大切なあの人と・・・第一部 戌年記念冬風 狐作 WILDHALF二次創作
【この小説はWILDHALF連載終了年1998年を基準としております。】
 西暦2005年8月31日
 今日は誕生日だった。久し振りに岩瀬君達と出会う、皆が僕の為に集まってくれた。有難い事だ、驚いたのはサル犬が元に戻っている事。
 出迎えたときに岩瀬君の後ろに立っている少し柄の悪い感じの人を見た時は一瞬驚いたけど、すぐに匂いを嗅いで見ればあの懐かしい匂い・・・サル犬だった。岩瀬君によると半年ほど前に不意に元に戻って、しばらく不安定であったのがここ数ヶ月でようやく安定し元通りになったと言う。・・・(中略)・・・皆が帰った頃に真雪さんが来た。家を離れて近くの公園に行きしばし話をする・・・(略)。

 西暦2005年9月11日
 今日は十五夜、きれいな満月だ。買物からの帰りに真雪さんと出会う、偶然かと思ったが考えてみれば彼女の下宿はそう遠くは無い、聞けば彼女も買物に今から向うとの事だった。ふと思いついて夕食に誘い共に家に帰る。真雪さんに手料理を振舞うのは久し振りの事だから不味くならない様に慎重に、最も手軽なカレーを作る。上手く行ったようだ、匂いがそう言っている。
 食事の後は駅まで送る、送りがてら月が見たいと言うので河川敷を経由して行き、途中でしばし立ち止まって月を眺める。何て綺麗な月なんだろう・・・僕が思わず見惚れていると急に真雪さんの声が、慌てて見るとその場に屈みこんでいる。
 胸が痛いと言う、服の間から見ると血等は流れていなかった。ただ傷の様な物が・・・ひとまず家に戻って見ると痣の様な物が出来ていた。何だろう?つきの形みたいだ。どこかで何か聞いた様な覚えがあるけど思い出せない、ひとまず大丈夫と言って安心させると時間も時間なので家まで車で送り届ける。
 不思議な痣だった、一体何なのだろう?あの胸元に出来た痣は・・・サル犬にでも聞いてみようか。無性に気になって仕方が無いし、それに僕も何だか今日は妙に気が昂る。十五夜のせいなのだろうか?とにかく早く家に帰って寝るに限る。

 西暦2005年11月14日
 今日は病院が休みなのでふと岩瀬君に電話をかけてみた。サル犬が出た、相変わらず元気な声でどこかホッとするのは何故だろう。とにかく他愛も無い事を話している内にふと2ヶ月前の事を思い出し、そしてここ最近、夜になると急に意識を失う様になったと付け加えて話して見た。
 するとサル犬の声の調子が変わった、すぐにこっちに来ると言う。訳も分からずそのままにしていると電話を叩ききられてしまった。どうしようもないので待っていると、言う通りにすぐにやって来た。サル犬だけではなく銀星君、岩瀬君までやってきた。皆血相を変えている。何でだろう、そんなに重大な事なのだろうかとその時は思っていた。
 ・・・(中略)・・・皆は帰った。僕はとてもショックだった、あの月の痣がそれ程のものだったなんて・・・。僕が、いや正確には僕の中に眠る獣が目覚める予兆だなんて知らなかった。発動したら最悪僕の変わりにその獣、人狼が目覚めて表に現れ痣の持ち主、つまりは真雪さんを襲い食い殺してしまうなんて・・・。
 僕は人間なのに・・・サル犬の人狼は目覚めてしまったけど事前に岩瀬君とサル犬が示し合わせていた上に、銀星君も協力し奇跡が起きて助かったのだと言う。銀星君の中にも人狼は潜んでいたけどその時にサル犬の人狼が消え去ると同時に消滅したらしい、その結果として烏丸先生と再び暮らせる様になったとの事だ。
 あぁなんと言う事なのだろう、どうして僕はその場に居合わせなかったのだろう。微力でも力になったかもしれないし、仮に偶然でも居合わせていたなら僕の中の人狼も消えていたと言うのに・・・何の因果で真雪さんをこんな苦労に巻き込まなくてはならないんだ。銀星君は確実な道は僕が真雪さんから離れる事だと言う、戦う事はリスクが高すぎると・・・でも僕はここから逃れられない。僕には病院がある、責任があるんだ。人間としての責任が・・・どうすれば良いのか僕には分からない。

 西暦2005年11月21日
 僕は決断した、闘うしかない。もう銀星君とサル犬には伝えた、銀星君は今一度考えるようにと言ったがサル犬は納得してくれた。それもお前の道だと言って。真雪さんには今度の新月の晩に伝えようと思う、下手に月の出ている時に出会って痣を大きくしては敵わないから・・・(中略)・・・昨日の夜も意識を失った、人狼が目覚め掛けているのだろうか?恐ろしい・・・。

