お兄ちゃんと呼ばれて
 今日から春休みになった。
俺は休みが明けたら中学2年に進級する。今日からしばらくの間、俺は中学1年でも2年でもないハンパな時期を過ごすんだ。
今、テーブルを挟んだ向かい側には俺のオヤジが座っている。
オヤジは最近髪が薄くなった。髪の毛は少しずつ減り、目尻のシワは年々増えていくようだ。
そしてトマトのように赤いセーターは、あまり似合ってはいない。
オヤジの横にいる女は、シラけた雰囲気の中たった1人でペチャクチャと喋り続けている。
彼女は白髪を隠すために髪全体を淡い茶色に染めている。だけど、生え際のあたりには白く光る物がチラホラと見える。
ベージュの口紅はそう悪くはない。だけど、紫色のアイシャドーはちょっと強烈だ。
でも長い髪は綺麗だし、目も大きいし、ピンク色のブラウスもわりとよく似合っている。
彼女はきっと、昔は美人だったに違いない。

 午後4時。広い部屋の中には新しい畳の香りが漂っていた。
和風な木のテーブルの上には温泉まんじゅうと湯呑みが4つずつ並べられている。だけど、お茶をすすっているのはオヤジだけだった。
俺は壁に寄り掛かって座布団の上に座り、テーブルの下へ足を伸ばしていた。だけど、俺の隣で俯くチビは青い座布団の上できちんと正座していた。
彼の後ろ髪は肩の下あたりまで伸びている。
彼は体のパーツすべてがミニサイズだった。 身長は恐らく俺より20センチぐらい低い。そして手足は笑っちゃうほど小さい。
さっき顔をチラッと見たけど、目も鼻も口もまるで人形のように小さかった。
そんな彼が俺と同じ学年だなんて、実はちょっと信じがたい。でもおもちゃみたいな彼はちょっとかわいかった。
「お庭が綺麗ね」
部屋には大きな窓があった。女は窓の外を見つめてそんな言葉を口走っていた。だけど、この部屋にいる他の3人はその言葉に誰1人反応しなかった。
新しい温泉宿の一室は常に静まり返っていた。そのうち女は沈黙に耐え兼ねたようにテレビの電源を入れた。
すると、テレビのスピーカーから聞いた事もない演歌が流れてきた。シラけた部屋の中に高音な男の声が小さく響き渡る。
今夜はなんとも退屈な夜になりそうだ。

 「圭一、腹減ったか?」
「別に」
俺とオヤジの会話はたったそれだけで終了した。
俺はその時、オヤジに対してすごく腹が立っていた。
オヤジは今朝、「親戚の家へ遊びに行くぞ」 と言って俺を誘い出したのだ。そして俺はなんの疑いもなくオヤジの車に乗り込んだ。
だけどその車は俺の知らない道をどんどん走り続け、結局温泉旅館の前へ辿り着いたのだった。
そこで待っていたのは、オヤジの女とその息子だった。
オヤジは彼らを俺に紹介するために下手な芝居をしたようだった。
「再婚したい相手がいるんだけど、会ってくれないか?」
突然オヤジにそう言われたのは、たしか3ヶ月ぐらい前の事だった。
俺はその時、オヤジが冗談を言っているんだと思っていた。
母さんが死んでから2年の月日が流れても、俺はまだ母さんを失ったショックから立ち直っていなかった。 そして俺は、オヤジも同じ気持ちでいると思っていた。
だけどオヤジは俺を騙してまで女とその息子に会わせようとした。それは、オヤジが本気である事の証しだった。
それはそれでしかたがないけど、俺はかなり戸惑っていた。
突然新しい母親が家にやって来る。突然同じ学年の弟ができる。
そんな事、急に言われたって受け入れられるわけがない。俺は本当に、今の今までそう思っていた。

*   *   *

 同じテーブルに4人の人間が揃っているのに、会話はちっとも弾まなかった。俺だって、いったい何を話したらいいのか全然分からなかった。
やがて俺はシラけた空気に耐えられず、立ち上がって隣の部屋へ避難しようとした。
オヤジは今日、この旅館に2つの部屋を取っていたようだ。いくらなんでも1つの部屋に4人で泊まるのはまずいと思ったのだろう。
俺は本当に今すぐ立ち上がろうとしてテーブルに両手をついた。 だけど何気なく目線を下へ向けた時、どうしても立ち上がる事ができなくなってしまった。
隣の彼は相変わらず青い座布団の上に正座して俯いていた。彼の両手はその時、膝の上に行儀よく置かれていた。
そしてその時、彼のズボンは股下のあたりがひどく濡れていた。よく見ると、青い座布団もしっかりと濡れて黒い色に変わっていた。
俺はそれを見た時、彼がおもらししてしまった事に初めて気付いたんだ。

