禁忌の技・前編冬風 狐作 ポケットモンスター二次創作
 とある遺跡から然程遠くも無い海岸沿いの切り立った崖、波の激しく打ち付ける崖にぶら下がる一本の太い縄・・・その先端付近には人が1人歩ける程度の足場状になった岩場へと続き、その岩場は若干の傾斜を下って岩陰に何気無く隠れる様に存在している黒々と口を空けた洞窟に続いていた。
「博士ー博士ーどこにいるんですー。」
 その洞穴の中に広がる洞窟にはところどころに明かりが吊るされていてぼんやりと明るい、そして声がこだましている。発しているのは一人の女、手に握った懐中電灯と共に洞窟の奥深くをここまで同行してきた博士を探して歩いていた。
「おかしいなぁ・・・どこにいるんだろっ・・・キャッ!?」
 いきなり彼女は悲鳴を、首筋に何の前触れも無しに感じた冷たい感触に驚いてあげる。降って来た物の正体は洞窟の至る所から滴っている地下水であった、これまでは被っていたヘルメットの上等に落ちたとしても落ちていたので気が付いていないだけなのだったが、今回は何の覆いもされていない露出した首筋の素肌。予期していた或いはそうなるのを承知していたとしてもいざ受けると驚くのに変わりは無いものだが、今回は全く予期していないすっかり無防備の状態で食らった訳だからその驚きの大きさは極めて大きな物であると言えよう。
 そして驚きの余りすっかり動転した勢いで手から力が抜けて懐中電灯は足元へと転がり、地面にぶつかった衝撃で明かりが消える。一気に襲ってきた暗闇がわずかながらも落ち着きつつあった彼女の気持ちを掻き乱し、更なる混乱の坩堝へと陥れようとしかけたその瞬間一筋の光明が彼女を救い上げた。それは光明の文字の如く一筋の光、水の落ちてきた方角つまりは天井から差し込み照らし出したのであった。
「おーどうした、いきなり懐中電灯を落として。私はここだ、ここ。」
 次いで伝わってきた声は男の声、光の源である懐中電灯を握っていたのは紛れも無く彼女が探していた相手・・・博士であった。ヘルメットを被り泥塗れになった姿をした博士は首と懐中電灯を握る手だけを突き出してニッと微笑んでいた。

 数日後、遺跡近傍に位置するポケモンセンター。そこにある休憩室にて1人のトレーナーがりんごジュースを飲みつつ預けたポケモンが回復して出てくるのを待っていた。彼女の名前はミハル、18歳の駆け出しと言えば駆け出しでそこそこ経験を積んだと言えば積んでいるまだ若いトレーナーである。ミハルは・・・から・・・へ向けて移動している途中であった。
"早く回復して来ないかなぁ・・・あんな所であんな強い奴と出くわすなんて予想外だよ・・・本当。"
 ミハルはしばし時計と手元のジュースに窓口の方へと忙しなく視線を動かしていた。ジュースを見るのは残量がどれ位かを把握する為であり、窓口を見るのは預けたポケモンを気遣うからで時計を見るのは・・・そろそろタイムリミットが近付いて来ているからだった。どう言うタイムリミットかと言えばそれはこの町から目的地まで向かう列車の時刻がそろそろに迫っているからである、元々この町による予定は全く無かった。
 なのにどうして寄っているのか、それはミハルが前の町から今日の目的地へと向かうバスに乗り遅れたのがそもそもの原因だ。また悪い事に目的地以外へ行くバスは日に何本もあるのだが、目的地に行くバスは朝のその一本のみしか走っていない。自転車で行くとなるととても時間がかかって1日で辿り着ける距離ではなく、そんな事をすれば例え到着出来たとしてもその後の予定が滅茶苦茶になってしまうのは目に見えていた。それを事前に承知していたからこそミハルは時刻表と睨み合った。
 そして距離的には然程離れていない今いる町から昼過ぎに出る列車を見つけ、これに乗れば今日中に到着出来ると知った途端バス乗り場の窓口に無理を言って切符をタダで振り替えてもらい、自転車で急ぎ飛ばして向かったのだった。同じ会社が運営していたから出来た無理である、だがついていない日と言うのはとことんついていないもので、賞金目当てのトレーナーが待ち伏せしているのが珍しいと言う道にてミハルはそう言ったトレーナーと鉢合わせしてしまったのだ。
 相手は寄りにもよって狙った獲物は逃さないタイプで加えて手強くレベルが高い、ある意味では最悪の相手だった。挑まれて逃す事は全く相手が考えていない以上、ミハルも戦わざるを得ないし何よりもその巧妙な・・・ミハルが女の子である事を間接的に馬鹿にした相手の挑発に乗せられてしまったのだ。そして始められたバトルはそれこそ烈しくHPも高く力中心で攻めてくる相手に対してミハルは技で対抗し、互いに全ての手持ちポケモンを投入する激戦の末に辛うじての勝利を得られた時には何と2時間余りも時間を消費した後だったのである。
 余韻に浸る間も無く時間を奪われたお返しとばかりに、有り金全部巻き上げる勢いで賞金を相手から頂くと残り少ない時間を少しでも活用しようと懸命に、全身全霊を込めて自転車をこいだ末に到着したのだった。そしてポケモンセンターに駆け込みポケモンを預ける、思わず窓口にいたジョーイさんとラッキーそして他のトレーナー達から、ポケモンと共にトレーナーも回復させてもらった方が良いのでは無いかと思われる有様であったと言う。
 だがそこはミハルの事、かつて友人達が感心と驚異の目で見ていた強靭な体力と精神力、そして回復力を以ってお気に入りのりんごジュースを5本飲み明かした時にはすっかり元通りに回復していた。そして今に至るのである、ポケモン達を預けてから1時間が経過していた。

