悪い玩具達・前編 冬風 狐作
「それにしてもさ・・・」
  僕はそう呟いてから一息飲み込んだ。
「どうしてここにいるのさ?」
「あんたこそ・・・よ、どうしてここに?」
 応えた声は互いにほぼ同じ言葉であった、それはこの偶然の鉢合わせに対して思う事はどちらも同じと言う証だったのだろう。
「答えになってないぜ・・・」
「それはこっちにも言えるわね、どうしてここにいるのよ?」
 そして困惑しているからこそ、ついつい答えを返さずに新たな問いかけをかけてしまうこのばつの悪さ。それに相手は、彼女は明らかに態度を硬くさせていた。その言葉の響きから余裕はなくなり、語調はやや強まっている。何よりもわずかに険しくなった表情が、追い討ちをかけたのは言うまでもないだろう。その途端に何か言わんとしていた言葉は飲み込まれて、唾液と共に脳裏から消えて言うに相応しい上手い言葉と言う物が全く浮かんでこなくなった。
「どうしてって・・・なぁ・・・」
「どうしてって・・・何も考えてないの?何も考えずに言ったの?」
「おい・・・それは言い過ぎじゃないか?考えているし聞いてもいるよ・・・」
「じゃあどうして黙ってるのよ、失礼じゃない?それって」
「ま・・・まぁすまない」
 彼女の言う事はある意味最もで、言い過ぎでもあった。しかしこの様な態度に彼女をさせたのには僕に全く原因があるとは言えない、そしてこれ以上、悪化させては不味い。そんなタイミングを逸してしまったと言う事情も別にあり、気まずかったと言う事情も働いたものだから、尚更に僕は口を噤む外なかった。そんな気配を察してかしばらくはその勢いのままに、語調を保たせて以下にも攻める、と言う具合に迫ってきた彼女も次第に落ち着きを見せつつはあった。
 だがそれは「だいもんじ」が「かえんほうしゃ」を経て「ひのこ」になった様な具合だから、完全に腹の虫が治まったと言う様子ではない。だからこそ目で様子を探りつつ、何時またこちらから口を開こうか、そう迷っていたそんな矢先だった。アレが、僕と彼女をこんな形で対面させるのを強いたアレが再びやって来たのは。ふと感じた妙な空気、そして大きなつんざかんばかりの地鳴りと。
 下も左右も上も揺れる、いや音もあるその大鳴動。土埃も盛大に沸き立って瞬く間に限が無くなった中、今しがたまでのあの気まずい関係はどこへやら、反射的に僕達は短い悲鳴を上げて思わず手を取って、互いを庇い合う様にその身を抱いてしまっていた。
(一体どうなっているんだ・・・?)
 次の瞬間、庇い合うまで体の一部があった空間に落ちて砕けた石の破片が、体に当たったのを受けて思った瞬間だった。そればかりか更に下へと、体が落下する感覚に見舞われたのは。いや後者のそれは気のせいなのかもしれない、そうこの酷い状況の中での錯覚だったのかもしれない。とにかく僕達は必死になってしっかりと抱き合っていた、まるでそれ以外の身を置いている空間が、遠い何処か遠い世界であるかの様に感じられてならなかった。

「ア・・・イタタ」
 私が目を覚ますなり最初に漏らした言葉はそれだった、じんわりと痛む後頭部のそれに思わず呟いてしまった物でしばらく擦ってから、外して戻した手を見て血等が付いていなのにホッとした物だった。
「ああ、埃だらけ・・・」
 そして埃塗れとなった服を、上半身のみ起こした状態で払いながら溜息を付く。特にお気に入りの服と言う訳ではなかったが、いざ汚れると矢張り癪な物であるから、少しの悔しさを感じてしまってならなかった。
 とは言えこうしたのも私の行動の結果だったのは違いない、そうこの場所に来たと言う。加えて、そこで私は思い出した、ここにくる要因の理由を作った張本人の事を。彼、ミサオの事を思い出したのだった。
「ミサオ・・・あっいた、大丈夫!?」
 慌ててきょろきょろと首を回して探しただからだろうか、少し離れたところにうつ伏せに倒れている彼を見つけた時は思わず素っ頓狂な声を上げてしまったものだった。冷静に思うと恥ずかしい姿だったかもしれないが、慌てて駆け寄りそしてその体を起こし、頬を試しに叩く。
「ねぇミサオったら・・・大丈夫なのよう?」
