それはシンボル・前編 冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
 それはふとした書き込みを耳にした事から始まった。
「○○の××を取るとどうなるのですか?」
 ネット上の不特定多数が書き込みのあるHTMLの一群、その中でもまるで何時作られたのかも分からない様な活気の無い、しかし時折書き込みがある息の長いスレッドがその舞台と言えるだろう。
「恐らく××になるかと思います」
 正直、そのスレッドにたどり着いたのは偶然の産物だった。単に欲しい情報を得る為に有用と考えられるキーワードを打ち込んで、そしてさまよっていた時に、と言う具合で最初見た時は、スレッドの寿命が短いこの掲示板群の中で、ここまで活気が無いにもかかわらず生き残っている事に対して珍しさを、そして求めていた情報につながると思っていたキーワードが、たた単語として書かれていただけなのを知って落胆した事だけは強く覚えている。
 だからこそ多分、もう二度と来る事は無いだろうとふとした確信を持って、それを表示していたブラウザのタブを閉じ、改めて検索の海へと戻ったものだった。だがしかし、目的の情報を見つけ、そんなスレッドを見たと言う記憶すら、情報にあり付けたと言う満足度の彼方に探さなくてはならないと言う切迫感と共に消えかけていた時、その部分だけ蘇ったのだ。
 それはつまり簡単に言えば再び巡りあったと言う事、更に付け加えるなら向こうからこちらを訪ねて来た、と言う文学的な表現も可能かもしれない。最もあくまでもネットワーク上のデータの塊に過ぎない、そして人によって作られ、人によって管理されるサーバと供給される電気の中にのみ存在し得るそれに意思等がある筈は無い。だからこそより正確に言うなら、つまり変わった面白い物があると友人がメッセンジャーにてやり取りしている時に寄こして来たアドレス、それがそのスレッドの物だった、と言えるだろう。
 そこに加わる形で自分の性質、親しい友人から紹介されたものであれば安全であろうと言う気持ちが、普段通りにポインタをアドレスの上に運んでクリックさせたのである。だからアドレスを見た時点では気が付いていなかったし、最新のレスの辺りは自分が見た時とはうって変わった具合になっていたものだから、しばらくは初めて接する心地で、そしてふと何か心の中で引っかかって過去ログをのぞいてみると、ああそう言えば!と合点した訳なのだった。
 最も、そして幸いな事に文字を通じて、画面と通信回線を介してのやり取りであるからこのことは相手には伝わっていない。だから少なくとも文面で好意的な感想を返し、そしてこちらから切り出した別の話題に流れを変えてメッセンジャーの方は抑えた。しかし再び遭遇し、かつ、ややスレの進み具合が変わっているのが妙に気になってしまい、その日はちょくちょく寝るまでの時間と言うものは何かをしつつも時折スレをのぞいては何か新しい書き込みは無いのか、と妙に強い期待を浮かべてしまったものでならない。
 そしてそこで出会った新たな流れ、と言うのが冒頭に上げた書き込み、そう正にQ&Aとも、あるいは禅問答的な果たして意味があるのか?と思えてしまう奇妙なやり取りの流れであったのだった。繰り返し書くならば、以前に見た時には見当たらなかったものなのだから。

 では具体的に、冒頭にて表した内の伏字の箇所にはどの様な事が書かれているのだろうか?それは一言で言えば何か、固体を示す単語である。即ち生物から無生物まで、ありとあらゆる幅広い存在の名前が「○○」の箇所に連なっており、対して「××」には「○○」を脳裏に浮かべたればなるほどと、確かにそう言う物がある、と特徴付けられるシンボル的な存在の名前が矢張り書き連ねられている様は正しく「Q&A」を髣髴させよう。そう前述するからには、「Q」に相当するのが「○○」で「A」は「××」と言うもので、故にその気配がそう感じられたから「禅問答」的だ、と評してしまったと言う訳である。
 そして一例をよりはっきりと示すなら書き込みが始まった頃にあったこれを挙げる事にしよう。
「ドーナッツのわっかを取るとどうなりますか?」
「恐らくわっかになるかと思います」
 そう、これなのだ。幾ら繰り返されようともこの形式はまるで連歌の様に変わらず、ひたすら受け継がれて行く。変わるのはそれぞれの単語の箇所のみで、一体何なのか理解に苦しむ一方、その奇妙さには妙な魅力があり、故にふと気が付けばその奇妙さの虜になってしまっていたのだった。
 そうひたすらROMをする様になったのは他でもない、その表れ。とは言えその書き込みがあるのは1日に1回から数日に1回と正に風任せであるから、見れば見るほど早く書き込みがないと気ばかりが早駆けしてしまい、そしてその果てに書き込みが突如として現れると安堵する、そう言うのが次第に日常の中に組み込まれたのである。即ちリロードを幾度も、意図せずに気が付けば画面を見つめてする様はのめり込みと言うには最早、遅きに逸した感もした通り、次第に当初こそ抱いていた相している自分に気が付いて我に返っては慌て恥ずかしく思うとか、そう言う感情が消えるのは早いもの。そしてほかの事にろくに手が付けれなくなって行くのも、下手をしたらそれ以上のペースで進んでいた、とすら言えよう。
 同時に僕は、どうにかして書き込みをしたくてならなかった。それも「A」への書き込みを、である。答えたい気持ちは果たしてどれ位、無意識の内にマウスを掴んでいる手、その指を勝手に操っては書き込み欄をクリックさせたのだろう。そしてキーボードを今にも叩かん、という所まで持っていたのだろう。大抵はそこで目が覚めて、悪夢が醒めたと言わんばかりの悪寒を感じ、両手を引き剥がすなり椅子の背もたれの裏に回して組み合わせる事はもうどれ程。
 当然息も、そして胸も荒くなっていたのはお約束と言えよう。それからしばらくはその姿を保ち、ようやく落ち着けた、と石を持ってようやく判断出来て下ろす。しかし下手をしたら数分後にはまた同じ状態に陥っていると言うのが現実であった。

