高菜の姿勢が崩れたのは間も無くの事である。がたっと膝から崩れると呻きながら仰向けの姿勢になり、そのまま股間が開かれる。それは股間の奥に隠されている、そう秘部を曝け出す様な開脚でしかない。いわゆるM字開脚の姿勢を取るなり、その手は辺りにある火の玉の1つを掴んで割れ目の中へと飲み込ませた。
「ん・・・んあああっ」
途端に起きたのは大きな痙攣だった。股間と臍の朱色の輝きが一気に輝きを増す、それは段々と強くなりカーテンによって他の明かりから、すっかり仕切られた部屋の中を朱一色の輝きに染め上げる。その染め上げられる中にはフクスも、そして源としてサリーヌの体は今やその全身が含まれ、真っ青に発光していた。
だがその光自体に特段の驚きの類の感情を抱く姿はフクスには見られない。表情は微動だにする事無く、目を変わらず細められたままで、ただ静かに醒めるのを待つ。
光に包まれている間は時間の流れすら分からない、その感覚すら失われているようだった。だが耳を澄ませばかすかなる喘ぎ声、それは高菜が発していたものが規則的に聞こえてくる。もっとはっきりとしたのは色合いの変化、目が痛いほどの真っ青な色が次第に醒めだし、水色がその中に浮かび上がりだす、その事でより分かる。
火の玉としてではなくある程度のまとまった形。そのまとまった水色の塊は全て濃縮したらそうなった、と言わんばかりの姿。湛えているのは光と熱、熱く、しかしどこか冷たさを纏った熱の塊、そうと評する事が出来るだろう。そしてそれはあたかもフクスに対して敬意を示さん、と言わんばかりに、頭を垂らす様な姿勢を思わす形へと変わっていったのだった。
「ふふ、高菜、いえブルーヴィックセンね?」
「はい、フクス様」
フクスはその変化に立ち会ったと言うのに、そもそも彼女が当事者ではないからともいえるがそのままだった。すらっとした長身の体で金色の長髪、黒をアクセントとした三角耳、豊富な尻尾と透き通る様な白い肌。その身に纏う白い和服に紺の袴と言ういでたちは変わらない。ただ安らかな顔をしてベッドの上で片膝を立て、頭を垂らす狐の顔を持った存在を見詰めている。
高菜、続けてブルーヴィックセンと呼ばれた者の姿は獣人だった。つまり人と獣を合わせ持った姿で、狐の顔の体は水色と淡い青を帯びた白色の二色の豊富な毛にて覆われている。それはフクスの金色に対してはっきりとした対照振りを見せており、既に今では「塊」と言う表現はそぐわない、繊細さを合わせ持っていた。
最もより特徴的で目を引くのは毛の厚さであろう。そもそも狐と言う種族はその豊富さが際立っている、特に豊富な胸周りや尻尾の部分はそれでいて整っている美しさを纏っているのだが、その者の場合それ等は炎になっているのだ。
それは見事だった。まるであの火の玉を凝縮して、より強さを帯びさせた炎と評する他ない。特に尻尾、シーツの上に大きく広がる三尾の尻尾に至っては琴の外、と言う表現に相応しかった。何かに燃え移る気配もなく、フクスもブルーヴィックセンも気に留めている気配がない、様々な意味での自然な美しさがあった。
「美しいわよ、今日も。さぁ立ち上がって、そして今日のお勤めを頼みたいからね」
「はい、フクス様、何なりとお申し付けくださいませ」
言われて立ち上がり、ベットの上から降りたブルーヴィックセン。改めて見えるその背格好はフクスに劣るところはなく、むしろ背丈、肩幅ともより大きい。そして炎もただ分厚い、あるいは狐がその毛を生来として厚くしているのに相当するのみでない。一種の鎧の如く首周りから胸、そして股間や大腿部と言った急所に成り得る箇所を覆っているのが目に入る。
そこには、サリーヌには無かった確かな風格があった。胸は大きいから性別は不変であるのはうかがえる。しかし風格の存在は、その姿より高菜ないしサリーヌの面影をすっかり消し飛ばしていた。
あるのはただフクスに仕える存在、言うならば戦士だろうか、その気配を存分に湛えるに足る姿なのだから。つまりそれはフクスと対等なる存在であると共に、フクスを上にある存在としている事は言葉遣いからも明らかで、すっと囁く様に話す一言一句を己の水色の三角耳で言われたままに聞き取り了解を返す。
「それではよろしく頼むわよ、ブルーヴィックセン」
