その次なる関心を誘った原動力はそれが、中身はどう言う物体なのか?との事。つまり柔らかいのか硬いのか、少なくともそう重くはない事は分かってはいたがそれ以外にも、例えば突き刺したら中から何かが溢れてくるのか、と言った他愛の無い事ではあるとは言え、よりその実態を知ってみたいと言う思いからこその動きであったと言えよう。
そしてあくまでも良く訳の分からない、少なくとも食べ物とは思えないからこそ食べ物ではない。更には正直、もらって後生大事に手元に置いておいたとしても、何か自分の役に立つとか、そうでなくとも部屋のオブジェとして相応しい物になるとはとても感じられなかったからこそ、だろう。つまり彼にしてみればその存在は、どこかその辺りに転がっている石ころや土塊と変わらなかったのだ。だからこそ、いや、その通りの認識のままに彼は蓋を開けて脇へ押しやると、躊躇う事無く割箸を突き刺したのだった。
ブスッ、であろう。その時の感触を文字にしてあらわすとするなら、そしてそれを幾らか形容するなら注ぎたての生コン、あるいは粘土の成分の多い泥水か。すんなりと突き刺さるのと対照的に、少しでもそのまま横に動かそうとすると妙な抵抗、つまり蒟蒻ほどの動かし難さではないにしろ、かと言って純粋な水の中で自在に動かすのも難しいレベルの質量感がじんわりと伝わってくる。
「へえ・・・何か懐かしいな、昔、子供の頃に砂場に水注いで遊んだのみたいだ」
最も思わずもらしたその彼の感想が一番、的を得ているのかもしれない。とにかくそう言う感触の中身であったのだ、最初は思い通りに動かしたいと力を入れ過ぎて手が滑る、と言う事もしばしあったがコツを掴んでくるに従って力加減もよろしくなり、整っていた表面は次第に渦巻きになったりとか、不連続な波模様に染まって行く等、その表情を豊かにしていく様をふと楽しめてしまっている己がいる事に彼は何時しか気付いて、ふとした悦に入っていた。
彼によってただの謎の物体から、ふと楽しめる要素を引きずり出され、そしてそう言うものとの認識に役割を与えられたその代物の表面が何時しか、半透明な液体によって覆われていたのに気付いたのはかなり楽しんでからの事だった。時計の針を見ればかなりの時が経過していたもので、この歳にてどこか子供っぽい事柄に夢中になってしまったのをふと恥ずかしく感じながら、後頭部を軽く掻いて誰に話すまでもなく、唇を少し動かして気持ちを落ち着かせる。
そして改めて容器を見やる。白木で造られていた割箸はそれだけ刺さって浸かっていた事の証左なのだろう。本来の白さ、と言うのはおおよそ失われていて、本来の木の色がほんのりと茶色となって浮かび上がって染まっている有様だった。
再び手をかけたのは、流石に何時までもしている訳にはいかないな、と言う気持ちの発露。更には事情はあったとは言え一応はその用途は不明ながらも、形としては一定の均整の取れた姿を見せていたのを損なってしまった事、それを今更ながら勿体無い事をしたと内心で舌を出してやんのり悔やんでもいたからもあるだろう。
だから掴んだ手にはその箸を抜き去ろうと言う意思を込めていた、ただすんなりと上に引き抜くだけとは言えそう言う思いが来ていた事から、妙に決心めきつつ力を入れる。
「・・・あれ?」
違和感はその瞬間からだった。一瞬力を入れる方向を誤ったかと疑いかけ、そして否々、自分はしっかりと上に引き抜こうとしている、と言う再認識への反復をしてしまったのだから。そう抜けないのだ、引き抜こうとしているのにその方向に動かすのに関して、これまで全く感じなかった抵抗感が生じていたのだ。しかし抵抗感、であるから固まってしまったとかそう言う事ではない。
しかし容易かった物が容易くなくなった、と言う変化はそれがやがて硬化してしまうのではないか、と言う予感を内心に生じせしめる訳で、だから慌てて強い力を反射的に注いで引き上げるのを試みてしまう。
その試みは結論からすれば成功だったと言えよう、そう成功、箸は上に上がり、もう相当な時間をその謎の物体の中で過ごしていた姿を見せる。そして軽く力の余りに後ろに向けてつんのめるのも予想の範疇、だから全ては納得行く形で、そう終わるはずだった。
「え・・・っ」
しかし同時に意図しなかった展開を文字通り引き出した、と言うのは想定の範疇外だったのだろう。続く小さな絶句と共に彼の動きは一瞬止まる。ただ視野を捉える瞳だけが機能していたに等しく、次に気付いた時には全ては始まった後だった。
予期せぬ、意図せぬ展開とはその箸の抜けた先端を追う様に中身が・・・追いかけて来た事だった。質量はそのままに噴き上がりそしてそのまま、太い放物線を描いた先で頭から彼を落ちると言う予想だにしない事態。果たして何が起きたのか認識すら出来ぬまま、彼は頭から一気にその得体の知れない何かを被って、そして包まれていく。
「・・・うぐ・・・っ!?」
彼は思わず声を漏らし、呻き、体がしなる。その動きの発端は鼻腔に通じたふとした匂いであった、生臭いと言うには薄い、しかしそれが馴染みのある匂いか、と言われたらそうではないが、どこかで思わずびくんと反応してしまう、そんな饐えた匂いだった。それが鼻腔から一気に体内、特に脳に通じた途端、反射的にそう言う動きが出てしまったと言う訳で、そう言う意味では避けようのない展開であったと言えるのではないだろうか。
そしてますますその匂いは体内に充満していく。同時に最早ほぼ全身に広がったまとわりついたそれは、どこか重みから不意にはっきりと感じさせるほどになっていて思わず体はバランスを、そして意識は明確さを欠いて、大きく前のめりに倒れかけている、と言う気がするほどになる有様。しかしそうであってもなお、どこか抗しようと試みているかの様にもがくのだった。