「二、度、と! こんなものは着ないからね!」
「えー。いーじゃんしいなあれ結構似合ってたぜ?」
「やっかましい!」
固く握った拳骨で力いっぱい殴られる。半ば慣習じみてきているとはいえ、痛いものは痛い。
「っく〜……このままじゃいつか俺さまバカになっちまうぜ」
「安心しな、今でもじゅーぶんバカどころか大バカだから」
「うわ、しいな酷い!」
「本当のことじゃないか」
どこまでも冷酷に切り捨てると、しいなは脱いだメイド服が入った袋を手にとった。
「とか言いつつ大事に持って帰ろうとしてるのはどーしてかなあ?」
「……さっきの話聞いてなかったってのかいあんたは」
いやいや聞いてましたようんちゃんと聞いた、とぱきぽき拳を鳴らしだした相手から体を退く。
ほぼ着たままだったのでそれなりに汚れた衣服を、いらないなら適当に処分しとくし必要ならクリーニングに出しとくけどと、こちらとしては善意からの提案をしたつもりだったのだが。
数時間前まで奉仕活動に勤しんでいた彼女は、次のような会話の後、冗談じゃないの一言で一蹴してくれたのだ。
「……それ、どっちにしたってセバスチャンに頼むってことじゃないのかい」
「まあそうなるわな」
うーむ、素直に答えすぎたのがマズかっただろうか。
かといって俺さまがざぶざぶごしごしお洗濯ってのもなあ、と言ったら余計に気味が悪いよやめとくれ!と本気で気持ち悪がられるし。いや想像するのは勝手だけどやっぱ酷くないかそれ。
「だいたいクリーニングなら別に、業者の袋に入れて渡すだけだから見られやしないって」
「クリーニング終わったらあんたのとこに返ってくるんだろ? ……何か、ここに置いとかれるのもいい気分がしないよ」
「へえ、俺さまそんなことするよーに見える? ていうか、しいなエッチな想像しす――」
最後まで言わせてもらえぬまま無言でしこたま殴られたのは、つまり図星ってことかーと言い返す気力を無くすためだったのかと、痛みに悶えながら思った。
ていうか昨日から何回殴ったら気が済むんだしいな。変な快感に目覚めないうちに止めてくれ。多分そう言ったら明日まで殴られそうな気がしたので止めておく。
じゃああたしは帰るから、吐き捨てるようにして言った彼女はドアのところで一度振り返った。その表情はほぼ怒り一色だ。
「もう二度と、コレットにもあたしにも変なことするんじゃないよ! 次はないからね」
何がないのか目的語を言わぬまま、バタンと乱暴にドアが閉まる。
「わーってるって」
廊下にも聞こえるよう大声で叫ぶ。
それから耳をすまし、玄関が閉じる音を確認してから、心の中で続きを言った。
(危ない橋は、もう渡れねえしな)
*****
生き返ったそこは、まるで自分の知らない世界のようだった。
白と赤のコントラストではなく、極彩色でできていた。
ただただ心を動かなくさせる冷たさはなく、じんわりと奥から広がる温かさに満ちていた。
隣にあった笑顔は血染めの母親ではなく、馬鹿にするような呼称で自分を呼ぶ少女のものだった。
気が付いたときには、未だ自分を否定し続けるこの世界に、それでも居続けたいと、そう思ってしまっていた。
――彼女は自分に、世界を肯定する力をくれるのだ。
了
メイドネタはロイコレだけのつもりだったのが気が付いたらゼロしい版も書いてたとかそんな話。
当初はもっと現場だけしかないお気楽な話のつもりだったのがいつの間にかよくわからない話になってました。あれー?
(2008/06/22 up)
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