ようやく覚えたボーゲンでなんとか麓のレストハウスまでたどり着き、  
ぼくは一息ついていた。真理がそんなぼくの目の前で、雪をけたてて  
鮮やかに止まった。ゴーグルが粉雪まみれになって、何も見えない。  
「あは、透ったら、雪だるまみたい」  
真理の笑い声が聞こえる。  
ぼくはゴーグルをはずしながら、からだについた雪を払い落とした。  
「どうせぼくは滑るより転がるほうが似合ってますよ」  
「そういう意味でいったんじゃないってば。透、上達早いと思うわよ」  
ぼくが口を尖らせると、真理はゴーグルをはずし、笑顔を見せる。  
数時間ぶりに見るその笑顔は、雲の向こうから顔をのぞかせている  
太陽のようだ。ぼくはあらためて真理を見つめた。  
白いスキーウェアに長い黒髪がよく映えている。  
どんな難所でも軽々と滑り降りる彼女は、ゲレンデでも注目の的だった。  
誰しもがそのゴーグルの下に、美しい顔を想像したはずだと思う。  
スキー場とはそういうものだ。  
 
真理なら、とぼくは思った。  
真理なら、誰の期待も裏切らないに違いない。  
さっきから雪国育ちの真理にさんざん腕の差を見せつけられて  
うんざりしていたぼくだったが、今だけは誇らしい気持ちになった。  
ぼくは彼女の素顔だけでなく、分厚いスキーウェアの下に隠された  
スタイルがどんなに魅力的かということも知っている。  
 
ぼくが彼女によからぬ視線を這わせているのに気付いたらしく、  
真理は眉をひそめた。  
「・・こら、どこ見てるの」  
「え、いや・・」  
あわてて目をそらすと、ひたいを指で小突かれた。けっこう痛い。  
「ねえ、透、今度は上級者コースにいってみない?」  
「ええっ!?」  
「中級はもうだいぶ慣れてきたみたいだし、大丈夫よ」  
「慣れただって!?」  
いったいぼくのどこを見てそんなことをいうのだろう。だいぶどころか、  
少しよそ見をしただけで、すぐさま隣の林に突っ込んでしまう始末だ。  
そもそも中級にしたって、難しいコースのほうが上達が早いから、と  
半ばむりやりに真理に引きずられて登ってきたぐらいなのだ。  
・・まあ、運動音痴なこのぼくが、たった一日でよくもここまで  
進歩したとは思うが、それでも、  
「いくらなんでも上級は無理だよ・・」  
「平気だってば、ね?」  
「真理だけ滑ってきても構わないよ、ぼくは下でまってるからさ」  
「ひとりで滑ったってつまらないじゃない」  
真理はなかなか引き下がらない。彼女にしてみれば、今日は一日  
初心者のぼくにつきっきりだったので、滑り足りないのだろう。  
そう考えると悪い気もしたが、既にぼくの足腰は悲鳴をあげている。  
そうしてしばらく同じようなやり取りを続けていたのだが、  
「ふうん、じゃあいいわ。誰かかっこいい人を見つけて一緒に滑るから」  
 
・・これは効いた。  
なにしろ真理ほどの美女だ。ぼくが一緒にいなければ、すぐにでも  
誰かが声をかけてくることだろう。 彼女は冗談のつもりだろうが、  
実際、朝から何人の男がぼくを憎らしげな目で見てきたことか。  
 
僕は・・  
 
 A:「わかったよ!」と、慌てて了承した。  
 B:「いいよ、僕も可愛い子とお茶でも飲んでるから」と、突っぱねた。  
 C:「しょうがないなあ、真理は〜」と、手をからめた。  
 D:「お仕置きだあ〜!」と、いきなり押し倒した。  
 E:「仕方無いなぁ。一回だけだよ」と、つきあう事にした。  
 
 
 