 「おばさん……」
俺はオヤジの女に初めて声をかけた。その時俺は彼の母親にその事を伝えようとしていた。
俺が声をかけると、女はぎこちない笑顔を見せて 「何?」 と聞いてきた。
『こいつ、おもらししたよ』
俺は今まさにそう言おうとして口を開きかけた。でもその時、人形のように小さな手が俺のセーターの裾を弱々しく引っ張ったんだ。
「何? 圭一くん」
女は俺にもう一度そう言った。でも俺は、言葉を失っていた。
セーターの裾を引っ張る小さな手は、「何も言わないで」 という合図をしていた。俺にはちゃんとそういう事が分かっていた。
その時、部屋の中には淡々とニュースを読むアナウンサーの声が響いていた。 テレビは歌番組を終了し、いつの間にかニュース番組に変わっていたようだった。
オヤジも女も俺をじっと見つめていた。その時2人は、明らかに俺の言葉を待っていた。
俺はその時、部屋の中に1つしかない大きな窓の外を見つめた。ガラスの向こうには、薄いピンク色の花が咲き乱れていた。
「……ここ、庭が綺麗だから2人で散歩してきたら?」
それを言う時、俺はテーブルの下で人形のような手をきつく握り締めていた。それは 「俺にまかせておけ」 という合図だった。
オヤジと女は俺の言葉にひどく驚いて顔を見合わせていた。
2人は静かにアイコンタクトを交わし、どうするべきかを考えているようだった。だけど最終的には俺の提案を受け入れる事にしたようだった。
でも女の方は俺と2人きりになってしまう息子の事を心配し、彼に短い言葉をかけた。
「ヒロ、大丈夫?」
彼女の息子は母親の問いかけに黙ってうなずいた。俺はその時、彼が母親にヒロと呼ばれている事を初めて知った。
オヤジと女はすぐに立ち上がり、静かに部屋を出て行った。

 部屋の中には俺たち2人だけが残された。
オヤジたちが出て行くと、彼は突然シクシクと泣き出してしまった。
「……早く立てよ」
俺はその時、彼にうまく言葉をかける事ができなかった。ただ俺は、オヤジたちが戻って来る前に彼を着替えさせてやろうと思っていた。
「ほら、立てよ」
俺は先に立ち上がり、なかなか動こうとしない彼を目の前に立たせた。
彼はその時ただ俯いて泣いていた。黒いズボンは太もものあたりまでしっかりと濡れていた。
窓の外から入り込む夕方の太陽が、かわいそうな彼の姿を明るく照らしていた。
「早く着替えないと、お母さんが戻ってきちゃうぞ」
俺は小さな彼を見下ろして、できるだけ優しく声をかけたつもりだった。でもその声が彼の耳にどんなふうに聞こえたかは自分でも よく分かっていなかった。
その時、ずっと俯いていた彼がやっと顔を上げて俺の目を見つめた。その時彼の膨らんだ頬には涙が光っていた。
「僕の事が嫌い?」
その声は、少し掠れていた。
俺はそんなふうに言われてすごく戸惑っていた。彼とは今日初めて会ったばかりで、好きも嫌いもないからだ。
「別に嫌いじゃないよ」
「じゃあ、ママの事が嫌いなの?」
「いや……別に」
「じゃあ、どうして怒ってるの?」
ヒロはしゃくり上げて泣きながら俺に質問を繰り返した。
次々と質問を浴びせられた時、急に胸がズキンと痛んだ。
俺はオヤジに嘘をつかれ、突然ここへ連れてこられた。 心の準備ができずにここへ来てしまって、自分でもどうしていいのか分からなかったんだ。
だけど、シラけた雰囲気を作り上げたのは間違いなくこの俺だった。
女もオヤジも俺に気を遣って必死に歩み寄ろうとしていたのに、俺は終始ムスッとしてろくに口を利こうともしなかった。
おとなしい彼は、きっとあの雰囲気の中でトイレに行きたいとは言い出せなかったんだ。
俺はそういう事を全部理解した時、彼に申し訳なく思ったし、彼を愛しいと思った。

