転校生
 僕のお父さんは転勤族だった。僕はそのせいで小学校の時から何度も引越し、何度も転校を重ねてきた。
でも中学2年の秋、「これが最後の引越しだ」 とお父さんは僕に言った。
僕はそれを聞いて心の底からほっとしていた。僕は転校するたびにいじめに遭っていたからだ。
それはもしかして僕自身にも問題があったのかもしれない。でもそうじゃない部分の方が多いと僕は思う。
だって皆は僕の事がよく分からないうちからいつも僕をいじめた。
それは、僕がよそ者だからだ。僕が1人だけ皆と違う制服を着た転校生だからだ。

 「お願い。お金をあげるからもう帰して」
「だめだ。俺たちがいいって言うまでそこにいろ」
最後の引越し。僕はお父さんからその言葉を聞いた時、本当にほっとして胸をなでおろした。
でも僕が最後に転校した中学のクラスメイトは最悪だった。
転校初日から僕をいじめたのは、もう先生たちにまで見放されているような不良の4人組だった。
転校して8日目。僕はこの日、今までで1番の恐怖を感じていた。それは学校帰りに彼らに捕まり、もう使われていない学校の倉庫へ監禁されていたからだ。
そこは静かな場所だった。古い木の壁にはスプレーを使った落書きが目立っていて、全体的にかび臭かった。
学校の倉庫は校舎から少し離れた所にあった。そこは周りに草が覆い茂り、まったく人気のない場所だった。 その中へ連れ込まれて鉄のドアを閉められると、外の光と風が完全にシャットアウトされた。
僕は4人の中で1番体格のいい山根という男に後ろから羽交い絞めにされていた。
そして目の前で僕の財布の中身を物色しているのが4人組のボスである遠山だった。
彼は見るからに悪そうな風貌をしていた。学ランの上着はとても短く、ズボンはダボダボで、短い髪は真っ赤に染めている。
その彼が今僕の財布から千円札を2枚取り出し、不機嫌そうに僕を睨みつけて舌打ちをした。
「お金をあげるから帰してくれだと? こんなはした金しか持ってないくせによく言うよ」
遠山はそれでも2枚の千円札を財布の中から抜き取り、ズボンのポケットへさっとしまい入れた。 彼の仲間たちは、じっと彼を見つめてボスの指示を待っているようだった。
「お前の家は金持ちなんだろう? 明日はもっと金を持ってこいよ」
遠山は僕に近づいてそう言った。そして彼は僕の左の頬を思いきり平手打ちした。 僕はその時恐怖に襲われていて痛みを感じる事すらできなかった。そして彼を睨み返す事もできなかった。
それから僕は羽交い絞めにされたまま彼らに殴られたり蹴られたりした。 そしてそのうち口の中が切れて生温かい血がスーッと顎のあたりへ流れ落ちていった。

 僕はどのぐらいの間彼らに暴行を受け続けていたんだろう。よくは分からないけど、きっとかなり長い時間だ。
倉庫の中はとても広く、木製の床は所々腐って穴が開いていた。時々ガタガタと変な音がするのは、恐らく床の下を這いずり回っているネズミのせいだろう。
僕はとどめに後ろから体格のいい山根に蹴りを入れられ、とうとう埃だらけの床の上へ倒れこんだ。 その時、床がギシッと軋む音がした。僕は木の床に思い切り頭をぶつけてしまい、一瞬意識が遠い所へ飛んだ。
「誰が寝ていいって言った? 立てよ」
僕は遠山の足で頭を蹴られ、フラフラと立ち上がった。そしてまた山根に後ろから羽交い絞めにされた。 遠山に蹴られた頭はズキズキと痛んでいた。
だけどその時、それ以上に大きな問題が僕に襲い掛かっていた。
僕は何時間も監禁されて暴行を受けているうちに強い尿意を感じ始めていた。 でも、トイレに行かせてくれなんて口が裂けても言えなかった。そんな事を言ったら彼らがますますおもしろがるという事を長年の経験で心得ていたからだ。
だけど僕は、お腹を殴られるたびにおしっこが漏れそうになった。
僕は脂汗をかきながらずっと頭の中で葛藤していた。本当は、もう何度も諦めかけた。
もう我慢せずにおもらししてしまえば、尿意を堪える事から解放され、体は楽になれる。 でもその代わりに僕は彼らの前でひどい辱しめを受ける事になってしまう。
僕はギリギリまで尿意を堪えていた。でも、何事にも限界というものがある。
彼らが僕を殴りつけるたびにドカッという音が響き渡り、そのたびに膀胱にたまった水分が下りてくる。
だめだ。もうだめだ。次にお腹を殴られたら、僕は絶対におもらししてしまう。

