「ねぇ菜っ葉っ子、宿題写させて!」
私の名前はサリーヌ、いや斉藤高菜。
「えーとどれが良いの?今日は2つあったけど」
「どちらもよ!やろうとしてそのまま寝落ちしちゃったの、超やばいじゃん?どちらもさ、出せなかったら」
「分かったわよ、じゃあ先の方から出すから」
「ありがとー、超助かる!また後で返しに来るから」
そう私の名前は斉藤高菜、菜っ葉っ子と言うのは私に付けられたあだ名、と言うよりもニックネームと言うのだろう。もう数年来、最もそれは中学の頃の学芸会がきっかけとなって付けられて以来だが、その頃から一緒にいる友達からは決まってそう呼ばれている。
それは私にとって不快ではない、確かに最初に呼ばれ始めた頃は違和感であったし、多少不機嫌にはなった。でも今は、高校に進学して色々と環境が変わる中で、中学自体から親しくしていた友人達にそう呼ばれる事は何だか、まだ小学校の延長の様な感じの気配すらあった中学時代の懐かしさ、また心地良さを回想出来る事から悪くない。
最も本当の所は別の呼び名で呼ばれるのに慣れてしまったとも言えるだろう。自分でも、どうしてそんな事をしているのか時折分からなくなる。だけどああ言う場面に立ち会うともうじっとしていられないのだ、そして決め言葉を1つかけてしまうのだった。
「変身!」
正直、もっと気の利いた掛け声は無かったのか。とたまに思うが下手に口上を述べているよりも、ずっとシンプル、つまり言いやすく簡潔であるのは確かなものだった。
「正義の味方サリーヌ、只今参上!」
掛け声と共にかざす携帯電話。正直どう言う原理なのか分からないのだがこの画面から出で来る光、それに包まれて醒めると私の姿は変わっている。普段の自分よりもずっとすっとしていると言う印象を自ら抱くし、前に鏡で見た時は矢張りきりっとしたその顔はずっと大人びていたのを改めて思ったものだった。
何よりも最大の違いはその髪の色だろう、すっかり真っ赤で盛られた髪型はまるで昔のテレビアニメに登場したキャラクターの様。そして身に纏っているのも元々身に着けていた服はどこへやら、その面影等一切ない体に張り付く様にフィットした薄い黒色をした素材だけ。
言うなればウェットスーツ辺りを浮かべてもらえると良い。もっと近いのは少し前に流行った高速水着かもしれない、そしてたまにデザインが変わっている。最初の頃は首から下全体をただ包むだけで正にウェットスーツであったのだが、今では露出している部分も増えてある種のファッション性を持ちつつある所が何だか面白かった。
そしてその姿でいる時の私は斉藤高菜ではなくサリーヌである。そう地球の平和を脅かす悪の組織「イタンヘ」と戦う正義の味方。私自身は戦士との言い方も好きだったが前述したスーツ「ハイパーコンポジットスーツ」に身を包み、鞭にも棒にも思うがままに操れる得物を武器とする正義の戦士、サリーヌなのだから。
だがそう言う割にはそこまで華やかなものではない。そもそも「イタンヘ」の存在はある程度は世間に知られているから、私もこの様な身になる前から名前くらいは知っていた。しかし実際にその戦いの中に身を置いてみると身の危険を感じる以上に、実際の相手の強さだとか、そしてそれに対抗する正義の組織、つまり想像以上に現実的な面が多かった。
つまり「イタンヘ」が世間で喧伝されている様な残虐非道の悪の組織のイメージ、それを額面通りに受け取るには実態がかなりかけ離れていた事だろう。確かに彼等は町を破壊するし人を害する、しかし時には紳士的でもあり一方的に悪の組織、とする人々こそ何だか怖い様に思えてしまったからだった。
だがそれでも私は正義の味方を止めようとは思わなかった、気に入っていたのもあったし、何よりも危険な目に遭う事はあっても不思議と放たれるその魅力に、すっかり染まってしまったのもあるだろう。ただ少し退屈なだけだった、そう彼女と出会うまでは。
「サリーヌ、おかえりきゅうん」
「あっフクスちゃん、ただいま」
家に帰ると部屋の中からかわいらしい声がした、そこにいたのはフクス。変な名前かもしれないがそれが自分の名前だと言うちょっと変わった子だった、最も変わっているのはただ名前だけではない。その姿も変わっている、いや違うのだ。確かに人の姿だし顔も色白でむしろ美人の部類に入るだろう、しかし長く豊かな厚みを誇る髪は透き通るような自然な金色に染まっている。
肌は透き通る様に白い、身に纏っている衣服は白い和服に紺の袴と言う井出達で質素な具合。しかし以前に触らせてもらった時にそれは非常に良い素材を使った、中々お目にかかれない品であるのを知ったところだった。
そして極めつけは耳と尻尾だろう。何故なら彼女の耳は髪の毛よりはやや濃い金色、そしてアクセントと言わんばかりのほんのりとした黒色に包まれた三角耳、そう狐の耳が頭からぴょこんと映えているのである。そして袴の後ろからは五尾の豊かな金色の尻尾が揺ら揺らと揺れている、そんな存在。
つまるところ彼女は人ではない、妖狐であった。知り合った経緯も基地、つまりこことは別の場所にある正義の味方としてのサリーヌが所属するチームの活動拠点にいきなり現れた、と言うもの。だから最初は警戒していたが、何故かその不思議な金色の輝きをたたえた瞳を見ている内に、すっかり解けてしまったサリーヌを始めとするチームの面々は彼女を受け入れてしまった訳なのである。
だから今ではすっかり住み着いている。何よりもサリーヌと一緒にいるのを好む、一種の基地のマスコット的な存在になっていたと言えるだろう。時としてサリーヌ、つまり斉藤高菜の本来の自宅にも現れてはこうして彼女の部屋で過ごしている事も、今やすっかり慣れた事で彼女もそれに対して特別な反応を示す事は無かった。
「フクスちゃん、どうしたの今日は?」
だから今日も高菜は手に持っていた鞄などを脇に置くと、あの携帯電話も机の上によけてしまう。基本的にあの携帯電話は彼女がサリーヌになる為に必須の物、だから可能な限り身に付けているのだがフクスと一緒にいると、気が緩むと言うのだろうか、何故だかそれを取り外して遠いところに置いてしまいたくなってしまう。
そしてそれに強く安心している自分がいる事に彼女は気が付いていた、勿論チームのメンバーの前では決してやらない。そもそもチームのメンバーといる時はサリーヌの姿でいるのだから、身から外すと言う事はそもそもない。
それでも彼女は何故だかフクスと一緒にいる時こそ、すっかり自分が自分でいられる、そんな感覚になっている事に気付いていた。即ち、よりどこかで多く、そうでいられる機会のあらん事を望んで止まないのを最早受け入れ、本心として常に抱き続けているのだった。