数日振りの自分のパソコンで彼がしたのは、個人的な事柄だった。仕事に関してはもう処理してあり、その見返りとして数日の休みが与えられたので、この間にたまっていた各種事柄、例えばたまっているメールの処理が代表的となろうが、とにかくそれらをこなしている内に数時間が経過していく。
そしていよいよ佳境に近づいた時、彼はある事を忘れていたのを思い出した。ちょうど出勤する様にと言う急な電話がかかってきた正にその時にしていた事を。故に文字通り投げ出す形で放置して、今に至るまで忘れていた、あるゲームをしていた事を思い出したのだった。
「おっといけないいけない・・・電池は・・・おっ生きてる」
先ほどの雑誌の下に埋もれていた携帯ゲーム機を手にするなり、閉じられていた蓋を開けて鈍く光が戻った画面を見てふとした喜びの声を漏らす。そしてその脇の電源ランプが赤くなっているのを確認するなり床にあった専用のコードを取り出して接続し、コンセントに繋ごうと片手にゲーム機を掴みつつ、体は椅子に腰掛けたまま大きくそれとは逆側に曲げて手を伸ばしてコンセントへと差し込みかけたその瞬間だった。
「お・・・っ!?」
少し力の配分を間違えたのか、椅子に力が加わりわずかに動いた。同時にバランスを取ろうと体にも力が新たに加わる、どちらもただわずかな変化でしかなかった。しかし手元が狂った事で実際以上に慌ててしまった事で新たに加わった力は余計な所にも作用した、彼はふと思い出す、ゲーム機を掴んでいた手、その指が何かを押した、と。それと同時にコンセントの中にプラグが入り・・・急激な痺れが全身を貫いた、そして今度こそバランスを欠いた体が椅子とは逆に滑り落ちて雑然と物が置かれた床に額がぶつかるのまでは、スローモーションの様に感じて視界は途絶えた。
「ねぇ、今日はそろそろこの辺りで休みましょ」
「あっ、そうだね、タミが言うなら」
今日も良く歩いた、そうミオは思った。正直、最初にタミと出会った時にはこんなに一緒に行動する事になるとは思っていなかった。何も知らなかった自分に色々と教えてくれ、困った時は助けてくれ・・・今では自分がタミを助けられる様になった事を、そんな些細なやり取りの後に返してきた微笑みを見てさっと思ってしまう。
「ここが良いわね、ちょうど寝過ごしやすそう・・・」
しばらく辺りを探っていたタミがそう言って示した所はなるほど、確かに良い場所だった。程好く草地が広がっていて風雨を避けるにはもってこいの茂みと木の根元にある、まるで休息の為に用意されていたかの様な気配すら漂う、天然の寝床だった。
先に入っているから、そう言ってタミが先に入る。その六尾の橙色の扇の様にして先端のカールした、本当何時見ても見事に整っていると思える尻尾を揺らす姿には何時も見入ってしまえてならなかった。そしてミオも続く、その尻尾はタミと違って複数ある訳ではないし整った形をしている訳でもない。しかしその小柄な胴体にしては大きく、そして豊かで筆の様な形と色合いをしている薄茶色に白色の尻尾を気が付かぬ内に、心地良さそうに振りながらその後を追って中へと入った。
やがてすっかり日が暮れて辺りは闇に包まれる、しかし今2人のいる場所は明るかった。それはタミの灯す火、炎と言うには言い過ぎ火と言うには物騒なほのかで淡い「ひのこ」故の事だった。そう2人はポケモンである、タミはロコン、ミオはイーブイ。気を失って倒れていたミオをタミが偶然見つけて、家まで引っ張っていかれた所で目を覚ました・・・と言うのが出会いだった、と聞かされている。
その時のミオは前述の通り何も知らなかったばかりではなく、自らの名前すら知らないと言う始末でこの名前もタミに付けてもらったと言うのが真相だった。だから何もかも、この首に巻いている青いバンダナまで彼女からもらった物であるから、正直、体以外は全てタミの物、と言って良い位に世話になっていた。
だからこそ今でも何かと頼ってしまう訳だが、それをタミが嫌がるとかそう言う事は見られなかった。素振りすらなかったしむしろそれを喜んでいたと言うところだろう、聞けば彼女、そうタミは女である。彼女はミオと出会うまで1人でずっといたと言うから、それで嬉しいのかもしれない、と勝手ながら今では思っている。
「ね・・・そろそろ消して良い?」
夕飯も食べてごろごろとしていたそんな時、ふとタミがそう言ってきた。消して良い、とは勿論「ひのこ」の事である。それに対してミオは一瞬、ぴくっとしてから快く良い、と応えた。
それを聞くなりタミは軽く息を吐く様にして「ひのこ」を消した。その途端に辺りは暗くなり、静まり返る。ただ明かりがあるだけで音もないのに、賑やかであったかの様な印象を受けるのだから面白いもので、その一瞬の静寂とも言えるものに思わずミオはふとしたあくびを漏らしてしまう。
「あら・・・眠いの?ミオ?」
「あ・・・いやそんな事はないよ・・・」
少し長いあくびだったから気が付かなかったのだろうか、口を閉じて顔を横に振って目を再び開いた途端、まるで寄り添う様にタミの姿があったのに思わず、ふとした驚きを抱いてしまう。
「ふうん・・・そうよね、だってようやく雰囲気が出て来たのだし・・・」
雰囲気が出る、その言葉にミオは心を震わせてしまう。この言葉をタミは良く使う、ただむやみに使うのではない。使うのはこう言う野宿の時で、かつ焚き火を焚かずにタミが自らの「ひのこ」で明かりを取る、そんな晩に限って良くと言うよりもほぼ必ず口にするのがその言葉、「雰囲気」なのだった。