 幸いにして呼吸はあった、だから死んではいないと言う事は確かで違いなかった。しかし目を覚まさない、加えて少しの傷があり露出していた腕の一部が切れて出血した後があった。恐らく、あの際に、そうこの場に再び落下した際に岩か何かに当たって切れてしまったのだろう。だがもう血は固まっているのをみるとそれなりの時間、2人して気絶していたのも事実と見えた。
 とは言えそこまで来て私はようやく気が付いた、確かに私の服は埃塗れになっていたし目の前で横になっているミサオの体も矢張り同様で、そして傷まで負っている。なのにどうした事だろう、どうしてこの空間にはあるべき存在である、崩れた土砂や岩の姿が一向に見当たらないのか?何よりも不思議なのは地下である筈なのにこうも明るいのはどうしてなのだろう。そうと疑問を抱いて立ち上がり、ほんの少し足が痛んだがすぐに慣らすと、大きく首を振って辺りの様子をしっかりと見回してみた。
「何ここ・・・こんな所があるなんて、物語の中みたい・・・」
 感想はそれだった、正にその通りの空間なのだから。足元こそ土でこそあるものの、至る所に巨大な水晶の様な六角柱をした塊が無数に存在している。そしてほんのわずかに離れたところには泉と思しき物があり、済んだ水が深くたたえられているのが見えるのだ。しかし空気の流れと言うのは感じられず、真上を見上げても矢張りそれ以外の場所と同じく岩と結晶で構成された頑丈そうな天井があるだけで、少なくとも落ちてきた穴の痕跡等は全く見えない。
「大丈夫だよね・・・」
 ちらっとミサオの様子を眺めた私は、少しその場を歩いて見る事にした。何故なら明らかに意識を失う前の記憶と、この空間の平静さは結び付く要素が見られなかったからと言えよう。歩いては戻り歩いては戻り、時計を持っていなかったのでどれだけの時間がかかったのかは分からなかったが、泉以外の歩ける範囲はそう大きくも無い閉じた空間で、どこかに抜けられる様な痕跡や気配は皆無と言うのを改めて認識出来ただけだった。
 そうなると残る方向として考えられるのは泉の方向しかない、ただ泉はいかにも深そうな気配を漂わせていて易々と歩けそうな雰囲気は無かったし、何よりも幾らミサオの腕の傷の血が固まるほど経過していたと言えども、泉に大量の土砂が落ちた気配は見えなかったし、私たちが倒れていた位置を更に考えると余りにも不可解であるのが、一体この空間がどんな空間であるのか、考えるのを困難にしたのだった。
 ただ言えるのはこの空間の、まるで太陽の下にいる様な明かりはこの水晶の様な石柱から放たれている、と言う事だろうか。しかしそれ以上を考えるのを私は放棄した、そうこれは考えたらキリがないのだろうから、と考えての決断だった。
「とにかく今はミサオが起きないと話に・・・んん・・・喉渇いたな・・・」
 ミサオの隣に座って、静かに呼吸をしたまま瞳を閉じているミサオを見ながら私は無性に水が飲みたくなった。いやそう言う気持ちが芽生えて来たのだろう、それは落ち着いた事を反映しているのかもしれないが・・・少なくとも水筒等の持ち合わせは私は持っていなかった。それでも目の前には水、そう水をたたえた泉がある。私の体は何も思わずに、再び立ち上がるとふらふらと泉に駆け寄った。まるでテレビを見ているかの様な、非現実性。
 いや夢の中なのだろうか、とにかくその光景を眺めるだけで体がまるで別の意思によって動かされているかの如くだったのは違いない。そして泉を前にして私の体は、膝を折り四つん這いに近い姿勢をとるとそのまま口をつけて泉の水を飲み始めた。1口、2口・・・とまるでポケモンの様に、舌を使って飲む様は余りにも奇妙だったが、私がしているとはとても感じられなかった。そう体がしているのだ、体が・・・そう思えば思うほど、私と言う存在が何処か薄まっていく様な、そんな気がしてむしろ心地良くなってしまう。
 満足するまで飲み干すまでそれは続いた、そして終わるなり体はまた、戻ってはミサオの隣に座り込んで、そして発条の切れたロボットの様に体育座りの姿勢で頭を垂らしたところで再びの眠りが訪れた、そう私と言う意識の眠りだった。ただ最後に私は思った、ミサオにも飲ませなきゃ・・・と。
 続


悪い玩具達・後編
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