胸に置かれた両手は、爪を立てないようにという配慮なのか第二関節を曲げており力が入りにくくなっている。
 それで熱を溜め込んだ体を支えようというのだから、うまくいかないのも無理はない。
「ぁ……っ、く」
「無理すんなって。もっと体重かけていいから」
 何よりこんな状況で焦らされてるこっちも辛いし。
 折角の譲歩案に何も答えず、彼女は通常時より力が入らないであろう体を御することに没頭している。
「スカート持ち上げたらどうだ? 口にくわえて」
「そんなっ、の、……絶っ対に、やってやる……もんかっ」
 あんたから丸見えなだけであたしからはわかんないじゃないか――ぺち、と胸を叩いてから、
「……じゃあ、ちょっとだけ、力かけるけど」
 すまなさそうに断ると、ゆっくりと腰を持ち上げる。触れた感覚にぴくりと反応した後は、抵抗なくそのまま腰を落としていく。
「っは、ぁ……――っ、ぅ、っあ」
 熱いなかに包まれるも、途中で侵攻が止まる。ぎゅうと目を瞑った彼女は力なく首を振って、意思を告げてきた。
「こ、これ以上……は、無理……だよっ」
「本当に?」
 そう聞きながらも、エプロンが巻かれた腰に両手を伸ばす。ただし軽く添えただけに留め、今は余裕ある表情を作ることに気力を向ける。
 いつでも手伝える――許してやる――姿勢は見せた。だから後ちょっと頑張れないかという二つ目の譲歩案に、しいなは素直に乗ってきた。かり、と胸元に鋭い痛みが走る。
「やっ、あ……ぁ、あ、だめ、っや、だあっ……!」
 しいなは幼児が駄々をこねるように激しく首を振った。先ほどより曲がった両肘ががくがくと震えて――というか、全身が小刻みに揺れている。うなだれた表情は見えない。
(俺さまもそろそろ、限界かな)
 例え中途半端な位置であろうとも、締め付けはずっと続いているのだ。見てやしないとわかっていながらも、最後の余裕を笑みに変える。
 よくできましたと呟き、かくりと垂れた頭を撫でてやる。その手が再び腰に移動してようやく、しいなはふらりと顔を上げた。
「ぇ、っあ、まっ」
「ごほーびに、後は俺さまに任せていいから、なっ」
 滑りそうな布地をしっかり掴んだ両手と、じっと動かさずにいた腰へ、同時に、方向性が真逆の力を入れる。柔らかい体が黒髪を揺らして弾んだ。
 後は勢いに任せた体が勝手に動いた。そこに、意思が介入する隙など残っていない。
 どうすれば彼女が悦ぶのか、どうすると彼女が悦ぶようにしてきたのか、それを一番わかっているのは他でもない己の体であったから。
 それは、無闇に回数を重ねた結果ではない。ただ自分が、相手に合わせるということを意識しただけの話だった。
 本当にたったそれだけで、調教だの何だのといった――いかがわしい響きのある単語に分類される――行為は一切していない。ていうか、そんな恥辱を伴う真似をすればその場で半死に追い込まれ、二度と視界に入れてくれもしないだろう。そんなのは冗談でも勘弁してもらいたい。
 だいたい、そこまで自虐趣味に走るほど、今の俺さまは真っ暗闇のどん底じゃあないのだから。
 今目の前で、すぐ側で、体を繋ぎ合わせて、誰にも見せたことのない表情と声と態様を晒す彼女が――
「ぜろ……っや、あっ、はぅっ……し、すぎ……っ」
 ただひたすらまっすぐに。
 多大な紆余曲折を経て一つになった世界を見据えるのと同じに、何の濁りも歪みも誤魔化しもなく、ただただまっすぐな瞳で。
「ちょ、あ、っひゃ……――んっ、う」
 否定されることしか感じられなかった俺さまを、そのありのままを認識したその上で、いいからこっちに来なよと何気なく呼んでくれるから。
 ゼロス・ワイルダーという存在を、当たり前のように受け入れようとするから。
「や、ほんと……っに、ぁ、だめ、っあ――」

 それが例え、彼女が生来の優しさに従っているだけだとしても。

(――それでも)

 自分を受け入れてくれているのだと錯覚できれば十分だった。
 他人から思われているほど、自分は強くできてなどいない。あともう一度同じような目に遭えば簡単に壊れてしまうだろう。その自覚と自信はあった。
 だから、どうせここで失敗すれば終わりなのだ。彼女が離れて行ったりしたら、それは「ゼロス・ワイルダー」の、もう次はない確実な最期だ。
 自分は彼女によって生かされている。彼女にその自覚などはありえなく、こちらの勝手な思い込みでしかない。
 けれどそれは間違いなく、ゼロス・ワイルダーにとっての真実であり事実だった。こればっかりは否定しようがない。認める。というか、認めたくてならない。
 自分は彼女が必要なのだと。
 このどうしようもない、自分にとって害悪としか感じられなかった、今でもいつか牙を剥くんじゃないかと疑っているこの世界で、それでも執着できるものがあるのだと。
 ここで生きる意味がまだあるのだと、そう思いたかった。
 そうすることで、この世界に――彼女と同じく真っ直ぐな瞳を持った少年が救った世界に――、これからも存在して欲しいと願えるから。