 西暦2005年11月25日
 (略)・・・真雪さんにその事を伝えた。彼女は大変驚いていた、何度も聞かれたのでその都度説明してあげる。途中でサル犬や銀星君、そして岩瀬君も来てくれた。そして僕は自分の事、これまでの事、全て洗い浚いに話した、嫌われる事を覚悟して僕は包み隠さず全てを告げた。全てを告げた後しばらく真雪さんは黙ったままだった、余りの雰囲気に鼻が麻痺してしまったかのようだ。匂いが全く感じられない・・・このままでは人狼が目覚める前に僕がおかしくなってしまいそうだ。
 真雪さんは了解してくれた、ここまで一緒に来た仲、そんな事はもう告白された時から承知しているよ。と逆に励まされてしまった。ただ人狼の件だけは当然の事ながら知らなかったと言う、ここからはサル犬と銀星君、岩瀬君も交えて話を進める。今度の満月は12月16日、サル犬と岩瀬君は上弦の半月の時に力が半分だからと言ってしたけれどもそれはかなり以前から立案しての事。
 今は急な事だしそうせずに満月をやり過ごして下弦の半月、つまり12月24日前後にしようと言う話で纏まった。僕としては上弦の半月でも構わないのだけど止めた方が良いと言う、それに真雪さんにしたら巻き込まれたと言う立場である訳で大きな事は言えない、結局サル犬と銀星君の言う様に決まった。・・・(略)

"何とか無事に過ごせそうだな・・・。"
 今日は12月15日、満月の一歩手前の月。吉康は念の為に今日からの3日間ずつとこの部屋に閉じこもる事にしていた。夜は窓を閉め切ってカーテンを完全に閉めて一番奥の窓の少ない部屋の中で、自ら体に銀の鎖を巻いて戒めてすごす。鎖は意味があるのかは分からないけど少なくとも月に関しては万全の対応であろう。
 今はちょうど0時をわずかに過ぎた所、覚悟しているとは言え吉康の気持ちは矢張り昂る。彼は懸命にそれを押さえ込む、今が恐らく最大の危機だろう・・・と銀星は吉康に言っていた。
"行動力の面ではサル犬が一番だけど、そう言った知識では銀星君に敵うのは恐らく昔に1度だけであった忠治さんだけだろうなぁ・・・。"
 色々と考えながら、ただ真雪の事だけは除いて考えている内にそして夜は深け朝を迎えた。吉康はようやく気持ちを落ち着けると、ベッドに潜り込んで安らかに爆睡をしていた。
 そして16日の晩も吉康はあの部屋に居た。今日は見た所鎖を巻いていない、恐らく昨日耐えた事で余裕と自信を持ったからだろう。そして彼は今幾つもの書類を書いていた、こんな状況ではあるが彼も外ではインターンとして働く身、するべき事は山とある・・・吉康は内心では昨日と同じにすべきなのだろうと思いつつ、机に向かって書類を片付けていた。頭の上の窓には分厚い遮光カーテンが二重に掛かり、月光を完全に遮っている。
 その頃真雪もまた自宅にて過ごしていた。彼女は1人暮らしであり、一人本を読んで窓辺に座っていた。12月とは言え異様に最近は寒いので窓は締め切りカーテンは掛けられていた、だが立て付けが悪いためわずかな風でカーテンが揺れる。外は強風で窓も時折揺れる中それが何度か繰り返されたので気になり、ふとカーテンを見上げたその時カーテンがこれまでに無く揺らぎ、その隙に目の前に大きなほぼ満月であって満月でない月が姿を現す。

"大丈夫かな・・・田中君・・・。"
 月を見て気が緩んだのだろうか?それとも月に魅せられてしまったのだろうか。気が付いた時にはすでに真雪は吉康の事を思ってしまった後であった、その途端に胸に鈍痛が走り月の痣がほぼ満ちる・・・そして痛みが引いた頃一筋の光が闇夜の中へと飛んでいくのを彼女は見落とさなかった。
「しまった・・・どうしよう、急いで逃げないと・・・私の為にも、田中君の為にも朝まで逃げないと・・・。」
 真雪は慌てて戸締りをするとすぐに車に乗り込んで自宅を離れた。ここは住宅密集地、もし人狼として目覚めてしまった吉康が来てしまうと周囲に迷惑を掛けてしまう・・・そう判断しての行動であった。そして移動しながら彼女は電話をかける、岩瀬健人・・・あの日吉康が"サル犬"と呼んでいた浅黒い肌の背の高い男、彼もまた義康と同族なのだと言い違うのは犬として生きている点、その飼い主の矢張りあの場に居合わせた同い年で獣医をしていると言うその男に連絡を取る。
"早く出てよ・・・もう!"
 電話は中々繋がらない、電話にしてみれば普段通りなのであろうがこうも焦っている時は非常に長く感じられる。速度計を見れば時速はもう80キロ余り、信号が皆黄色点滅で車の通りが少ないから良いようなものだ。昼間だったら確実に事故を既に起こしている事だろう。
「はい岩瀬です。」
「岩瀬健人さんですか?あの私田中君の、真雪です。田中真雪です。」
 電話はようやく繋がった、最初は平静としていた相手の声もすぐに緊迫感が募り、突発的な事態に慌てている事が良く分かる。しかし今はそんな事では満足していられない、とにかく向こうも動くと言う。私の携帯番号を知っているのであちらでは私の位置が手に取るように分かると言う、そうして私は電話を切った。電源を入れたままアクセルを踏み込む、あと5キロで高速道路のインター。
"何とかして朝まで踏ん張らないと・・・!"
 そう真雪は念じて飛ばした、幸いにして人狼らしき姿は何処にもまだ見られない。

