「……クロエ?」

 唯一自由な両腕と頭部。
 それらをかき集めるようにして丸くなって、耐え切れずに漏れ出す嗚咽を内に隠す。

「え、ちょっとおいクロエ」
 マジかよ、と小さく続けられたのもしっかり聞き取った私は、さらに小さく縮こまった。
 彼が動揺するのも無理はない。
 自分でだって、何でこんな真似をしているのかよくわかっていないのだから。
 ただこのことで、彼の自尊心なり何なりを傷つけてしまったのならば――それだけは申し訳が立たなかった。
 嫌われはしないだろうが、呆れられる可能性は高そうだった。
 真面目な女はこれだから手に負えないと、引かれてしまうかもしれない。それだけはできれば回避したいところだったが、多分もう無理だ。
 何故なら先ほどからずっとずっと、体の震えを止めることができないのだ。
 まるで何の力も持たない子供みたいに、ただ丸くなって、無力さを嘆くだけ。
 近づいてきた彼の指先に過剰に反応して、私はさらに小さくなった。このまま消えてしまれえばいいのにと――叶わぬ願いをこめて。
「……クロエ」
 トーンを落とした声が私を呼んだ。滅多に聞けない――ただし今日は幾度か聞けた――部類の声色に、けれど私は震え続けるしかできない。
「クロエいいか、起こすぞ」
 彼にしては律儀に確認を入れて、返事のないことを肯定とでもしたのか、両肩を掴まれて引き上げられる。抵抗は――しようと思っていたのに、触れられた肩から伝わる温かさに気を取られて、一つとしてできなかった。
 そうして気がつけば、私はその温かさにぐるりと囲われていた。
 手のひらも指も唇も一つとして触れていない。閉じ込めている腕だけが、背中にあたっている程度。
「悪い。調子乗りすぎた」
 ごめんな。繰り返される言葉はひとつひとつ私の中へと染み渡っていく。それは自分では払えなかった震えを少しずつ止めていって、やがて何ともなくなった。
 そうして残ったのは――震えの原因になった感覚と同じ――彼に与えられた、ひどく優しい温もりだけ。
 それがもっともっと欲しくなって、私は彼に体を寄せた。
 両の手のひらを、服越しでもわかる鍛えられた胸へ当てる。
 耳をつければ彼の心音が聞けただろうか。聞いてみたいと思ったが、体勢的に難しいので我慢して。
 額から頬にかけてを、鎖骨の間に触れさせるようにして寄りかかった。言葉が勝手に滑り出る。
「……怖かっ、たの」
「本当、悪かった。ごめん」
 もう怖くないからいいの――そう答えようとして喉が詰まって、私は弱々しく首を振って意志を伝える。
「その……やっぱ、やめとくか?」
 これは――そう、彼なりの優しさや気配りがそう言わせているのだ。最中に泣いて震えるような相手は話にならないとか、そういう意味ではない。
 それだけは確信できた。
 私を包み続ける、この温もりがあったから。
「……あまり」
 だから私は、
「ひどいこと……とか、しないのなら」
 触れさせていた両手の指をゆるく曲げて、
「……平気」
 彼のシャツを力なく掴んだ。

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