飯までには帰ってくるのかしらね、本当」
 炬燵の中から半身を引きずり出してかけ直す―掘り炬燵である―と、穣子は机の上に帽子を置きながらぼやく。視線の先にはつい先ほどまで食べていた菓子と、すっかり冷めてしまったお茶の入った湯飲みが2つあった。
 湯飲みはそれぞれデザインが違って、手前にある穣子の湯飲みは明るい黄色に幾らかの紫―それは薩摩芋である―が散りばめられたものであって、その半ばだけ残った緑茶をすすりつつ、穣子は主が手にするのを待っているかの様にたたずんでいる種に臙脂や穣子の湯飲みよりももっと淡い黄色が配されたもの、そうそれはお姉ちゃんこと紅葉神―秋静葉の持ち物である。
 彼女等は秋姉妹、秋の一般を司る二柱の神としてこの幻想郷にいる。今の季節はそろそろ春も近いそんな時期、秋の神たる彼女等にとっては特にする事も無くただ見守っているだけのそんな季節。
「…うーん、今日も雪だってのに」
 穣子は火照った体を一息吐きながら炬燵の中より引き出すと、障子を開けて縁側へと出た。そこはやや薄暗い、何故なら雨戸が閉められているからであって、明り取り用に設けられた行灯の明かり以外はすっかり暗闇が広がっているからだった。
 だからなるだけ部屋から外れた場所の雨戸をすっと開く、途端にさっと光が差し込んでくるのだが同時に来るのは縁側よりもより冷えた冬の空気。今、正に降っている雪、そしてそれを運ぶ風によって冷やされ続けている空気が縁側へ入り込み、穣子の体を包む。
(ああ、本当寒い…今年は春が遅いわよ、やっぱり)
 秋姉妹の家の前には彼女等の家が比較にならないほどの規模で農場が広がっている。それは穣子が自ら耕す、また豊穣神としての力を確かめる為に用いているものだった。そこはもう数え切れないほど昔に建てた倉庫がやや黒々とある以外は、一面純白の雪に覆われていて、所々の木々の根元には吹き溜まりが山となっている始末だった。
「…流石にこんなに降られると私も困るんだけどね、皆、眠り過ぎてしまうから」
 穣子はふと口にする、冬の寒さは秋の実りをもたらして疲れた大地を、木々を休ませる存在。しかし余りにもそれが極まると大地はともかく木々が逆に傷んでしまう、幸いにして今のところ、この穣子の農場ではそれは何とか彼女の力もあって避けられていた。しかし、と穣子は思う―きっと人里ではかなり大変なことになってしまう、と。
 いや。それはもうなっているのかもしれない。冬の寒さに眠りすぎた木は何時しかその身を弛緩させて自壊してしまうのだから、特に多いのがその身を裂かしてしまう事。そうなってしまうと幾ら豊穣神とは言え、それを再生させるのは容易ではない。また大地にしても目覚めが遅くなる事は、その内に適当な量以上の水気を蓄える事となり、雪が溶けてからしばらくは作物の根を冷やし過ぎて害を与えてしまう。
「…異変とか止めて欲しいんだけどな」
 美味しいお芋が食べられなくなるじゃない―と思ったかは分からない。しかしそう予感した事は穣子をある行動に繰り出させるのに十分な刺激だった、そしてついでにお姉ちゃんも探しに行こう、と防寒着に身を固めてその家を飛び出したのだった。

「ふう、また来ちゃった」
 金髪に鮮やかな赤と白い襟元の服を着た彼女がそっと漏らしたのは、淡い紫と白を基調とした服装の相手だった。互いの口はそれは近い位置にある、腰掛けているのは椅子、ではなく白いシーツのかけられたベッドだろう。そこに腰掛けた2人は目を細め、どこか潤んだ様な輝きを見せつつ互いの頬を接させていた。
「あの子、妹には断ってきたの?」
 その問いかけに金髪の少女は首を振り、続こうとしていた言葉を遮る―だって寝ていたもの、あの子。起こすには忍びなかったから―と言って両手を回した。
「全く…まぁ何時もの事かしら、紅葉神さん?」
 それに応じる様に体をより密着させながらの言葉を吐く顔は正に色づいていた。ほんのりと頬に紅が載る、との具合であって、彼女に限らず「紅葉神」と呼びかけられた側にしても同じ事だった。
「紅葉神じゃなくて静葉って呼んでよ、レティ?」
「…分かってるから、静葉、今日も会えて嬉しいの」
 レティと静葉、それは冬に関係し、また秋を司る者の名前。ここはレティ―レティ・ホワイトロック―の家、そう広くなく、こじんまりとした部屋の中に置かれたベッドの上に、レティは客人としての静葉―秋静葉を迎えていた。レティは妖怪であり、静葉は神である。妖怪と神、何れにしても人でない彼女等の今の姿はどこか淡い感情に包まれていて、言葉もどこかトーンが高くなっている具合だった。
「…」
 2人の言葉ないし呼気の音が一瞬だけ途切れる、そこで見えたのはその唇同士の接触―口付けの瞬間だった。ほんの一瞬の重ね合わせの時、2人の顔はそれこそ上気の頂点に達したとして過言ではない。そしてすっと離した後は上気こそ一種和らいだものの、瞳に関してはずっと潤みを増していたと言えるだろう。
「…しようか」
「うん…しましょ」
 しばらくの俯き加減での沈黙の後、2人の言葉は半ば交差する様に意思を確かめ合う。そして再びのキスは瞬時に訪れて、それはもう長く重ねられていくその時に、窓の外はすっかり真っ白でしかなかった。


 続
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