"もうまたりんごジュース買わなきゃならないじゃない・・・まだなのもう。ちょっと無理させ過ぎちゃったか・・・。"
 晴れて8本目のりんごジュースを飲み終えて新たなジュースを買うべく立ち上がり、若干の苛立ちと焦りそしてポケモン達を気遣う気持ちを見せながら自動販売機の前で小銭を握り締めていた時、一組の男女がほぼ時を同じくしてセンターの中へと入って来た。彼らもまたポケモンを預け休憩室の一角に荷物を置いて片方は用を足しに、もう片方は何かを買いに売店に向かった時ミハルの名前が呼ばれる。ミハルは慌てて荷物を手に持って窓口へ行くとポケモンを引き取りセンターを足早に出たのだった。
「博士ージュース買って来ましたよ。」
 用を足しに行き先に戻ってきた男に2本の缶ジュースを手にした女が戻り手渡しする。
「こらこら博士なんて人前で呼ぶなって・・・。」
 少し小声で男は受け取り様に早口で呟いた、それに対して女は軽く笑いながら受けて返す。
「えーだって私にとって博士は博士ですよぉ・・・じゃああなたとでも呼びましょうか?」
「こっこら、そんな関係じゃないだろうが。名前で呼べって名前で。」
「じゃあ・・・ヨ・シ・オ・さ・ん。」
 その途端に博士が、ヨシオが飲みかけていたジュースを軽く噴出したのは言うまでも無い。そしてそれを彼女が、キナコが大いに笑ったのも同じく。
「そう言えばあれはどうした?」
 口元を拭きながら尋ねるヨシオに対してキナコは普通に答えた。
「あっはい、ちゃんとそこに置いておきましたよ。」
「置いとくって・・・肌身離さず持っていてくれなくちゃ困るんだから、無くしたら今までの苦労がパァだと言うのに暢気な事を・・・?」
 苦笑いを浮かべつつヨシオは片手でジュースを断続的に飲みながら空いててる手にて荷物の山を撫でる。だが目的の物は中々掴めない、しばらくしていてどうも様子が変だと感じた彼がようやく視線を向けた時その言葉は絶句へと変わった。
 

 列車は森の中に敷かれたやや草生した線路の上をゴトゴトと進んでいく。ミハルにとって列車に乗るのは初めてだった、この歳になるまで経験が無いと言うのもどうかとは思うがジョウト西部はともかくとして東部は人口も少なく地形が険しい事もあって鉄道路線が存在しないのだ。過去には幾つか存在したらしいが何れも廃止されバスに、最近ではカントーのヤマブキとコガネの間を結ぶリニアも走り出したが殆ど地下区間を走ってしまうので東部にとってはただ通過するだけの存在。
 そんな訳だから東部を出ない限り鉄道に触れる機会は全く無いのである、今乗っている路線もかつてはヒワダまで伸びコガネからの路線と繋がり、環状になっていたと言うがその区間は10年ほど前に廃止になってしまっている。
「これで何とか間に合うなぁ・・・それにこの客車はアサギまで直通するみたいだし楽だね・・・。」
 個室の一室に陣取ったミハルは寝台の上に横になって体を休ませる、乗車後の車内放送で知ったがこの列車としてはコガネ止まりであっても、6両編成の内の後部2両はヒワダから来る急行に連結されてアサギに、更には連絡船に載せられてタンバまで直通する列車なのである。折りしもその連結される急行と言うのがバスによってコガネまで行き、そこから乗ろうと考えていた列車と言う巡り合わせの良さが何ともミハルの気を惹いたのは言うまでも無い。
 そして回ってきた車掌に申し出て追加料金を支払ってその連結される客車へ、それは2両とも個室車両であり連結される急行が夜行列車なのだから当然だろう。鍵を閉めれば翌朝までここは自分だけの空間、個室と言うだけあって金はかかったが今となってはそれを払えるだけの賞金をふんだくる事が出来たあのトレーナーに感謝するものであった。そして買っておいた夕飯を食べて車窓を眺める、辺りは夕焼けに包まれており何ともそのほんのりと紅潮した様が美しかった。

「全くだからドジだと言うんだよ、こんな事をするなんてさぁ。」
「起きちゃった事は仕方ないじゃないの、じゃあ最初からあんたが持っていれば良かったじゃない。」
 だがそれと時を同じくして列車の後方の上空を飛びつつ言い争っている2人がいる事を知る由も無い、その言い争いを聞きながら羽ばたく鳥ポケモンは顔には出さない物のツクヅク迷惑そうであった。


 続
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