「しいな。こっち、顔見せて」
「っあぅ、なん……っ」
 力の入っていない腕を取る。引き寄せた反動でこちらも上体を浮かし、中間地点で喘ぐ唇を塞いだ。数秒後に背中がベッドをバウンドする。
「っぷは、っぅんむ」
 いまいちかみ合わなかった接合をやり直すべく、一息吸い込んで即座に重ね合わせる。
 苦しげな息遣いもくぐもった声も掻き消すように、咥内で水音を立ててやる。自分のと同じぬるぬるしたそれに吸い付くと、逃れようとするのをどこまでも引き止めた。
 抵抗がなくなってしばらく、ねっとりとした密着を解いた。か細く荒く呼吸を繰り返す、ぼんやりとした視線が自分を捉えて――捕えて、いる。
「しいな」
 首だけを重く上げ、こちらの胸に倒れ付すような格好の彼女は、呼んだ名前に僅かに反応した。
 彼女の回復を待つフリで、ゆっくりと呼吸を繰り返しながら、下方に蓄積したものを過剰な努力で抑えつける。
 気を紛らわそうと乱れた黒髪に手を触れさせた。指を通すと軽くひっかかりを覚える。
 そのまま一房手の中に握りこんで弄って解きほぐすと、艶やかな黒が指の間をさらさらすり抜けていった。
 まるで逃げていくようなそれから目を離せば、しいなの目線が何もなくなったこちらの手を向いている。視線を一身に受ける右の手のひらを、彼女の頬にぺたんとあてた。
「見るんなら、こっちだろ」
 力はほんの少しでよかった。それだけで、彼女はまっすぐ、至近距離から見下ろしてくれる。
「あ……あたしがどこ見ようと、勝手じゃないか」
「俺さまが見たい」
 嘘だった。
 否、全くの嘘ではないけれど、理由は別にある。
 自分が真正面から彼女を見れば、彼女だって同じく、自分を見つめることになるから。
「ぁ、あたしは、その……こういうときに、あまり見られたかないよ」
「わかってないねぇ。こういうときだからこそ見たいわけよ」
「なっ……お断りだよ!」
「冷てぇなあ」
 うるさいっ、早口で呟くと、しいなは頬の手から逃れるように首を動かす。自然、空いたままの左手が彼女の頬を包み、両手で挟む形になる。移動を中断させられた首は元の位置で固定された。
「……あたしの顔なんか見たって面白かないよ」
「俺さまは面白いっていうか、楽しいんだけど?」
「あんたはそうでも、あたしは面白くもたのしっぅあ!」
 先ほどのキス以降、ほとんど動かずにいたせいで完全な不意打ちだったらしい。表情を艶かしく歪めつつ、しいなは現在の感情を剥き出しにして睨んでくる。
 それをいつもの、表情を隠すための笑顔で受け流しながら、
「そうやって、見てくれてりゃあいいんだよ」
 簡単には聞き取れないよう、低音で小さく呟いた。
 それに気付いたしいなが眉間の皺を緩めた瞬間を狙い――中断していた動きを再開する。
 制止の言葉を切れ切れに発させ意味を抹消し、徐々に甲高く甘い悲鳴へとすりかえていく。
 不規則な間隔で揺れる軟らかな肢体。その顔はずっと、自分勝手に刺激を与え続ける自分の方を向いている。
 最奥を突くたび何かに耐えるようにぎゅっと目が閉じられたが、それ以外は全て自分を見ている――ように感じたのは、快楽に酔わされた脳が見せた、都合のいい幻想だろうか。

(――そんなんだって、いい)

 正直限界だった。
 だからもう思考するのも億劫でどうでもよくて、ただできることなら彼女もちゃんと悦ばせてやってから――奉仕返しということで続けたのだし――と、それだけが頭に残っていた。
「あ、っはぅ、ん……っひ、あ、も、だ……っ」
 そのタイミングを、紛えるわけはない。
「しい――、なっ……!」
「ひゃ、っあぅ……――っ!!」
 びくん、と大きく震えたあと全身をしばらく痙攣させて、こちらの胸に倒れ伏したしいなから、くたりと力が抜けていった。


 全身を覆う気だるさも、伸し掛かる重みも、汗ばむような熱も――それらは全て、これが現実だと告げてくれていた。
 自分の存在を許してくれる彼女の存在は、嘘などではないのだと。
 そして、この世界で生きていたいと思う、自分の気持ちも――全て。

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