「わかったよ! 行くよ、行きます!」  
「ふふふ、そうこなくっちゃ」  
「まったく、もう・・」  
ため息をつくぼくを尻目に、真理はスイスイとリフトに滑っていく。  
ぼくも転びそうになりながら、あわててガニマタで追いかけた。  
 
いやいや来たものの、何度か滑っているうちに上級コースにも  
慣れて・・なんて甘い考えは、やっぱり通用しなかった。  
ぼくは御丁寧にもコブのひとつひとつにすっころび、レンタルの  
スキーウェアはぐしょぐしょになっていた。  
「真理・・もういい加減で下りない?」  
三度目の往復でとうとうぼくは根を上げた。怪しかった雲行きは  
とうとう吹雪になり、きづけば他のスキーヤーの姿は見当たらなく  
なっていた。  
真理にいわせれば、人がいないほうが面白いらしいが。  
「・・じゃあもう一回だけ、これで本当に最後の一回! ね?」  
「・・・」  
もう抵抗する気力もない。ぼくは力なく立ち上がり、うつむいたまま  
前を滑る真理のシュプールをモタモタと辿っていった。だから、  
彼女がさっきまでと違うリフトに向っているのにも気付かなかった。  
 
「あれ?」  
リフトにのったところで、ぼくは座席の感覚に違和感を覚えた。  
「これって、さっきのリフトとちがうね」  
そういうと、真理はなぜか可笑しそうに目線をそらした。ぼくは  
首を傾げたが、やがて見えてきた鉄柱がそのわけを教えてくれた。  
リフトを支えている鉄柱には、その本数と何本目のそれであるかが  
記されている。ところが、さっきまで1/12だったはずのそれが、  
「『1/32』!!?」  
唖然としてぼくが声を上げると、隣から悪びれた声が聞こえてくる。  
「だって最後だから・・最上級コースにしたの、ゴメンネッ」  
「・・・」  
これは無理だ。いくらなんでもこんな疲れた身体で、命にかかわる。  
苦笑いを返しつつ内心で、このままリフトにのって折り返そう、と  
頭に決めた。しかし事態はそれほどなまやさしいものではなかった。  
「・・・」  
「・・・」  
鉄柱の数字が10にもならないうちに、吹雪が急にその勢いをまし、  
あっというまにあたりは真っ白になってしまった。あまりの視界の  
悪さに二人とも黙りこむ。  
これでは熟練者の真理だって滑り降りるのは危険だ。  
「・・真理、このまま折り返したほうがいいよ」  
「・・うん・・・・・ゴメン、ね」  
真理はどちらかというと気の強い女の子だ。だけど彼女はちゃんと  
自分の間違いを認められる人で、そういうときの真理はほんとうに  
しおらしくて、そして可愛らしい。ぼくは真理の肩に手を回し、  
リフトが止まらないことを祈りながら彼女の身体をそっと抱き寄せた。  
不安定なリフトからぼくらを振り落とそうとするような強風の中、  
真理はぼくの手を拒まなかった。  
 
さんざん強風にあおられ、下を見れば目も眩むような谷底。  
なんとも頼りないリフトの旅はまるで何十時間もの長さに思えたが、  
ようやくぼくたちは32/32の数字に辿り着いた。  
だが無情にも、図ったようにリフトは頂上で止まってしまった。  
「なんだよ! くそっ!」  
「誰もいない・・」  
リフト脇の事務小屋は、既にからっぽだった。  
乗ってくるときに既に係員がいなかったのが気にはなっていたけど、  
これは待っても無駄だろう。  
「・・まあ、途中で止まらなかっただけマシか」  
「どうするの?」  
「しょうがないよ、板を持って歩いて下りよう」  
「・・そうね。じゃあ、こっちからいきましょ」  
真理はてきぱきと板を外し、肩に抱える。真理にしては素直だ。  
さっきのことを負い目に感じているのだろうか。  
ぼくは何か明るい話題を探したが寒くてとても頭がはたらかず、  
結局無言のまま彼女と並んでふかい新雪を踏みしめていった。  
 
