大切なあの人と・・・第五部 戌年記念冬風 狐作 WILDHALF二次創作
 激しい肉弾戦であった、とにかく足場が悪いので氷塊に付くのは跳ねる時のみ、それ以外は宙を舞い動き拳を出し足を出す・・・力は互角であった。最もそれには先程銀星が評した様に、人狼がその力を把握し切れず使いこなせてはいないと言う事情が会ったのであろう。銀星にとっては幸い以上の何者でもなかったが人狼にとっては大きな不満の種であり、それ故相手もまた頭を使って力を繰り出してくる。これは銀星にも覚えが無かった、銀星の知る限り人狼と言う存在は力と血に全てを賭け意味を見出す物、理性や知性と言ったものは彼らにとっては本能に付属するオマケ以下の物に過ぎなかった。
"流石は吉康と言う事か・・・普段は好ましいそれらがこうも使われるとは・・・。"
 吉康は色々と紆余曲折を経て人間として医師免許を取るまでに至っていた。だからその頭の良さはかなりの物で日頃から吉康と会話を交わす事は、烏丸やタケト・サルサ達との間での話とは別の意味で銀星の楽しみであったのである。だからそれがこの様な鬼畜な行為に応用されるのは当然だとしてもとても許せなかった。
"吉康・・・お前は絶対俺が元に戻してやる。だから待っていてくれ、必ず。"
 そして拳を繰り出した。人狼の胸に当たるが急所を外れてしまい効果は薄く、相前後して飛んできた人狼の拳を辛うじて交わすもわずかに擦れて血が滲む。
「どうした、どうした?全然じゃねぇか・・・俺を倒すと言った割にはよう。そんなんで俺を倒せるなんて思ってもらっちゃ困るんだよ、この犬の分際が!」
 そして無数に乱打される1本1本計算され尽くした拳、何とか回避し続ける銀星だがその一つが思わず顔面に直撃してしまう。一瞬意識が遠のいた銀星も負けじと足を人狼の鳩尾へと勢い良くぶつけて悶えさせる等、完全なる応酬合戦となり果てていた。
 だが互角とは言え資本ともなるべき力には圧倒的な差がある、銀星が恐れていたのはこの事であった。もし仮にこの戦いの最中に人狼が、己の力に慣れて完全に覚醒してしまう事を・・・だからこそ早期に終わらせたいのだが一向に道筋が立たない。
"せめて・・・せめて何とかマーキングが出来れば・・・。"
 攻撃を避けて繰り出しながら必死になってマーキングをこの様な状況で行える物を探す銀星。理想を言えば足も角氷にするのが手っ取り早いがそうするには一旦屈みこんで、その間にわずか数秒間とは言え背中と頭頂部を人狼に曝さなくてはならない。仮に人狼相手に圧倒的に有利に戦いを進めていてもそうなのであるから、今の様なほぼ互角かむしろ若干相手が上回る時にはする事を考える事すら愚かしい。しかしこの事態を打開するにはマーキングしか方法は無い、それもしたと悟られない限りでとなると極めて選択肢の幅は狭められるのであった。
"どこだ・・・どこか自然物は・・・あった、あれだ!あれしかない。"
 懸命に探し回った甲斐あって銀星はこの人工物の塊とも言えるトンネル内にて、氷塊と共に数少ない自然物に類する物・・・コンクリートの継ぎ目から漏れ出ている石灰の柱を確認した。勢い力を込めると飛び蹴りを食らわすかのように跳ね上がった。そして一瞬の間に力を注ぎこみ吼えそして離れた。構えていた人狼はいきなりの予想外の行動に隙を見せて、回避出来ずに諸に喰らい轟音と共に氷塊に叩き付けられる。
 衝撃でそれまで振動こそはしつつも強固に耐えていた氷塊にヒビが走り、次の瞬間には大きく崩壊した。それはトンネル内を縦横無尽に根を張っていた氷塊全体へと波及して、耳をふさいでも鼓膜が痛くなるほどの轟音、そして塵と氷の欠片の乱舞で全てが覆われた。トンネルが山が鳴動するほどの・・・。余談ではあるが地震として近隣の地震計に記録されていたもの、その一箇所のみの記録であったため誤作動として扱われたと言う。

