存在を示すもの・第2話冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
「さぁ、起きて下さい。夕食の時間ですよ?」
 声と、部屋の明かりに促されて半覚醒状態から瞳を開き身を起こした時、薄っすらとした寒気を感じた。だが視界は良くなかった、何もかもがぼやけて、明らかにかけていた眼鏡が何時の間にか外れて恐らく、ベッドの上かその当りに転がっているのだろうと言う事は確かだった。
「さぁさ、行きますよ。皆待ってるんですから・・・っ」
 その声が、極度の近視である僕にはその姿すっかり寝起きの意識と共にぼやけていたものの、とにかくこちらにお構いなし、と言う具合に手を引っ張ってベッドの上から引きずり下ろしたのはほんの序の口。そして手際良くスリッパを履かされて、こちらが有無を言う隙を与えられずに部屋から連れ出される。
「今日はあなたの歓迎会ですから・・・皆待ってるんです」
 歓迎会、そのフレーズにどこかしらの懐かしさを漂わせたフレーズに僕は素直な気持ちではいられなかった。つまり一瞬の戸惑い、どうして自分がその様な歓迎など受けなくてはならないのか?と言う気持ちに染まる。
 最もああそう言う事かと、僕は今日ここに引っ越して来たのだと言う一連の事実を思い出した事で、少しはその気持ちの薄くなり染みは取れる。だがそれと共にあの、先ほどの一幕、そう自分の部屋に入ってきてそっけなく立ち去った相手とのやり取りが脳裏に戻り、気持ちがどこか燻ってしまう。そう迷いとして、本当に僕は歓迎されているのだろうか?どんな顔をして出て行けば良いのだろうか?と、何しろこの建物の規模からして今までに出会った3人とは別の人間がいる事は確実であった。つまりその初めて顔を合わせる相手がいる、と言う事実が迷う気持ちだけをしきりに浮かばせて仕方ない。
 だから結果的に僕はその事について難しく考えすぎる、と言うミスを犯していた。とにかく時間を稼ぎたい、そしてもっと情報を仕入れたいと言うのが根本であったのを考えれば、そこでこちらから立ち止まって尋ねたり、あるいは眼鏡が無いと何も見えないので取りに戻りたいとか、そう言う理由付けも出来たものだろう。しかし僕には出来なかった、余りにも1つの問題に関心を向け過ぎていて込み入らせてしまっていた結果としての事だった。
 だがそれでも片隅にはあった訳だからテンポがずれてやがては浮かぶ。そしてようやくそちらにも考えが向いて、喉の奥から込み上げるように言葉が出かけた時、またも唐突な展開がそれらを全て押しとどめた。そう、不意に動きが止まったのだ。最もそれによって全ての考えがまたもカオス状態に戻ったのではなかった、確かに唐突ではあった。しかし同時にあくまでも押し止めた事は、ようやく迷いの中から醒めつつあった自らの気持ちを更に確固とさせる効果をもたらしたと言う訳である。
 より言うならば今一度立ち止まって考えを見直す時間が与えられた、と言うべきかも知れない。そこまで果たして僕を引っ張り続けていた相手が、意図したのかどうかは分からないが結果として明らかにもたらされたその気持ちに僕は内心での安堵のため息を吐かずにはいられなかった。
 そんな時だった、ふと動いた視線が捉えたのは明かりが灯ってなく、窓からの外光にのみ頼っていて薄暗く陰鬱な印象であった廊下にすっかり明かりが灯って、印象が全く一変している光景だった。それはきっと些細な事ではあろう、しかし急に世界が広がったか象徴にすら、僕には大袈裟に思えるかもしれないが感じられて仕方が無かった。
「ああ・・・」
 だからこそ思わずそう呟いてしまったのかも知れない。内心での溜め息では留まらない気持ちを思わず漏らした僕に、ここまで導いてきた相手は少しばかり焦り気味な口調で問い返してくる。
「ああっと・・・そのいきなり止まってすいません、1つちょっと尋ねておかなきゃならない事があって・・・忘れていました」
「忘れていた・・・?」
 それは新たな疑問。最もつい先ほどまでとは違い、思考の中で秩序だって耳にする事が出来た違いがあったが、果たして一体何を忘れていたと言うのか見当が付かなかった。つまりそう言われた所で僕に思い当たる節はなかったものだし、むしろ僕はその時点で気が付いた、忘れていたある1つの事柄に対する関心をすっと失ってしまったのである。そしてほんのしばらくの空白を置いて返された相手の言葉に、僕は思わず反射的に丸く開いた口から疑問含みの声を漏らさずにはいられなかった。
 

