晩秋に赤く・前編 冬風 狐作
 秋深くまで長く続いた夏の手綱をわずかに緩めただけと思える日々とは一転した今日、晩秋と言うよりも冬風の吹き荒れたその夜。
「ったく、暇だな・・・。」
 珍しく仕事が早く引けた僕はつい先ほどまで巻かれていた強風を、軽くかけたエアコンの動く部屋の中から窓越しに見つめながらぼんやりとその舞う音を耳にしていた。目の前ではパソコンが動いており、そのかすかなハードディスクの回る音ととエアコンの起動音と揺れる窓枠以外には音は響かずただただ静か。もしこの強風が吹いていなかったらば、大変に静かで秋の虫の声もない冬ただ迫り来る静けさが冷たさと共にあったたけだろう。
 さてパソコンのキーボードの脇に置かれた今流行の携帯ゲーム機、その画面浮かぶのは発売と共に買い求めたとある人気ゲーム、始めてから今に至るまでとにかく仕事が終われば、する事もそこそこに帰ってきてとにかくやり続けているほど熱中していた。
 とは言えそれも早二ヶ月余り、流石に倦怠期というほどではないにしろ慣れと共にかすかな飽きがふと浮かぶ・・・それでも矢張り止められない。いや止める気には皆目ならなかった、どうしてそうなのかと説明するのに言葉は要らない。
 そうそれだけツボに来ている、それ以外の何者でも無いからだ。そしてしばし見つめた後は眼鏡越しに画面を見つめ、タッチペンと手を操りゲームにひたすらに打ち込む。結局、再び画面から視線を逸らした時には早くも一時間余りが経過していた。部屋の中にはPCを熱源とした熱気が漂う、だがそれを床に置いた扇風機が循環させ若干居心地が悪かったのは最早ない光景。
 むしろこの寒さを寄せてくる風の中・・・気を抜いていてまだ油断していたところに、ひしひしと押し寄せてくる壁越しの冷気に対して、エアコンと共に継続的に暖気を部屋に供給しているのだからむしろ有難い。唯一の欠点とすれば・・・じんわりと暖める如くにして眠気を呼び覚ますところであろうか、その程度であった。
「寝るかなぁ、でも何だか眠りたくは無い・・・。」
 体としては眠たくとも気持ちとしてはまだ起きていたい・・・そう考えると背後にある布団の柔らかさがいとおしく思えつつも堪え、何とか眠気を紛らわす体を騙して置き続ける方法を模索し始める。一番手っ取り早く浮かんだのはもうこれは常識とも言えるコーヒーかお茶の類を、要はカフェインを含んだ物を飲む方法。
 とは言えこれはもうしていた、パソコンの脇には半ば冷め切ったコーヒーが半分位に溜まったコーヒーカップが置かれている。部屋が温いので口を付けたその感触は矢張り温く何とも言い難い、冷め切っているなら冷め切っているでアイスコーヒーとでも割り切って飲み干してしまうのだが、この微妙な温さがどうも許せない・・・妙なこだわりと周りからは受け止められるだろう。
 しかしこれは僕にとっては絶対譲れないこだわりであった。だから立ち上がるとカップ片手に流しへ、そして新たに熱いコーヒーを入れるとその場で飲み干し大きく欠伸を浮かべた。