 「俺お前の事嫌いじゃないし、怒ってないよ」
俺が絞り出すようにそう言うと、彼が探るような目つきで俺を見上げた。彼はその時、まだ俺に対して怯えているようだった。
「浴衣に着替えようか」
俺は彼にそう提案し、テーブルの横にある鶴の絵が描かれたふすまを開けた。
そこにはちゃんと2枚の浴衣が用意されていて、他にもタオルなどが置いてあった。
ふと窓の外に目を向けると、遠くの空が夕日の色に染まっていた。 少しずつ日が傾いて、畳の上にはヒロの影が色濃く映し出されていた。
「ほら、これに着替えて」
俺が浴衣を手渡した時、彼はもう泣き止んでいた。その時彼の頬は夕日が当たって少し赤くなっていた。
「ねぇ、僕がおもらしした事誰にも言わないでね」
「分かってるよ」
「絶対誰にも言わないで」
「分かってるよ。しつこいぞ」
短くて大事な会話を交わした後、俺は初めて彼の笑顔を見た。
ヒロの笑顔はとてもかわいかった。頬の肉がきゅっと上がって、目尻は少し下がっていて、それはとても人懐っこい笑顔だった。
「お兄ちゃん、脱がせて」
彼は絶妙なタイミングでそう言った。俺はその時こいつを弟にしてもいいと思い始めていたんだ。
『お兄ちゃん』 というその響きは、間違いなく俺の心をくすぐった。
さっきまで泣いていたくせに、ヒロはもうすっかり元気を取り戻していた。彼は小さな両手で俺の手を握り、もう一度かわいらしい笑顔を見せてくれた。その時の彼はドキッとするほど素敵だった。
こいつの母親もこうしてオヤジをくどいたのかもしれない。
俺はふとそんな事を思い、畳の上に座って彼のベルトに手を掛けた。

 俺は両手で彼のベルトを外し、ズボンのジッパーをゆっくりと下ろした。
彼はその時透き通るような目で俺の仕草をじっと見つめていた。
目の前に現れた彼のトランクスはしっとりと濡れていた。俺はちょっと苦笑いをしながらズボンとトランクスを一気に脱がせようとしていた。
するとその時、前ぶれもなくシーッという音がしてトランクスの奥から水が溢れ出した。そして彼の足元にポタポタと水の雫が零れ落ちた。
ヒロは緊張から解放されて気持ちが緩んでいたのかもしれない。
2度目のおもらしをした彼は恥ずかしそうに俯いていた。彼の頬が赤いのは、きっと夕日のせいではなかった。
「ふふ……」
俺は軽く笑いながら再び彼のズボンに手を掛けた。
でっかいシミの付いたトランクスを剥ぎ取ると、彼の股間にぶら下がるものがすんなりと俺の目の前に現れた。 それは予想通りに小さくて、俺の小指とほとんど変わらない大きさだった。
俺が指でツン、と彼のものをつつくと、ヒロはビクッとして一瞬身を引いた。 でも優しく指でこすってやると、彼は黙ってその刺激を受け止めていた。
最初縮んでいた彼のものは、すぐに上を向いて自己主張を始めた。
硬く変化したものを更にこすり続けると、ヒロの息がだんだん荒くなってきた。そして俺の指は少しずつ濡れてきた。
彼は小さな両手を俺の肩に置き、きつく目を閉じてその快感に耐えていた。
でもそれは、決して長い時間ではなかった。
「あっ……!」
彼がそう叫んだ時、俺の肩に置いた小さな手に力が入った。
その瞬間、彼の先端から温かい液体が音もなく飛び出した。
ドクドクと溢れ出す白い液体は俺の掌を温めてくれた。 掌から滑り落ちた温かいものが畳の上にポトポトと零れ落ちる。俺はその一部始終をすべて自分の目で見つめていた。

 俺はその後旅館の名前が入ったタオルで彼の濡れた皮膚を拭いてやり、畳の上に零れ落ちたものを全部拭き取った。
それはとても穏やかなひと時だった。
俺はおもらしと射精の後始末をしてやり、彼に白い浴衣を着せ、濡れた座布団を押入れの奥に押し込んで証拠隠滅を図った。
ヒロの座っていた場所に新しい座布団が置かれると、彼はやっと気持ちが落ち着いたようだった。
浴衣に着替えた彼はかわいらしい笑顔を見せ、俺を強引に窓の方へと引っ張っていった。
窓の外の景色は少しずつ変化を遂げていた。
遠くの夕焼け空は真っ赤だった。薄いピンク色の花も、夕日に照らされて赤く染まっていた。
俺は彼の後ろに立ってそんな静かな景色をぼんやりと眺めていた。
遠慮がちに彼の背中を抱き締めると、ヒロは黙って俺に身をまかせた。
「僕、今日お兄ちゃんと一緒に寝る」
彼は振り向きもせずに掠れた声でそう言った。
俺はその時、不覚にもドキドキしていた。どうやら今夜は忙しい夜になりそうだ。
END

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