 そう思って歯を食いしばった時だった。
突然ガラガラという大きな音が倉庫の中に響き、僕の目に外の淡い光が飛び込んできた。
鉄のドアが大きく開くと、埃だらけの床が少しずつ青く照らされていった。僕を殴りつけていた連中は、ハッとして一斉に後ろを 振り返った。
すると更にドアが音をたてて左へ移動し、淡い光の向こうから人影が現れた。 ドアは遠かったから、その人の顔はまだよく見えなかった。 でもそこへ現れたのがすごく背の高い人だという事だけははっきりと分かった。
その人の茶色い髪は、淡い光に透けていた。
その人は迷う事なくギシギシ言う床の上へ上がりこみ、真っ直ぐ僕らに向かって歩いて来た。
その人の顔がやっとはっきり見えたのは、彼が僕らの7〜8メートル手前までやってきた時だった。
小さな顔と、大きな目と、大きな口。僕より少し年上に見えるその人は、僕の知らない少年だった。
「樋口さん!」
彼の顔を見て最初にそう叫んだのは、赤い髪をした遠山だった。すると他の連中は顔が真っ青になって急に身構えた。 僕を羽交い絞めにしていた山根は、急に腕の力が抜けていった。

 4人の不良を睨み付ける彼の目にはすごく力があって、その迫力に誰もが動けなくなっている様子だった。 そして彼に睨まれると、僕をいじめた4人組が全員一斉に俯いてしまった。
彼は革のハーフコートのポケットに両手を突っ込み、俯く4人をグルリと見回した後よく通る声で彼らにこう言った。
「お前たち、その子が俺の舎弟だと知っててこんな事やってるのか?」
遠山はそれを聞いた途端に顔を上げ、驚いたような目で僕を見つめた。
だけどその時は僕自身が1番驚いていた。
札付きの不良たちを一言で黙らせる彼はいったい何者なのか。僕にはどうしてもそれが分からなかった。
「俺とやる気か?」
彼は再び4人の顔を見回してそう言った。するとまた遠山が彼に注目した。
「最初は誰だ? 早くかかってこいよ」
「す……すみませんでした。許してください!」
そう言って遠山が駆け出すと、他の3人もものすごいスピードで彼の後を追いかけ、4人はあっという間にドアの外へ消えていった。
彼はその様子を見て苦笑いをし、それから僕を見つめてにっこり微笑んだ。でも僕はとても彼に笑い返す余裕などなかった。

 僕の頬に涙が流れ落ちるのと、僕の太ももにおしっこが流れ落ちるのと、どっちが先だったのかよく分からない。
ついに我慢が限界を越えてしまい、僕はその場でおもらししてしまった。
僕はその後じっと俯いて足元に水たまりが広がっていく様子を見つめていた。その時、頭の中は真っ白だった。
その時は尿意を堪える苦しさから解放されてほっとしていた。散々我慢した挙げ句の放尿はすごく気持ちが良かった。
埃だらけの茶色い床は水に濡れてどんどん黒く変化していった。倉庫の中に僕のおしっこの音が響き、アンモニアの匂いが鼻をついた。
僕はそのすべてを五感でしっかり受け止めていた。
長い間我慢していたせいか、放尿は長々と続いた。僕がやっと恥ずかしさを感じたのは、茶髪の彼に声を掛けられた時の事だった。
「お前、根性あるじゃん。あいつらの前で泣かなかったもんな」
彼は自分の洋服が汚れる事も気にせず、僕をしっかりと抱きしめてくれた。
僕はおもらしした事が急に恥ずかしくなってしまい、おしっこを垂れ流しながら彼の胸で大泣きしてしまった。

*   *   *

 樋口さんというその人は、泣きじゃくる僕の手を引いて外へ連れて行った。
その頃はもう日が沈みかけていて、外の景色は青かった。そして、風は少し冷たく感じた。
僕は久しぶりに外の空気を吸って少しほっとしたけど、太もものあたりまでびっしょり濡れたズボンを履いている自分がすごく恥ずかしかった。
倉庫の付近は人気のない場所だったけど、僕が家へ帰るまでには人通りの多い道を歩いていかなければならなかった。
濡れたズボンを履いてその道を行く事は、おもらしした自分を晒して歩くようなものだった。 僕はそのまま家へ帰る事がひどく憂鬱だった。
きっと樋口さんは僕の思いにすぐ気が付いたんだ。少なくとも、その時の僕はそう思っていた。
彼は倉庫の裏へ僕を連れて行き、そこに止めてあった自転車にまたがると、呆然と立ち尽くす僕にまずこう言った。
「後ろに乗れよ。俺の家はすぐそこだから、着替えを貸してやるよ」
その時僕は、彼を優しい人だと思った。
僕は遠慮がちに自転車の後ろに乗り、乾いた風を浴びながら荷台に揺られて彼の家へ向かった。
秋の風は、僕の涙をすぐに乾かしてくれた。