「・・・サルサ、サルサ大丈夫か!」
「サルサさん目を覚まして・・・!」
 非常等の一部が破損して一層暗さが増したトンネルの片隅、そこで2人の声が響いていた。サルサの耳には最初それは何処か遠い記憶の様に感じられた、だが次第に覚醒していくにつれそれが自らに呼びかける声であると悟ると一気に暗闇の中から脱出し瞳を開けた。
「銀星・・そして真雪・・・どうしたのだ・・・人狼は?」
 サルサが意識を取り戻し安堵の表情を見せる銀星に真雪、そして銀星は静かに事の顛末をサルサに教えた。
「そうだったのか・・・すまぬ・・・。」
 全てを知ったサルサは呆然とした感じで呟いた。まだ本調子ではないらしい。
「まぁお前が無事て何よりだサルサ、お前が倒れたらタケトに何と言えば良いかわからないからな・・・。」
「そうだな・・・そうだ、今人狼はどうしているのだ。こんな暢気な事をしていて良いのか?」
「サルサさん、無理をしないで・・・!」
 起き上がろうとするサルサを精する真雪、だがサルサは何とか上半身をまず起こすと無言で銀星が指差す方角を見て目を丸くし言葉を詰らせた。
「あの中だサルサ・・・人狼は。」
 そこにはトンネル全体を埋め尽くすほどの大量の氷塊が輝いていた。何でも氷の中に閉じ込められていたサルサと真雪を助け出した後、マーキングにてあの様に再構成させたとの事だ。
「そうか、と言う事は銀星。お前の体の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ、かなり消耗はしたが動けるだけは残してある・・・取り敢えず外に、恐らく人狼は出て来れない筈だ。今度は俺が真雪を連れて行こう。」
「すまぬな銀星・・・俺がしっかりしていなかったばかりに。」
 立ち上がりながら呟くサルサ、そして背に真雪を載せた銀星と共にその場を後にした。そして別の方面へのトンネル内交差点・・・それは氷塊の辺りから200メートルほど行った所で後方から破壊音が鈍く耳に届いた。
「貴様ら・・・良くもやってくれたな・・・もう勘弁しねぇ、全員まとめて屠ってくれるわ!」
 人狼が氷塊を突き破って脱出したのだ。あの忌々しい声が冷気に満ちたトンネル内に反響し、こちらに向かって駆け出す音が続く。
「おい、銀星先に行け、ここは俺が!」
 そう言うとサルサは銀星を軽く後押しすると、その場で道の脇に広がっていた枯れ木にマーキングをする。枯れ木は勢い良く一気に人狼の体へと突き進むが、寸での所で掻い潜られて取り逃がしてしまった。失敗した事を受けてサルサは我が身で止めようとするも人狼は軽く無視して通過、長い舌を口元から垂らし目を血走らせて突進していくその頭の中には最早喰らう事・・・真雪を自らの口の中に何としてでも入れて顎を閉める、それ以外の何もなくなっていた。もう時間が無かったのである、人狼の焦りは頂点に達しそれは判断力を大きく鈍らせる要因ともなっていた。
 だが肉体は銀星との死闘の中にて傷付いており、膨大な生命力に見合える水準をギリギリ提供していたに過ぎなかったのだから。普段ならば容易に追いつける筈の力を投入しても足が付いていかない、そこで人狼は追加で更に投入し何とか加速、そしてカーブを曲がり出口へと達しかけていた銀星、その背に乗る真雪の背中に手をかけ掛けた瞬間、彼は最大かつ最悪の悲劇に見舞われる事となる。

「ギアァァァァァッ!!!!」
 この他に類する物が無いほどの耳をつんざく悲鳴であった。何と伸ばした手に太陽の光が、そう折りしも昇り始めた日の光がかかったのだ。焼けるような熱さ骨の髄に染み渡る激痛・・・既に満月は力を失っており力の源は無い。だが人狼は何とか真雪を確保していた、銀星が背中から引き摺り倒れると共に真雪を抱え込んだ人狼。
"こいつを・・・こいつさえ喰らえば今なら・・・!?"