「あれ・・・あ、そう言えば食べちゃったんだか・・・。」
 欠伸をしたその手を伸ばして棚の扉を開けて中身を物色してようやくその事を思い出した。一昨日の晩に買い溜めておいた蒸しパンを全て食べつくしてしまっていた事、そしてそれを今日・・・もう日付も回ってしまったから昨日に買い足してくる事を忘れていたのを思い出したのだった。我慢するか仕方ない・・・そう思いが過ぎったのも束の間、すぐに食べたいと言う衝動・・・いや食欲が沸き起こってくる。
 痩せの大食いと言うことなのだろう、正直言って僕の体型は職場の中でも一二を争うほど細く軽い。そして背が体と来ているから学生時代には「ひょろ長メガネモヤシ」等と言うあだ名をつけられた事もあったが、なるほど確かにそれは的確な表現で否定するほうがおかしかった。だから僕は否定せず言われれば微笑んで返し・・・と言うのを繰り返している内に、何時の間にやら使われなくなって廃れたのは良き思い出の一つであった。
  「さてと・・・どうするかな、食べたいし・・・風の様子見てから決めるかな。」
 しばしそこで思いを巡らせた後、僕はそのまま玄関へと進み・・・鍵を開けて外を身を乗り出す。裸足でそのまま土間のタイルの上に足をつけたので寒さが直に伝わってくるが、すっかりエアコンの熱によって暖まっていた部屋の中にいて熱っていた体にはちょうど良かった。
 思わずその冷たさに安堵の息を漏らしつつ外をうかがう、外は尚も風は吹いていて矢張り寒い。しかし確実にその勢いは弱くなりつつあった、ふと壁と屋根の間の先の世界を見ればそこは銀色に研ぎ澄まされた満月の光に包み込まれ、寒さによる空気の張りも相俟ってどこか幻想的で美しい姿が広がっていて思わず目を奪われ固まる。
 そうして油断している間に寒さは容赦なく熱を奪っては巧妙に端から冷たさで体を埋めていく、気がつくまでに奪われていった熱は一体如何ほどであったのだろう。僕が自らの体に積もりに積もった冷たさに気が付かされて慌てて扉を・・・尻尾を巻くかの如くはっ気づき鍵と共に締め、更には玄関から続く台所と一体になった通路と一間を遮る扉を閉めた時、その天然の自然の冷気ははるかこの一間までも通じていた。
 そうエアコンから吐き出されたばかりの暖気は活躍するまでもなく、すぐに冷気へと置き換えられていたのだ。全くの元の木阿弥、締め切った窓硝子とカーテン越しに伝わっていた冷気の助けも受け、室内の冷気は生温さもある中途半端さに満ちていた。
 だからあれほど暖かかった部屋は微妙と言うに相応しい空気の勢い、その中で僕は軽く溜息を付いて再び部屋が暖まるのを待つ。付けっ放しにしているパソコンから吐き出される排気熱、HDDの回転する事によって生じる直接的な熱源に手を添えてじっと待ちつつキーボードを叩くのだった。パソコンの画面の中に広がる濃厚な情報の熱海目掛けて。傍らで携帯ゲーム機の電源をつけたままにして、そのバトルの際の曲をBGMとして流しながら・・・。

 それは不思議な炎であった・・・何の支えも持つ者もいないと言うのに宙に浮いている炎。ゆらりゆらりと何気なしに揺らめきくねるその姿が、何とも気になって仕方が無く目が離せず見つめてしまう炎。そのままでも魅入ってしまいそうなえも言われぬ心地に思わず感心して、なおも見つめ続けている内に無性に触れたくなってくるのは気のせいなのだろうか。
 いや気のせいではないのだろう、瞳はますます引き付けられ渇きにも似た感覚が身を走る。そして思わず手を伸ばそうかと前のりになった途端、いよいよその渇望は増大し身を掻き毟りたいかと思えるほどに全身が蝕まれる。触れなくては触れなくては・・・そう思えてならないのだから。それでも炎は炎、どこかに恐れる気持ちは皆無と言うことはない。最初は威勢良くそして静かに迫ろうとしていた時、そこに声がかかろうとはそれは予想外の事であった。
「触りなよ・・・それは君のだ。」
「誰だ・・・?」
「いいから・・・ね。」
 周りを幾ら見回っても声を出した姿はない、何ら姿は無く炎に照らし出され炙り出された暗闇が静かに揺らめいているだけであった。促した後幾ら問い掛けても声は沈黙していて反応がない、何ら反応も見られない以上僕は再び炎に視線を転じるほか無かった。炎だけはそこにあった、僕が周りへ視線を浮気させていても僕と炎に対して静かに鎮座していたのであった。
 それは無言の存在感・・・炎の周りに纏われている揺らぎや熱は自然となかった。とにかく炎と言う物があるだけで余分なものはない、発せられているのは光だけ。しかしその光も赤々とした炎の一部なのだと思えば余分な物ではないしむしろ必須であろう、そしてその光は僕を誘う。その不思議な状態、更には次第に大きく大仰になる揺らぎがそれを更に強調していた。


 続
晩秋に赤く・後編
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