 樋口さんの家は10階建てマンションの6階だった。そこはたしかに倉庫のすぐそばだった。
僕らは自転車を降りた後すぐにマンションの中へ入り、エレベーターに乗って彼の家へ向かった。
樋口さんが玄関のドアの前に立ってズボンのポケットから鍵を取り出した時、その家の中に誰もいない事を漠然と意識した。

 彼の部屋は乱雑に汚れていた。
床の上にはマンガの本やゲームソフトなどが散らばっていて、机の上に置かれたガラスの灰皿にはタバコの吸殻が山のように積もっていた。
しかもベッドの上には脱ぎ捨てた洋服が何枚も置いてあり、たんすの上には埃がかぶっていた。
そしてハンガーにかかっている学ランを見た時、彼が同じ中学の先輩なのかもしれないとふと思った。
部屋の中は外と同じように薄暗かったけど、彼は電気を点けようとはしなかった。
その訳は、それからすぐに明らかになった。
「来いよ」
彼はそう言って僕の腕を引っ張り、僕の細い体をあっという間にベッドに押し倒した。
僕は突然の事で何がなんだか分からず、自分がどうするべきなのか考える事もできなかった。
やがて彼の大きな体が僕の上にのしかかり、温かい手が僕の濡れたズボンを脱がせようとした。
僕はその時になって初めて自分の置かれている状況を把握した。
「や……やめて」
僕は大きな声で叫んだつもりだった。でもきっとその声はか細いものだったに違いない。
その証拠に樋口さんは僕の声にまったく反応を示さず、どんどん事を進めていった。
濡れたパンツを剥ぎ取られる感触が脳に伝わると、急に頭の中がカッと熱くなった。
そして僕の下半身が涼しくなった時、太もものあたりにツーッと何か温かい物が流れ落ちていった。
その後樋口さんは僕を見下ろし、ニヤッと笑ってこう言ったのだった。
「また漏らしちゃったのか」
すると今度は僕の頬を生温かい物が流れ落ちていった。それはもちろん、僕の涙だった。
樋口さんの大きな目が僕をじっと見下ろしていた。そして彼の長い前髪が僕の頬に触れた。 それからすぐに、彼の大きな口が僕の口を完全に塞いだ。
僕の胸には彼の体がのしかかり、僕の両腕は彼の手でしっかりと押さえつけられていた。 どんなにもがいても、全然身動きができなかった。
樋口さんの温かい舌は僕の口の中を隅々まで愛撫していった。すると今度は下半身がカッと熱くなるのを感じた。
そして彼の口が僕の口を解放した瞬間、彼の大きな手がすぐ僕自身に触れた。
その時僕のものはすでに硬くなっていた。僕はその事がすごく恥ずかしかった。
彼の指が僕の先端をいじくり回すと、ものすごい快感が体中を突き抜けた。 僕はこんな時に感じてしまう自分がどうしても信じられなかった。
「声を出してもいいんだぜ。どうせ誰もいないんだから」
「あぁ……」
僕はきっと、彼に言われなくても声を上げてしまったはずだ。僕はそれほどまでに気持ちが良くなっていたんだ。

 きつく目を閉じて快感を受け入れる僕の耳に樋口さんの声が呪文のごとく聞こえてきた。
その間も彼は僕を愛撫する手を決して止めなかった。
僕は彼に言い返したい事がたくさんあったのに、ただ上ずった声を上げて呪文を聞き流す事しかできなかった。
「お前、自分がどうしていじめられるか分かるか?」
「それはお前がかわいいからさ」
「あの赤毛のチビ、お前に惚れてるぞ」
彼が言う 『赤毛のチビ』 とは、先頭に立って僕をいじめた遠山の事に違いなかった。
そんなの嘘だ。全然違う。僕は彼がいったい何を言っているのか全然分からなかった。
樋口さんは僕が彼らにどんなひどい事をされたか知らないからそんな事を言うんだ。
僕は学校で休み時間になるといつも彼らに呼び出され、髪を引っ張られたり殴られたりした。 授業中には後ろから頭に消しゴムのカスをぶつけられた。そして放課後になると校舎の外で待ち伏せされて、いつも彼らに暴行を受けていたんだ。
急に今までの事を思い出し、きつく閉じた目から大粒の涙が溢れた。僕の涙は頬の上を流れ落ち、最後は耳にまで辿り着いた。
もう何も聞きたくなんかないのに、彼が与えてくれる快感に浸っていたいのに、涙に濡れた耳にはその後もまだ呪文が聞こえていた。
「お前、あいつらの前で泣いた事ある?」
「あの赤毛のチビは、お前の泣き顔を見てみたかったのさ」
「あいつはきっと、お前の事を考えながらマスかいてるぞ」
「あいつ、お前が漏らすをずっと待ってただろう? どうしてだか分かるか?」
「そうすれば、脱がせる口実ができるからさ」
「ああいう突っ張ったガキは素直になれないんだよ。一緒につるんでる仲間にだって、自分がお前に惚れたとは言えないのさ。 だけどお前を構っていたいんだよ。いつもお前と一緒にいたいんだ。だからあんな形でお前を支配しようとするんだよ」
「俺も同じ気持ちだから、あいつの事がよく分かるんだよ」