「好きな色ねぇ」
 再びベットの上に戻った僕は、今度は瞳を閉じる事無く大の字に体を開かせて輝く蛍光灯を見つめていた。部屋の中は当然ながら静まり返っていて、何しろ冬の夜であるからカーテン越しに外から何か聞こえるということも無かった。だからこそ自分の呼気の音と、蛍光灯のコンデンサーのかすかな音が強く耳に届き、一定のリズムを刻むそれらは妙に心に染み渡って心地良く、考える事に集中する事が出来る。
 あの後、歓迎会は突如として中止になった。唐突にされた質問に返事をした途端、顔色を変えた相手はあそこまで強引に引っ張っておきながら、今度はすまなそうな態度で僕を部屋へと誘導し直した。そしてしばらく待っている様に、と告げるなり駆け足で去っていき・・・数分ほどして戻って来た時に、その口からもたらされたのが中止と言う言葉で余りの急展開に僕は思わず言葉を失い、ただうなずくのが精一杯であった。
 それからしばらくして、恐らく「歓迎会」の為に用意されていたのであろう料理が夕食として運ばれてきた。かなりのボリュームのそれは瞬く間に、ふと思えば朝に食べて以来何も口にしていなかった自分の中に盛大なまでの空腹を湧き上がらせる。当然乾きすらも、それまで忘れていたのが不思議なほど伴っていたものだから、1度箸をつかんだが最後、あっという間にそれらは胃袋の中へと姿を消してしまう。
 得られた満腹感は、今目の前にある分量でこれなのだから、もし一堂に会した場所であればそれはかなりの量で良い光景であっただろう、と言うのを脳裏に浮かばせて勿体無い気持ちと共にここに到着して以来の慌しさを常に伴った、その空気に対して首を捻らすのであった。
「とにかく、何なんだろうなぁ・・・もう」
 だが幾ら考えても今度ばかりは、意識も視界も何もかもはっきりしていると言うのに納得の行く、自らの考えと言うものは中々見出せない。ごろごろとシーツの上で転がっても、不意に立ち上がって屈伸をして見てもそれはそのまま。ほんのりと暖房の暖かさが漂い気持ちいい室内の様子が変わらないのと同様に、僕のその浮かばない気持ちも変わらないままだった。

「・・・」
「・・・?」
 そんな時だろう、何か話し声のような音が耳に届いたのは。それは何も変化がなかった故の静けさの副産物、であろうが何かと神経を尖らしつつあったのも幸いし、不思議と耳に届いたそれは印象的と言えるほどの明瞭さで脳裏に文字として浮かび上がる。
 内容はと言えば最初の内は詳しく掴めなかったがどうやら、自分の部屋の前に2人ほどが立っていて、扉の中、つまり僕の事について小声でやり取りしているというものだった。時折出て来る「残念」だとか「またの機会」とか、そう言う言葉から恐らく先に中止となった歓迎会に関するやり取りなのではないか、と容易に推測は出来た。だが不可解なのはどうして僕の部屋の前に突っ立ってしているのか、と言う事だろう。もし僕にその件を改めて詫びるとか、最もそれは全く求めていなかったがそう言う目的なら、逆にこうしているのはどこか感じが悪い、と言うものではなかろうか。
 またそうではなしにただやり取りをしているとしても、扉の前ですると言うのに対する印象はむしろ悪くて仕方が無い。だがどちらの意図なのか、傾向的には後者と言う気がしたがはっきりと断定出来る要素は扉越しに漏れ伝わる、必ずしも明瞭とは言えないやり取りからは掬い上げる事は出来なかった。
 だから段々と、苛立ちとでも言うべきだろう。その煮え切らない経過に僕は内心に募る気持ちをたぎらせ始めていた。激情とかそう言う類ではない、低温かつ密度の濃い感情は生じれば生じるほど衝動的にさせてきて、そしてほんの数秒間だけ僕の記憶を途絶えさせる。そして再びつながった記憶と感覚の上に映ったのは、あの明るい白い廊下に浮かび上がる様にしてある2つの明瞭過ぎるほど、そして鮮やかな影を持つ存在と相対している我が身だった。


 続
存在を示すもの・第3話
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