五里霧中、とはよくいったものだ。吹雪は勢いを増す一方で、  
ほんの数十センチ先を歩いている真理の背中すら霞んで見える。  
にしても、ぼくが真剣に危機感を覚えだしているのを他所に、  
どういうわけか前を歩く真理の足並みには不安のかけらもない。  
たまらずぼくが弱々しい声を出そうとしたときだった。  
「・・透」  
と、真理が前方を指差した。  
目をこらすと、そこには小さな小屋が建っていた。  
 
「ちょっ・・」  
ぼくがちっぽけな小屋を眺めていると、真理が平然とドアノブに  
手をかけたので、あわててぼくは止めにはいった。  
「いいのよ」  
「えっ」  
「誰もいないから」  
なんでそんなことがわかるんだ・・といいかけたが、  
真理はさっさとドアを開けてしまった。でも彼女の言う通り、  
中は無人で真っ暗だった。真理が手探りでスイッチを入れると、  
薄汚れた蛍光灯が何度か点滅し、やがてしっかりとした照明になった。  
室内を見回してみる。どうやらここもスキー場の用務室のようだ。  
小さな無線機と、テーブルやソファなんかがあり、  
炊事場には生活感を感じさせるお湯のポットなんかが転がっていた。  
「ドア、閉めて」  
「え・・あ、うん」  
真理はまるで自分の家みたいに歩き、棚の上からマッチを取り、  
隅の古ぼけたストーブに火をつけた。  
「ここで雪が弱まるの待ちましょ。透、疲れはててるもの」  
「あの・・」  
「ほら座ってよ。そうだ、マッサージしてあげる!」  
 
・・なんだなんだ、どうしてこんなにいきなり元気になるんだ。  
と、訝しげなぼくが考える暇もなく、真理はさっさとぼくのウェアを  
剥ぎ取ると、ソファにうつ伏せにしてしまった。  
 
「どう?」  
「き・・気持ちいい・・」  
真理のしなやかな指がぼくの足を丁寧にほぐす。マッサージが得意  
と言うだけはあって、彼女の慣れた手つきでぼくのふくらはぎは  
たちまちバターのように溶ろけていってしまう。あまりの快感に  
気を失ってしまいそうな一方で、ぼくの意識は背中の上に後ろ向きで  
乗りかかっている真理のむっちりとしたお尻の感触に釘付けだった。  
彼女の動きにあわせてゆさゆさと服越しに伝わる快感が、あまりに・・  
「・・・」  
「透、すごく固くなってるね」  
なってます・・。  
・・うつ伏せでよかった。  
 
「痛っっっ!!」  
「あっ・・! ご、ゴメン、・・大丈夫?」  
痛めていた足首をさわられて思わず声を上げてしまい、  
真理のマッサージの手が止まる。ぼくは焦った。  
「あ、全然大丈夫! そこ、さっき軽くひねったんだ」  
正直、この至福の時間を味わえるなら、足首なんか折れてても構わない。  
「うん、ごめん・・。あとで冷やしたほうがいいかもね」  
そういうと真理はマッサージの続きをしはじめ・・、すぐにやめた。  
 
もうおしまいかな? もうすこしお尻に敷かれてたかったのに・・  
と、ぼくがガッカリしていると、真理は腰の上で座る向きを変えて、  
そっとぼくの背中に手を這わせた。  
「ゴメンね」  
「ん?」  
「透、スポーツダメなのに無理させちゃって」  
背中から聞こえてくる彼女の声は、どこかいつもと違った。  
 
ぼくは・・  
 
 A:「まったく散々だよ」と、迷惑そうにため息をついた。  
 
 B:なんとなく黙っていることにした。  
 
 C:「なにかおわびが欲しいなぁ〜」と、からんだ。  
 
 D:「得意なスポーツもあるぞ! セッ・・」と、わけの分からないことを言った。  
 
 
 

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