 悪夢のような呪文がやっと途絶えた時、突然下腹部に鋭い痛みが走った。
僕はその時こそ痛みを訴えるために大きな声を張り上げてしまった。
「いやだ! 痛い、痛い!」
「すぐによくなるから我慢しろよ」
大泣きしながら目を開けると、額に汗を浮かべた樋口さんが僕を見下ろしているのが分かった。
彼の呼吸はすごく早くなっていた。激しい息遣いとベッドの揺れる音が耳の奥に重く響いた。
僕の両足は大きく開かれていた。下腹部に感じる痛みは樋口さんが僕の中に入ってきたせいだった。
僕は痛くて苦しくて、再びきつく目を閉じた。
そしてしばらくすると、自分の体が痛みと快感の両方を受け止めている事が分かってきた。
樋口さんが僕の中へ入ってくるたびに下腹部に激痛が走ったけど、彼の指が僕自身を愛撫するたびにものすごい快感が体中を駆け抜けていった。
やがて僕は、倉庫の中で遠山たちにいたぶられていた時とまったく同じ状況になった。
僕は下腹部の痛みに耐えながら尿意に似たものを必死に堪えていた。 奥歯を噛み締め、唇を噛み締め、体の中から込み上げてくるものを必死に我慢した。
でも、やっぱり我慢には限界があった。
「あぁ……あぁ……」
我慢を越えてすべてを吐き出すと、倉庫でおもらしした時と同じ気持ち良さを感じる事ができた。
お腹の上や太ももに流れ落ちた生温かい体液は、僕が快楽を得た証しだった。
僕はその瞬間にすべての痛みを忘れた。
今受け止めている下腹部の痛みも、殴られた時のお腹の痛みも。そして、いじめられた事による心の痛みも。
「あっ、いく……」
樋口さんのその声が耳に届いた後、お尻のあたりが彼の吐き出した体液でしっとりと濡れた。
ドクドクと溢れ出す彼の体液は、僕が彼に快楽を与えた証しだった。
ゆっくりと目を開けると、部屋の中がさっきよりずっと暗くなっているのが分かった。

 樋口さんは快楽の後始末もろくにせず、すぐに僕の髪を掴んだ。
彼は大きな目で僕を睨みつけていた。赤毛の遠山と同じ目をして、真っ直ぐに僕を睨みつけていた。
「俺、3年C組の樋口っていうんだ。明日の放課後俺のクラスへ来い。またかわいがってやるからよ」
彼はその後、僕を強引に抱きしめた。僕らの腰がぶつかり合うと、2人の吐き出した体液が皮膚の上で混じり合った。
「助けてやったんだから、俺に感謝しろ。あいつらの前でちびったらお前はもっとひどい目に遭ってたんだぞ」
呪文のような声がまた僕の耳に響いた。そしてその後、僕を抱きしめる彼の手に力が入った。
僕は、自分をレイプした男の胸で泣いた。僕はそれほどまでに孤独だったんだ。
でも、これも悪くはない。
彼はどうやら力のある先輩のようだ。僕が彼のものになったという事が皆に知れ渡れば、恐らくもう誰も僕に手出しをする奴はいないだろう。
毎日こうして彼の相手をしていれば、きっとすべてがうまくいく。
僕はやっといじめから解放されるんだ。今まで受けたひどいいじめに比べたら、こっちの方が快楽を得られるだけまだましだった。

 「これが最後の引越しだ」 とお父さんは言った。
この街は思ったほど悪くはなさそうだ。
この街でなら、僕はきっとうまくやっていけそうな気がする。
END

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