「・・・かしこまりましたフクス様。それでは行って参ります」
今一度、立ったままの一礼をするなり、次の瞬間にはブルーヴィックセンの姿は消えていた。直接的にどの様な「お勤め」を「頼んだ」のかははっきりとはわからない、それは極めて早口な上に鳴声の様な具合であったから。
もしある程度、解説するならそれはフクスにとって不快な存在を排除する様に、と言う内容でしかない。そしてブルーヴィックセンの消えた室内は、その様なことがつい今しがたあった事など全て忘れている様な気配だった。フクスの表情すらそうである、そして生じていた暗闇はすっと窓際に近寄ったフクスの手によって薄められる。
開けられたカーテンの先は真っ暗な夜闇に包まれていた。満月になり掛けの月が煌々として夜を照らす中で、フクスはその姿のまま目を細めて遠くを見やる。その先には一瞬、あの水色の輝きが、陰火を纏う者の輝きが見え、そして次の瞬間には消えているのにフクスは微笑を隠す事は出来なかった。
(あなた達の利益にもなるのよ、サリーヌ・・・ふふ)
フクスの瞳はこれまでになく細められていた。
「うーんおかしい・・・」
「どうしたんですか、エカテリーナさん」
「どうしたきゅうん?」
それから数日後、基地の中を何時も通りスーツ姿で歩いていたサリーヌ、そしてその後をチョコチョコと付いて来るフクスは机に向かって、研究室で首を捻っているエカテリーナにそう問いかけた。
「ああ、サリーヌとフクスちゃん、ちょうど良い所に来てくれたわ。ちょっと話したい事があって・・・」
そう言うなりエカテリーナは空いている椅子に座る様に促した。座る順番はサリーヌそしてフクスと自然となるのを見てから溜息混じりに、数枚の書類と写真を示しながら口を開く。
「今度、計画していた作戦なんだけど、なしになっちゃったわ」
「え、それはどうしてですか?」
作戦、それはサリーヌ達の所属するチームの担当する地域の中にある悪の組織「イタンヘ」の基地の1つを攻撃するものだった。それは数日後に実行される事が決まっていたので、今日もその訓練の為にやって来たその矢先の話、と言う訳である。
「急に反応が消えてしまってマコとミコに偵察しに行ってもらったら・・・消滅していたのよ、きれいさっぱり。他のチームが攻撃したと言う事も無い様だし、どうしてなのかって頭抱えてるの。何か知らない・・・わよね?」
どうやら上層部に報告する書類、その作成に頭を悩ましていたと言うのが本音の様だった。だがサリーヌは平然と首を振る、フクスも首を振る、私達は知りませんと。
その姿にエカテリーナは半ば分かっていた、とでも言わんばかりの視線を向けて軽い溜息を吐いた。そして体を伸ばして、背もたれに体を預けてしばらく首を後ろへ垂らす。これは彼女の癖だった、何か上手くいかない時はこうして気分転換の方法としてあるのだが、ある意味では無防備であり、一時的に周囲の様子から遮断される。そう言う副作用があるのは言うまでもない。
そのわずかな間、サリーヌとフクスは互いの顔をさっと見合って軽く口元を微笑ませ、机の下で握っている両手を硬く握り締める。それにエカテリーナは一切気付けなかった。仮にその一瞬でも見えていれば、真実を知っている証である事など、その優秀なる頭脳を以ってすればすぐに勘付けるであろうほどあからさまであったと言うのに。
だがエカテリーナは見れなかった、よって気付く事は無かったのだ。目の前にその張本人がいる事等全く気が付けないのだ。フクスの指示に従い、フクスより与えられた武器たる「陰火」を自在に操る戦士。ことごとく内面から、そう精神、いやもっと深く魂からきれいに燃やし尽くすのに長けた存在、戦士ブルーヴィックセンがいる事には終ぞ気が付けない。
(私のお気に入りの場所に基地なんて建てるから悪いきゅうん、サリーヌを使って壊滅させたきゅうん)
それは奇遇にも、フクスがこの基地へ初めて姿を見せてから1年が経過しようとしている時期の出来事。
今やサリーヌとフクスの関係はすっかり深まって、堅固かつ分かち得ないものになっていた。ブルーヴィックセンは、いやサリーヌはスーツの下にあるフクスより与えられた、僕である証の彫り物、その発するほんのりとした暖かさを感じていて仕方なかった。