「タケト!」
「サルサ!田中君が・・・!今真雪さんから電話があって・・・。」
「そんな事はもう分かっている!急ぐのだ、もう銀星は吉康の家に向っている。早く乗るのだ!」
「わかってるよ!」
 そう言ってタケトはサルサの背中に負ぶさる。もう慣れた事だ、流石に半年前に復活したばかりの時は互いに久々と言う事もあってぎこちなかったが、数回もやれば慣れて来る。長年やっていなくとも体が覚えているからだ、そして今では若干大きくなったタケトの体型にもサルサはすっかり慣れており、昔の如く何かあればあの格好で街を走り回っていると言う訳だ。
 最も基本はサルサは犬のままでタケトがそれを追いかけるなり、自転車で後を追うのが基本、この様に負ぶわれてと言うのは慣れたと言えども、一ヶ月かそこら振りのスタイルである。
「サルサ・・・速過ぎ・・・息が・・・。」
「そんな悠著な事を言っていられないのだ、タケト!今は吉康の危機なのだからな、もっと飛ばすぞ。全くあの女、吉康の事を思ってしまったらしいのだ、俺達の時と同じだぞタケト!」
 そう叫びながら深夜の街を月夜の中、一陣の風となって2人は一路吉康の診療所へと向って行った。

 時間をわずかにも遡る。その瞬間まで吉康は書類を眺めて頭を抱えていた、どうにも納得が行かないのである。どうやら記載ミスらしくある本の内容を確認しなくてはならなかった、そしてその本はここには無い。本来の自室の本棚の中に置いてあるのだ、朝までまとうかとも思ったがすぐに仕上げたいという気持ちが許しはしなかった。
「まぁ行くか・・・。」
 そう呟いて立ち上がったその時、何かが入ってきた何者も入れないはずの部屋の中に。慌てて吉康が振り返った瞬間にそれは彼の体を直撃した。それは光の束だった、あの分厚い遮光カーテンを意図も簡単に通過した束は真っ直ぐ吉康の胸へと飛び込み、そして消える。途端に彼の動きが止まった、体が急激に萎縮し犬に、そして次の瞬間絶叫と共に人型に変貌した・・・。
 その幕切れは静かに終わった、咆哮も無ければただ床が軋むだけの音が響くのみ。何時の間にやら遮光カーテンは剥がれて月の光が真っ直ぐに吉康、いやその中にて眠っていた人狼の姿があった。顔は吉康では無い犬の顔・・・正確には人としての吉康の顔ではなく、犬の吉康の顔を禍々しくした獣の顔であった。体はとても吉康とは思えないほど筋肉質で力に漲っている、毛並みこそ変わらないが尻尾は一本であったのが3本に増え爪も鋭く太い。
「ふぅ・・・ぐふっ・・・ふっ・・・ようやく目覚められたか・・・ったく鈍い奴だよ、もっと早く見つけろっての・・・まっいい、早速喰らいにいくか。腹も減った事だし・・・匂いも強く感じるしな・・・へへへ・・・。」
 人狼は怪しく笑う、その声は吉康の声とは全く違う異質な声。そして勢いを付けた人狼は壁を突き破ると猛々しく咆哮して家々の屋根を伝い、深夜の住宅街をある方向へと向けて一心に疾走し去って行った。

「しまった・・・!」
「どこなのだ人狼は?」
 サルサと銀星が診療所に到着した時、そこに吉康・・・否、人狼の姿はなかった。あったのは大きな壁に開いた穴と服の残骸、それらを一瞥した2人は静かに頷くと先程、人狼が辿ったコースを追跡し始める。
"匂いがこれ程までに残っているとは・・・流石は満月に近いだけはある、サルサの時とは比べ物にならないな・・・。急がないと・・・!"
 先頭を行く銀星は痛感した、事態は深刻さを極めていると・・・サルサの時の比ではない事を感じていた。
"くそう・・・忌々しい満月め・・・何処まで俺達を苦しめる気なんだ・・・。"
 と月を恨みつつ。そしてその頃タケトは診療所に銀星を追って来た烏丸の運転する車に乗って、郊外へ向って移動中の真雪の運転する車を追い掛けていた。


  大切なあの人と・・・第一部 終
大切なあの人と・・・第一部
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