要石〜前編〜冬風 狐作
 それは何の変哲も無い午後の一時の事であった。
「・・・ここで番組の途中ですが臨時ニュースをお伝え致します。」
 それまでのぬるいバラエティー番組から瞬時に画面が変わり、雑然としたスタジオと緊迫した表情のキャスターの顔が映る。
「只今入りました情報によりますと、グレン島が噴火しました。3日前に緊急火山情報が発令され島民が全員避難していたグレン島がたった今噴火したとの情報が入って参りました。繰り返します・・・。」

 それはグレン島の噴火を伝えるものであった。3日前に火山活動が緊迫化しているとの理由で全島民に避難命令が発令されていたグレン島は、結局その日の午前11時43分に噴火。凄まじい勢いで噴出したマグマは島の大部分を襲い町は消滅、同時に周辺の海底火山の噴火も相次いだ為グレン島とマサラタウン、ふたご島を結ぶ21・20番水道は即刻閉鎖された。最もこの措置、そしてこの噴火に右往左往したのはポケモントレーナーとして旅する者と島周辺で漁をしていた漁師達のみ、交通機関の発達した今この2つの水道が閉鎖されようとも大勢の人々には影響は全く無かった。
 そしてグレン島にて火山が噴火してから数年が経過した。ポケモンセンターを残して消滅したグレンタウンのかつての住民は、皆カントー各地へと散って行きその土地での新たな生活を始めている。グレンジムを率いていたジムリーダーカツラも20番水道を経た先の島、ふたご島へとジムを移しふたごじまジムと名を変え、時折やって来るトレーナー相手にグレンジムと称していた頃と変わらぬ戦い振りを見せていると評判である。
 そんな評判のふたごじまジムはふたご島にある2つの小高い山の内の片方、東側の山に空いているトンネルの先にある。そこには巨大な地下洞窟が広がっており、カツラの居住スペースである一角を除いて全てがジムとして使われている。
 だが今でこそこの様な形、つまり一面一層の洞窟となっているふたご島の洞窟であるがもかつては五層構造の地下水脈のある巨大洞窟として知られた。19番水道を経てセキチクシティ、そこから更にサイクリングロードを介してタマムシ、ヤマブキと言ったカントー地方中心部と繋がっているので、多くのトレーナーが格好の腕試しの場として主に第一層と第二層へやって来たと言う記録がある。
 同時にこの洞窟には、伝説のポケモンとして知られるフリーザーがいると言う逸話が語り継がれていた。それ故、伝説のポケモンを我が物にと目論む連中も大挙して島へと上陸したものだが、フリーザーが居るとされているのは最深部の第五層、そこに行くにはそれなりの力量と準備が必要であり、大抵の者は腕試しの者のと同じく気軽に入れる第二層で断念し引き上げて行くのが常であった。それでも一部の者、力量と装備を整えた者達は第三層へと歩を進める事が出来た。
 だがその彼らの多くも第四層までで力尽き身一つで帰ってくる有様、時には地下水脈に転落する等して命を落とすものまでおり、その困難さから伝説は益々高らかに謳い上げられ最深部は一種の聖域と化していたのである。だがある日、その伝説を揺るがす様な噂が流れた。とあるトレーナーが最深部まで辿り着きフリーザーを我が物としたと言う・・・それを耳にした者達は様々な感想を述べた、しかし何処かで信じておらず大方逃げ帰って来た者の誰かが、失敗した悔しさを紛らわす為に流したデマではないのかと疑っていたのもまた事実であった。
 しかしそれは意外な場所で証明される事となる、その場所とはポケモンリーグ。その年のポケモンリーグ最終戦にて挑戦者が繰り出した唯一それまで秘めていたポケモン、それがフリーザーであったのだ。誰もがそれを見て絶句した、唯一挑戦者だけが余裕の表情でいた以外は全て・・・そして挑戦者は見事に勝利を収め殿堂入りする事となる。

 そしてグレン島が噴火したのはそれから一年後の事だった。噴火は海底の地殻変動を引き起こし連動してふたご島にも大きな影響を及ぼした。あの五層の大洞窟は崩壊しただの一層の何の変哲も無い洞窟へと姿を変え、ふたご島へと通じる全ての水道が閉鎖され来る者も無くなったその洞窟にジムを失ったカツラが目をつけて今に至っている。
 フリーザー捕獲とグレン島噴火、ふたご島大洞窟の消滅。一見すると無縁に見えるこれらは強く深く関わりあっていた、そう全ての発端はフリーザーの捕獲・・・そもそもどうしてフリーザーともあろう伝説のポケモンがふたご島の様な小島の洞窟の底に潜んでいたのか?そう言った疑問から紐解いてみよう。時間は遥か彼方の過去へと遡る・・・。

 まだ機械文明が本格的に発達する以前の時代、ポケモンが多くの役割を担うと共に人間に対して重大な脅威であった時代の事。現在のマサラタウンとセキチクシティを結ぶ水道は両岸を結ぶ重要な水道として機能していた。しかしながらこの水道は距離が長く外洋であるので潮の流れが複雑であった為、船で通過するにしても、ポケモンに乗って通過するにしても平穏な時でさえ過酷な水道であるには変わりなく、毎年多くの難破船や行方不明者が出る魔の水道として知られていた。
 潮の流れが複雑であるのに途中に休む所は無く、あるのは岩礁と常に噴煙を上げ溶岩を海へと流し込んでいる火山島。とても人やポケモンが休める環境ではないそれらを尻目に人々は長年に渡って船とポケモンを操って行き来し、霧の出る深夜には海面に浮ぶ火山島を灯台代わりに頼り紅蓮の花の島と呼んで親しんだ。何時しかその名は短縮されてグレン島と呼ばれるに至った次第で、当時の人々は深夜の水道をその何処からでも見える溶岩の光を頼りに海を渡っていたのだった。