 ではここからしばらく、ひたすら僕のその様な症状ばかり述べていても仕方ないからこそ、改めてスレの事について触れて見よう。そうまだある特徴についてである。
 それは「Q」に相当する書き込みをするのが常に同じIPアドレスである事だろう、そう同一人物が行っているとしか思えず、対する「A」は全くばらばらで法則性の微塵も無い。だからこそそれに気が付いて以降、ますます書き込みに対する興味、そして関心が生じたのであって、矢張り自然と踏まえる形で「A」へ書き込み機会をひたすらうかがう日々であったと言えるだろう。
 しかしそれが困難だったのだ、そもそも「Q」が書き込まれる時間帯は常にばらばらで定まった法則はそちらには無かったから、より強く言うなら常にリロードをして見守っていなくては不可能である。しかし実際には幾ら僕がのめりこんで、他の事を疎かにしていたとしてもしなくてはいけない事はある。だから離れて帰って来る度に何も変化が無ければ安堵の一方、もし書き込みが双方ともされていた時等は大いに絶望でしかなかった。
 それが本格的に生じて以降、結局僕の事へと戻ってしまったがただ待ち焦がれるから新たな段階へと、気持ちの変化が生じた表れとして記しておきたいと思う。同時に「A」を書き込んだ人間を「ライバル」と見做す様になった事も、そして恐らくこうも自分が逃し続けているのだろうから他にもいる筈の「ライバル」達への敵愾心を、独り勝手に燃やしては可能な限りパソコンに向かっていようと、如何に離れずにすむかと言う事を考えるのは大変重要な物になっては何時しか久しかった。

 だが久しくなった中でも生理現象の類は、どうにもならない。そしてどうしても削り切れぬせねばならない事と共に、泣く泣くと言う具合でパソコンの前を離れねばならない時の理由の1つと言えよう。その時こそ正に悔しい気持ちは最高潮となり、何事も早く終えようと焦るものだから、自分の意のままにならぬ物事を相手にしている時は苛々と、そして終わるなり一刻でも早くと駆け戻りかじりつくのだから。
 その中でも特に時間がかかるのが買い物とか町に出なければならない用事だった、その時の用事と言うのは食料が流石に無くなって参ってしまった為、こればかりは、と言い聞かせた上でのもので駆け足をしたくとも重い足取りでしか行けないほどの空腹を抱えた我が身を嘆きつつ、家の近くのバス停まで行く。
「あ・・・っ!」
 ぼんやりとため息ばかり吐いていた車内、ふと顔を上げて車内を一瞥した時、僕は思わず小さな呟きを漏らす。脳は妙なまでに目覚めた、と言える。
(迂闊だった・・・!)
 苦笑気味で鞄の中を探る手がようやく掴んだ四角い塊、手にしてスライドさせてキーを打つ。そして画面を見つめて・・・携帯電話からネットにつなぎ、外出中もそうすればほぼ常に確認が出来るではないか、と言う事に気が吐いた故の事だった。そう、どうして気が付かなかったのかと我ながら思う事ではあるが、前方の席にて携帯に集中している学生の姿を見るまで不思議なほどに浮かばなかったのである。
 そうして妙な感慨の中で、電波を通じて表示されたあの画面。携帯画面だからサイズは小さくなっているが、確かについ先ほどまで見つめていたあのページであるの違い無い。当然、安堵の息を吐き・・・それが最後だった。息は止まった、目は大きく見開かれた、そして釘付けとなった!
 来たのだ、そう来たのだ、僕の出番が。最新スレの内容は正に「A」であって、念の為のリロードをしても「Q」となる投稿は投稿されていなかった。この様な事は初めてだった、同時に望んでいた事であると言うのに体は動かない。
 感動しているのだろうか?緊張なのだろうか?今、今書き込まねば、と言う状況なのに、若しかしたらこの瞬間にも「ライバル」が投稿ボタンを押しているかもしれないと言うのに先を奪われるかもしれないと言うのに、それまでからはとても相応しいとは思えない静寂が僕を包んでいた。


 続
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