 そしてその口を開きその顔へと喰らい付いた筈であった、だが全く何も掴めぬまま空しくそのままの勢いで顎は閉まるのみ。代わりに首筋に何かが取り付き痛みが走る。
"な・・・何だ、何なんだ・・・あっぁぁぁ間に合わないっ、あとあ・・・っ。"
 人狼は結局何が起きたのか突き止められぬまま意識を失った。その小さな痛みと感触・・・何と、真雪が人狼の首筋に噛み付いたのだ。それはもう勢い良く狙っていたのではないかと思えるほど鮮やかで、強い人狼に対する憎しみと吉康に対する思いが込められていた。
"田中君は私が助け出すんだから・・・!"
 正直真雪はこれまで噛み付いた事は無かった。ただ犬に一度だけ噛み付かれたことはある、あの時の痛みは生涯忘れようが無い、と彼女自身思っているほど痛かったのだ。だからもう二度と噛み付かれたくは無かった、そして自分を含めた多くの人を騒動に巻き込み、何より田中君をこの様な目に合わせた人狼に自ら一矢報いたかったのである。
 そしていきなりこの最後になって巡ってきた機会、わずかな判断で彼女は噛み付いた。自らの力を振り絞って思いっきりその頑丈な皮膚に食い込ませた・・・血が流れた、獣に比べれば劣る人の犬歯が皮膚を貫いたらしい。人狼の滾る血が喉を伝って体の中へ・・・瞬間、朝日でも何でもない新たな光が彼女と崩れ行く人狼の体を包み込んだ。

「吉康・・・真雪・・・!一体何が・・・!?」
「銀星、無事か・・・真雪は!?」
 ようやく追い付いたサルサ、そして銀星はトンネルの一角に正円となって輝く光の玉を何をするでもなく呆然と見詰めるほか無かった。それはまるで満月の様であった、その間にも太陽は高度を着実に上げトンネルのかなり置くまで日の光が注がれる。だが異なる光はそのまま別に輝きを放ち続ける・・・。
「サルサ、銀星、真雪さんと田中君は!?」
「銀星、サルサ君・・・大丈夫か!?」
 その時車のエンジン音と共にタケトと烏丸が到着し降り立った、辺りは一晩で相当な積雪。車の屋根にもかなりの物が載っている。
「早く来ようとしたんだけれど雪で道が無くて・・・あれは何なの?」
 タケトも2人の只ならぬ様子からトンネル内の光球を見つけ、続けて烏丸も尋ねるが無言で首が振られた。
「わからぬ・・・だが、あの中に吉康と真雪が・・・。」
「えっどうして・・・助けないと。」
「っておい早まるなタケト、不用意に近付いては危険なのだ。」
「でも・・・。」
 服の襟を掴まれて足を空転させるタケト、その時光球が破裂した。余りに眩い、目の前で太陽が炸裂したかのような光に目蓋を閉じ顔を逸らす面々・・・ようやく光が晴れるとトンネルの路面には2つの人影が横になっていた。
「田中君、真雪さん・・・!」
「吉康!」
 今度は誰もが駆け寄った。奥まで差し込む朝日の下路面上の2人・・・それは吉康と真雪以外の何者でもなかった。しかし次の瞬間、喜びから空気は一転戸惑いと驚きへと代わる。
「おい、銀星これは一体・・・どういう事なんだ?」
「わからん・・・何なんだ、こんなのは聞いた覚えが無い・・・。」
「田中君が2人・・・?」
「何が起きたのでしょうかねぇタケト君、銀星・・・。」
 その場で口々に口にする4人、何故その様な事を言うのか。彼らの視線の先、つまり吉康と真雪の横たわる姿の筈がどう言う訳か同じ格好をしている。ただ違うのはその片方は髪が長く胸に膨らみを持つ事・・・吉康と吉康と全く同じ毛並みに包まれ尻尾と耳のある真雪、予想だにしない事態に誰もが顔を見合わせていると声が聞こえた。
「あれ・・・僕は・・・サル犬・・・。」
 吉康が目を覚ましたのであった、真雪の方もそろそろ目覚めそうな気配である。早朝の雪国の冷え切り徐々に解け始める空気の中、太陽の光だけが動き彼らを暖めていた。


  大切なあの人と・・・第五部 終
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