 ある夜の事、それは大体蒸気船が普及し始めた頃の事だったのだろう。マサラの港から一隻の古惚けた木造貨物船が夕暮れの海へと漕ぎ出した、積荷はニビの山奥から切り出された各種石材、それらと共に25人ほどの船員が乗り合わせていた。その日は真に澄んだ夜空で満月が煌々と輝き、見通しが良く波も穏やかでグレン火山の火も良く見えるという絶好の航海日和であった。
「でかい満月だなぁ、これなら見張りもしやすい。」
「あぁそうだ、何時もこうだと良いんだけどね。前の航海は厄介だったな、港を出るから入るまで終始濃霧・・・寿命が縮んだよ。」
 船の船首部分にある見張り台の中で2人の船員がそう零す、見た所若い船員になってから日が浅い彼らにとってこれほどホッとした事はないのだろう。声と共に表情がそう物語っていた、それは彼らだけではなく他の船員も。この木造船の船員の平均年齢は概して若くそして経験が浅い。この所の好景気で船数が圧倒的に不足しており、蒸気船の導入と引替えに引退する予定であったこの船も急遽戦列へ引き戻され、こうして老体に鞭を打ちつつ使われていると言う有様。
 船数の不足、即ち船員も不足していると言う事なのでこの船に精通した熟練の船員達を、わざわざ新配置の船から引き戻す事など出来る訳が無くこの様に経験の浅い簡単な訓練を受けただけの、中にはその訓練さえしっかりと受けぬまま採用された若者達が経験と勘の世界であるこの木造船に配置されていると言う次第である。
 その様な実態なのだからこの所この海域での事故が相次いでいた。先日も、先程の見張り番の2人の会話の中にあった濃霧の日にグレン火山島とセキチクの港の間にある岩礁、岩礁の中心付近にて2つの岩が常時海面に姿を見せている事からふたご岩礁と名付けられた水域・・・この当時、まだふたご島は存在していない・・・にて3隻の貨物船が相次いで座礁転覆し積荷と共に各船合わせて50名ほどが死亡している。
 この船だって危うく座礁しかける所で、その日偶然乗り合わせていたベテラン船員の転機で助かったもの。もしあの船員がいなかったら今頃この船はここに無かった可能性が高い、当然船員達も鬼籍に名を連ねていたのかもしれないのだ。そんな幾つもの危うい淵を乗り越えてきた彼らと船は静かに進む、何時もよりも喫水を深くしながら凪の海を満月の下、今夜は何も無いだろうと船長以下誰もが思い心を緩めて進んでいた。

 気の緩みは時として思わぬ出来事を呼び出す事がある、また海も同じく予想だにしなかった形へと動く事がある。そしてそれらが合わさった時、幸と出るか凶と出るかそれはその時にしか分からない。それを運命と呼べるかもしれない、そして今日、この木造船を運命は確実にその示された場所へと運んでいた。

"んっ・・・おや、これは・・・しまったな。"
 見張り役の船員が気が付くと目の前には海ではなく天井があった。背中の全体に圧力を感じる、座り方もおかしい・・・どうやら何時の間にか居眠りをしてしまった様であった。船員は渇いた口の中を唾液で湿らせるとのびをして鈍った体を目覚めさせる。
"しかし、静かだな。どうしたんだ相棒は・・・寝てるのか?"
 ようやく正気に戻った船員はふと先程から物音一つしない事に気が付いた。黙っているにしてはおかしく短いとはこの所付き合っている仲、何かをすれば声を掛けて来る事は分かっていたので何とも引っ掛かる。そして同時に気が付いた空間全体の微妙な傾き具合、妙に大きく聞こえる波の音、不審に感じた船員が口を開きながら左へ頭を向けたその時。
「なぁどうした・・・。」
 しばし言葉が途切れる。
「なっ・・・何だこれ・・・船が無い・・・。」
 途端に彼は船が大きく傾いたような気がした、慌てて背後の壁に這ってある配管を手で掴み冷や汗を流した。何だか波の音も大きくなり空気が重く感じられる。
「本当に・・・何があったんだよ・・・。」
 船員は再び呟いた、彼の視線の先。本来なら2人一組の見張り役の仲間と椅子、そして窓と壁があって然るべきその空間にそれらは全く見られなかった。その代わりにあったのは濃厚な霧と湿った空気、霧の向こうに微かに見える海面の波と無数の岩礁に波の音、恐らく2つに引き千切られたと思われる船の残骸だった。恐る恐る乗り出して外を見たがその船の片割れは霧に閉ざされ、少なくとも辛うじて霧の中にて見える範囲に認める事は出来なかった。
 その後男は救出までの数時間、単身その場にて過ごす羽目となる。そしてその年の10隻目の難破船の唯一の生存者として帰還する事となるのだった。そしてその後綿密な調査が行われるもその不可解な、船が縦に真っ二つに引き裂かれた形で分離し難破した原因は突き止められず、海洋史に不可解な重大事故として名が刻まれた。1名の生還者の名と23名の死者、そして1名の行方不明者の名も共に。


 要石〜前編〜終
要石〜後編〜 戻る 分家小説人気投票

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル