その模様替えはほぼ1ヶ月と少し前の事だった。その様な慣れない事をしたからか昼間よりも気分的にも調子が良い深夜に差し掛かっていたにも関わらず、珍しく日付が変わる前に布団の中へともぐりこんで眠りだしていた。一体、その前にこの様な時間から眠り出したのは何時かと浮かべても分からないほど久々の事であったから、部屋がきれいになった事による安堵感もあって本当良く眠りに沈んだ・・・と言うのもまた強く覚えている。
そんな事だから翌朝に起きたのはまだ日も上がっていない早朝の時間、強い寒さがまだ支配するそんな時間だった。普通はもうしばらく寝ていようと、少なくとも僕としてもそれまでの傾向からだったら自然と思うまでも無くその様に更に包まってしまうものだが、その時は違っていた。何とそのままの勢いで布団から外に出たのだ、それもすっと静かにではなく強く蹴り飛ばす様に、掛け布団を跳ね上げて。
どうしてそんな風にしたのか?それは寝苦しさによるものだったと言えるだろう、例えるならば真夏の熱帯夜に薄い毛布なりを寝ながら、あるいは目を覚まして跳ね飛ばしてしまう心境であったと言うのに通じていた。そして続け様に敷き布団の上で両膝を突いての立ち膝の姿勢となる、腕は力無しとでも言う様に垂れ、顎はやや上に上げられて放心状態と出来ようか。実際、その時僕が一体どうしてその様な姿勢を取っていたのか思い出そうとしても皆目浮かんではこない。
何よりも布団を跳ね上げた瞬間に感じた、前述した通りの不快感から後の記憶がしばらくあやふやであるのだからそれは無理も無いのだろう。だがそこで何があったのか、推測による所はそれなりにあるが恐らくはそうであったのだろう、と僕には分かる。そう何故なら今の、この姿を見て繋ぎ合わせて補っていけばそれは余りにも明白過ぎるのだから。
「う・・・くぅ熱い・・・な」
目立っての変化、と言える物が現れたのはどれ程経った頃だろう。長くかかったとも言えるし一方ではそうでもなかったとも言える、どうしてそうはっきりとしないからは時計等気にしていなかったからに他ならない。部屋の電気は文字通り沈む様に潜り込んで眠ってしまった事から、点けっ放しであったので時計ははっきりと見る事が出来た。しかし幾ら見えていたとしても気にしなければ、また時間と常識の枠の中で説明出来る事で無ければ意味が無いと言えるだろう。
「ああ熱い・・・冬なのに・・・っ」
体は熱かった。汗だくと言うほどではないが汗はかいていたし、むしろその中途半端さが余計に体の中に熱をこもらせ、そして寝間着の厚手の素材による保温効果が蒸し暑さをより強く感じさせていたのだろう。とにかくそれは異常、風邪らしくはないし何よりも、特に強く感じたのは部屋に満ちていた寒気を露出している爪先等の肌から感じたその瞬間であった。
その内に論より証拠、はたまた百聞は一見に如かずであろうか?ふと彼は手を動かし、着ていた寝間着の上を脱ぎ始めた、その行動には特に考えがあった訳では無い、と言うのも書いておかなければならないだろう。とにかく熱い理由がすぐに浮かばないのなら、今は少しでも緩和させてしまおうとばかりに動いた手によってグレーのトレーナータイプの上着が手際よく脱ぎ捨てられると、ほんのりと汗の乗った健康そうな上半身が白く照らし出される。
「はあ・・・本当、何なんだよ・・・まだ熱い・・・」
強い不快感を混じらせた声が自然に漏れた。相変わらず目はどこか虚ろであったし、口は半開きと言う形で締りが無い。そして息も荒いのは変わらないし、今の様な、一見すると意思のある声を漏らしたとは言えあくまでも勢いでしかなく、何か意図してしっかりと漏らした物とはとてもない。そしてそれをそのまま、そうよりはっきりと表すかの様に、そう間を置かずに彼が新たに取った行動は更なる展開の幕開けでしかなかった。
先程までの姿と言えば大きく足を開いて、もしそのまま上半身も横たわらせれば大の字と言える姿であった。だが彼は今はしきりに、両手を以って胴体の脇を腰から胸にかけて手の平を大にして擦り続けている。それもゆっくりとではなく激しく、脇と手の平とが擦れ合う音が響く様は、さながら両手同士を寒い屋外で行列を作っている時等に擦り合わせては暖を取る、あの動作と何ら変わるところは無かった。そしてそれを一心不乱に、今では目を閉じてこそいるものの打ち込んでいる姿には何か異様な物が感じられてしまう。
ただここで気が付かないだろうか?そう矛盾している事に、どうして先程まで暑がって掛け布団を跳ね上げ、更に寝間着の上を脱いでも尚、暑い熱いと漏らしていたその彼が暖を取る様な行動を取っているのか、と。一体どう言う変化があったのかは外見からでは分からない、口も目と共に閉じられていて荒く鼻息が響いているだけであるからその様な所から窺える由も無い。
では何か分かるのか、と見ればそれば外見上のものでしかない。前述した様にひたすら脇の肌を擦りづつけていたその手の平は次第に腹部へと周り、今ではへそから鳩尾にかけての線を中間に挟んで一定の間隔を空けたまま、同時に腰の付け根から胸の上までを往復している様にふと内面を考えている間に移っていく。
皮膚に限らず何かを擦り合わせる事は即ち摩擦、そしてそこから生じる最大の物は熱であるのは言うまでも無い。だからこそ寒い時に咄嗟に手の平を重ねて擦り合わせる等してしまうのだが、熱がある時にしては更なる加熱につながるだけで、またやり過ぎると擦りあう面同士が疲労してしまい、皮膚の場合だと垢どころか表皮すら薄く向けてしまうこともやり過ぎればありうるだろう。最もそれはやりすぎと言える、大抵の場合はそれ以前の段階で留まると言うものなのだ。
つまりその部分は赤くなってくる、そう熱を他の場所より強く帯びる事で血流が良くなり赤みを帯びだし、次第にそうではないとの境目は薄い黄色を帯びて皮膚は3色へと変化を見せる事になっていくものである。よってそう書いた通りに今まさに擦られている前面の腹部から胸部にかけては、その通りの色合いの変化が起きていた。それもほぼ連続して、一度擦ってまだ戻ってくるまでのタイムラグがある事から、常にではないが薄くなると思った矢先に、また擦られる事で再びその色に鮮やかに染まる様が、点けられていた電灯の下で明らかに継続していたのだった。