存在を示すもの・第1話冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
「すいませーん・・・?」
 一体この言葉が口から出るまでどれ位時間がかかったのだろう。暖冬と言う割には異様に寒さの厳しい、この薄曇の今日、ようやくたどり着いたこの目的の場所の玄関をくぐって漏らした言葉への反応を待つ。
 だがすぐに言葉は返ってこなかった。無人と言う事は無いだろう、玄関の鍵は外れていて「Closed」との札も裏返しになっていた。何よりも屋内には暖かい空気が満ちており、今も空調設備が唸っている音が耳に届いてくるのだから。もし誰もいないのにこうもしていたとしたらそれは大変な無駄と言うものだろう、1Kの小さな部屋ですら1日点けっぱなしにしていたらかなりの浪費であるのだから、その規模たるやとても比較出来たものではない。
「あのー・・・あ・・・っ」
 どれくらい待ったのか、それは時計を見ていないから正確ではないが体感としては数分。それほど待っても何も反応は無い、それどころか誰かがいるという気配すらも一向に感じ取れなかった事は痺れを切らす、と言う以上に本当にここであっているのだろうか?ここにいて良いのだろうか?と言う自分の判断に対する疑念を強くさせるものになった。
 だが、一方でこの場所以外に、今手元にある書類に載っている住所、そして地図を見ても場所が違っていると言うのは、どう見ても見当たらなかったのもまた事実。だからこそしばらく思い巡らすのを続けた末に、改めて声をかけかけて気が付いたのが1つの掲示であった。
 それはこれまで気が付かなかったのが不思議なほどの大きな掲示、最も壁一杯にいあるとかそう言う事は無いが、並のポスター大の紙の上に朱筆書きにて一言、こう書かれていた。
「御用の方は下の呼び鈴を押して下さい・・・」
 「・・・」と書いた部分には郵便物はこちらにとか、そう言う細かい指示が書かれていたのだが少なくとも、今の自分にとって必要な部分ではなかった。だから僕はその必要な部分のみに従って、矢張りこれも今まで気が付かなかったのが不思議なほどの呼び鈴、と言うには相応しくないカメラ付のインターフォンを押す。
 若しかするとこのカメラ越しにずっと見られていたのかもしれない、とふと思えてしまったのはそんな時。そして気が付いているのに不親切な、と感じるものであろう。しかしその場では何故だか、その様な気持ちは一切浮かばなかった。むしろこの存在に気が付かずにひたすら待っていた僕が、逆に滑稽でありそしてカメラの向こうでこの場の流儀に従わなかった自分が笑われていたとしても、仕方ない事だとする妙な、自虐的とも言える諦めの心すら抱けた時、ようやくそれに報いる言葉が耳に届いた。
「あっすいません、ちょっとお待たせしてしまって・・・今日来られる予定の・・・」
 やや慌てた様子の駆け足の足音と共に届いたのはふとした若い女性の声、その声があと幾らか言いかけた時、僕はふとした安堵の気持ちと共に口を開いた。
「ああ、はい・・・こちらで良いのですよね?」
 一瞬、僕の動きに相手は少し動きを止める。そしてほんの少しの間の後に、その顔を縦に振っては微笑を強く示したのだった。

   さて、そう言う一幕があったとは言えその後の対応、そうここに住む為に必要な手続きに要した時間と言うのは本当にわずかなものだった。まるで本来かかるべき時間が短いが為に、あの玄関にて僕が気付かずに立ち尽くして余る時間をその分、消費していたのかとすら思えてしまうのがどこか滑稽であったと言えるだろう。そんな具合だから、逆に気をどこかで使ってしまい、これからしばらく僕が滞在する事となる部屋に通され、鍵を手にして軽い会釈の後にドアを閉めるなり、大きく息を吐いて手にしていた鞄を投げ出してしまう。
 エポルティオン・ハイツ、ここが今日からの僕の住処だった。今日からと言うのは文字通りそのままであって、それ以上の意味はない。だがどうしてこうなったのか、と言う理由だけは当然ある。
 それは単に、と言ってしまえる問題ではあったが少なくとも自らが強く望んでだとか、そう言う次元とは別の類。即ち良い理由ではない、あくまでも自分にとってとは言え、先に到着していた自分が発送した自分宛の荷物を確認してから解きつつ、気を紛らわそうと言わんばかりにその部屋を自分の色に染める事に専念し始めた。
 部屋はおよそベッド付きの6畳間でそれとは別にそれぞれ風呂とトイレがあり台所は無い、よって食事に付いては1日に決まった時間に食堂で出されるものを食べる事になるのだが、それ以外はある程度自己完結の出来るのはこれまでと変わらなかった。最も自前で食事の心配をする必要が無い、と言うのはありがたい事であったから数少ないメリットなのだろう。だがあくまでもある程度に過ぎない、と改めて認識させられたのが、それから間も無くの事だった。
「おっ新入りさんか」
 少しばかり気持ちを落ち着かせて荷物を整えていた最中、扉に向かって背を向けて黙々と励んでいた時、不意にドアが開いた、と感じると時を同じくしてどこかひょうきんな声が伝わってきた。だがそれは冷静で、しかも予想していればの話だろう。少なくとも前述の通り、全く備えが無かったものだからその声は不意打ちの得体の知れないもの以外の何物でもない。
 よって体が軽く強張る事、そして慌てて振り向き、取り繕いに等しい愛想笑いを浮かべて生返事を返すのは避けられなかった。だがかけられた言葉の響き自体からは、ふとした親しげな気配を感じ取っていたものだから、ただ全てが取り繕いで会ったと言う訳ではなかった。
「あ・・・はい、初めまして・・・今日からこちらに入ります・・・」
「ん?何だ、まだ入り立てで知らないのか。じゃあ改めてだな、俺は・・・まぁ顔を覚えておいてくれれば良いから」
「え・・・?あっちょっと・・・」
 それは振り返れば先ほど自分がした様な、そう玄関でのやり取りの際の立場を入れ替えた様な物だったのだろう。相手がやってきて尋ねられ、僕が尋ね返すもその語尾は遮られて相手の言葉に妨げられる、ただし途中で自ら言葉を切ると言う相手の見せたわずかな隙はあったのだが、と言うのは正にその反復だった。不可解なのはその言葉を遮られたタイミングであろう。挨拶の途中、と言うのも中々常識外れなものだが、何よりも僕が自らの名前を名乗っている際にされたのがどうにも解せない。
 入り立てで、この場での勝手を良く知らないと言うのは否定出来ない。そうだと把握しているからこそ、相手に対しての印象と共に早口のその言葉、そして名を名乗らずに立ち去られた事実からは、まるで自分がどこか小馬鹿にされてしまったかの様な印象を拭いきれない。そしてそれはふと気が付くと、どうにか追い払っていた筈の現状に対して納得していない僕自身の気持ちが、再び舞い戻って心中の多くを覆う、その大きなきっかけとなってしまったのだから。
 そしてその大きさの前には、ふと抱けていた別の小さな、若しかしたらもっと大きくあるべき疑問は微塵な埃程度の重さしかなく、しばらくもしない内に忘れ去られていた。


 続
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