残っていた下着とスカートは、ゆっくり優しく何度も続けられるキスの間にあっさり抜き取られていた。
お互いに座った体勢のまま、唇だけでなく頬や耳や首筋や鎖骨や――目に付いたところ全てに触れる勢いで、彼の唇が落とされていく。ひときわ強く吸われたのは胸。先ほど吸い付かれた頂にではなく、内側を(そこへ紅い痕が残されたことに気付いたのは翌日になってからだった)。
自然と荒くなる呼吸を静めることに気を注ぎながら、ともすれば支えられずにソファベッドに倒れてしまいそうな自分を叱咤する。
彼から与えられる刺激、そして己の内側から沸き出でる感覚が、じわじわと私の中で浸透して何もかもを霞がからせる。
思考も、理性も、自制心も、全身の力も。
「っは、……ぁ、っん!」
彼はひとつふたつ触れてきてはちらりと私の様子を確認する。その度に目が合うので恥ずかしいことこの上ない。
何度か目を逸らしたり瞑ったりしてかわしてみたけれど、見られていることには変わりないので恥ずかしいことにも変わりがなかった。
何故だか滲んできた涙を拭うこともできず、私は半ば睨みつけるように、彼と視線を交わし続ける。
その都度見ることができる彼の表情が、少しだけ歪んだ愉悦に浸っていることに怯えて、でも嬉しく思いながら。
(だ、って……)
こういうときにいちいち気を遣わせるのは、何と言うか……面倒だとかつまらないとか――つまり後悔に似たことを考えているのではないかと、ほんの少しだけ危惧していたのだ、実は。
(信じて、なかったわけじゃ、ない……けど)
恋愛というものに憧れは持ちつつも疎いままだった十四年間で、初めてのことなのだから。
(理解できないものに、人は……理由なく、怖れを抱くもの……だ、から)
だから、彼を知りたい。
そして、自分を知って欲しい。
――心から、そう思う。
「ふぁ……ッ!」
また胸に張り付いてきた彼が、いつの間にか硬度を増していたそこを食んだ。それも――ゆるく、ではあったけれど――歯で。
痛みのすぐ手前ほどの、舌で乱暴に舐られるより鋭角な刺激が私へ伝えられる。
私は眼前の頭に両手を添える。茶髪の中に潜り込ませた指で、中断の旨を返信しようと試みる。もちろんのこと、無視されて。
「ぅんっ……ピエールっ、か……噛むの、っはだめ……っ」
途切れ途切れに言葉にすると(行為を言葉にするのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった)彼はようやく顔を上げてくれた。どんな表情をしたらわからない私に、彼はにやりと笑ってみせる。
「感じすぎる?」
「っな……!」
私の頭の中で小爆発が発生した。実際何を言われたのか明確にはわからないのだが、ニュアンスみたいなものはわかる。半ばからかわれているのだと直感的に理解が及んだ。
あまつさえ彼は、真っ赤な顔を強張らせた私を見て小さく吹き出す始末で。
何か文句を言ってやろうと、あらゆる意味で煮えたぎった頭を回転させていると、
「クロエお前可愛いすぎ」
などとまるで文脈の繋がらない言葉を返された挙句、わしわしと頭を撫でられた。
「な、何言っ」
ごちん。
反論を遮るように頭が引き寄せられて額同士がぶつかった。少し痛い。
デジャヴめいたものを感じながら、やはり閉じてしまっていた目を開くと、
「ほら閉じる」
聞き終えた瞬間に重ねられて、閉じる時間は永遠に失われた。
私は文字通り目と鼻の先にある、彼の閉じられた瞼を見つめて――結局自分も閉じた。侵入してきた舌を耐え切るのに、視覚情報の分析をしている余裕がなくなったからだ。
しばらくろくな呼吸もできないままで、酸素を求めて暴れる肺を落ち着けて、ふと自分の手を見た。倒れないようにと掴んでいた彼の肩口。
そっと片手だけ外してみると、そこだけシャツが握り締めたときの形を保って皺になっている。
(……そういえば)
自分はもう残すところショーツ一枚という、心許ない以前に死ぬほど恥ずかしい状態だというのに。
彼は何一つとして脱衣行為を行っていないことに、ようやく気付いた。
「……ずるいわ」
「ん? 何が」
数十秒ほどご無沙汰していた酸素を取り込みながら、私は思ったことをそのまま口にしていた。
酸素不足で頭が回らなかったせいだと、彼に覗き込まれつつ問い返されて初めて気付かされて。
慌てて、なるべくさり気なくなるように――無理だそんなの――目を逸らして、続ける。答えなかったらきっと追求してくるに決まっているのだ、このスケベ男は!
「わ……私ばかり脱がされてて、あなただけ、そのまま……なの、は」
だからどうして欲しい、という要望までは述べなかった。だってさっきからずっと嫌な予感がしていたから。
はーん?とか聞き慣れたからかいの感嘆が聞こえて、予感は確信に変化する。
「クロエ、そんなに俺のハダカ見たい?」
「っそうは言ってないでしょう!? ただ私はそれは不公平だと思ってっ……」
癖でつい振り向いて訂正を主張し、ああまた策略に嵌ったと後悔するがやっぱり遅かった。
品の悪い笑みを浮かべた彼は、思惑通りになったことを心底喜んでいる。ほぼ正確に理解できる自分が、今は――今だけは――悔しい。
「ま、確かにそうだな。それじゃご期待に添えまして」
「期待なんてしてないわ!」
律儀だなあと笑いながら、彼はシャツの裾に手をかけた。……が、軽くまくりあげようとしたところで動きを止める。
「ピエール? どうかしたの」
「……いやさあ」
口調だけは言いにくそうに、けれど顔はにんまりと歪めて、シャツを元に戻してしまう。
「脱いで欲しいんなら、クロエが脱がしてくんないかなーって」
はいどうぞとばかりに両腕を無防備に広げられ、私の思考は一瞬だけ真っ白になった。
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