「ここは……?」
「さっきも言っただろ? 俺のもひとつのとっときの場所」
 先ほどの高台から歩いて三分ほど。
 彼が示したのは、コテージというよりはバンガローと称する方がしっくりきそうな、ちっぽけな木造の小屋だった。
「俺の隠れ家」
 ささどうぞ、とドアを開けてエスコートされる。中は真っ暗なのかと思ったらぼんやりと明るく、内部の輪郭程度は目を慣らさずとも視認できた。
 外見より中は広々としている。といっても宿舎の個室と同じくらいだろうか。
 入り口から向かって右手に窓が一つ。
 暗がりの壁際にごちゃごちゃと機材のようなものが積まれており、正体がわかるものといえば、左手奥に置かれているソファ程度だ。
 ドアが閉められると、入り口から数歩のところで立ち止まっている私を追い抜きざま、彼は私の手を取って共に前へ進ませた。
「ほら、俺んとこ弟とかとのタコ部屋だろ? だから一人になりたいときに使ってるってわけ」
「……逢引部屋、の間違いじゃなくて?」
 不遜な想像に私が立ち止まると彼も歩みを止める。警戒し始めた私を見下ろして、にやりとした笑みを向けてきた。
「俺しか知らないから、隠れ家だったんだぜ? 今はクロエに知られたから、今日から晴れて逢引部屋ってわけだ」
「誰にでも同じことを言ってるんでしょう」
「言ってないって。こればっかりは本当」
 真剣そうな眼差しで言われたが、口八丁手八丁なのがこのピエールという人物だった。
(どうだか)
 私は警戒を解かないまま、さり気なく彼の手を外す。そしてさっきから気になっていた方へと視線を向けた。
 小屋の大きさからするとやや高めの位置にある、天井。
「……凄いわ」
 見上げると広々とした星空が見える。室内なのにそれが可能であるのは、明り取りの窓が天井に設えてあるからだった。それも随分と大きめのものが。
「だろ? 元は何かの観測用の小屋だったみたいだけど、今はこの通り使われてない」
 最初見つけたときはそりゃー酷いもんだったぜ、そうしみじみ言いながら彼は歩み寄ったソファの背をぽんと叩いてみせて、
「それじゃ、お嬢様はこちらへ」
「……お嬢様なんかじゃないわ、私」
「言葉のあやってヤツだって。……じゃあクロエ、こっち来て座って」
 肩を竦めてから、まるで子供を宥めるような口調で言い直されて、さすがに従わないわけにはいかない。
 私は真っ直ぐ彼に向かって歩いて、ソファの前まで辿り着いた。すぐ横に立っている相手にちらりと視線を送ると、ん、と頷かれる。
「……失礼するわ」
 体重をかけて大丈夫かしら、そんな心配は無用だった。
 腰掛けたソファはしっかりとした弾力で押し返してきて、思った以上にふかふかしている。正直、座り心地は良い。
「ビックリしただろ?」
 すぐ側から聞こえた声とともに、地盤がぎしりと揺れた。
 肩が触れそうな距離で、彼も同じくソファに座り込んだのだ。思わぬ至近距離に慌てて顔の向きを正面に戻しながら、ええ、となるべく落ち着いた風を装った。当然見抜かれていただろうけれど。
「これも掘り出し物でさ」
 彼は嬉しそうに、この小屋にまつわる諸々を語り始めた。さほど興味がなかったけれど、語り口が上手いのでつい話に乗せられる。気が付いたときにはもっと色々聞きたいとまで思うようになっていた――否、思わされていた。
 ああ、これが彼のやり口なんだわ――そう思いながら、けれどその魔手から逃げようとは思わない。
 逃げる方法が見つからなかったせいもあるけれど、でも、今この時の雰囲気は、どきどきして、とても心地よかったから。
「――クロエ」
 そうして半ば見惚れるようにぼうっとしていた私の腕を、彼は唐突に引っ張った。短い悲鳴をあげた私は、バランスを崩して倒れこむ。彼の鍛えられた腿の上へ。
「何をするのっ」
 急ぎ起き上がろうとする私を彼が押さえつける。
 まあまあ落ち着けよとか言われてもこれが落ち着いていられるもんですか!
 しかし彼の力は予想外に強い――男なのだし力で敵わないことはわかっていたけれど、異性に対して手加減を知らない人ではないはずなのに。私はそのことに少なからず違和感を覚え、困惑の目を向けた。
「……ピエール?」
「そのまま目、閉じて」
「何故?」
「いーからいーから」
 調子よく伸びてきた彼の手が私の目元を覆った。大きな、そして温かい手のひら。
 跳ね除けるのもきっと無理なのだろうと思って、渋々私は従うことにした。但し何か妙なことをされた場合に備え、神経を集中させ、全身に緊張を伴いながら。
「クロエ、力抜けって」
「……それは必要なことなの?」
「必要も必要。そしてとおっても重要」
 全身から力を抜こうと努力してみる。
(って、無理に決まってるじゃないのこの状況で!)
「ほらクロエ深呼吸深呼吸。はいすってー」
 言われたとおり、息を吸ってみる。
「はいてー」
 吐いてみる。
 まるで子供騙しみたいなそれを幾度か繰り返して――先に根をあげたのは彼の方だった。
 はあ、と頭上からため息が落ちてくる。露出した右の耳をその吐息にくすぐられて、私は小さく身動ぎした。
「そんな緊張することないだろ?」
「っ……そもそも、一体何が目的なのこれは」
 理由もわからずただ意味不明な行為を押し付けられてはさすがに私も我慢ならない。
 ずっとあてられたままの手のひらをそっと押しのけ、
「この行為に何の意味があるの?」
 じろりと。
 一生懸命睨みをきかせられるよう、ともすれば赤くなって何も言えなくなってしまいそうな自分を奮い立たせる。
「いやほら、ひざまくらって気持ちいいだろ?」
「あなたのこれ、固くて痛いだけでちっとも気持ちよくなんてないのだけど」
「……大胆なこと言うなあ」
「は?」
「いやいやこっちの話で。……もっかい言ってみてくれる?」
「どうして」
「どうしても」
(……)
 ものすごく嫌な予感。だいいち、彼のこの笑みを見てさらりと言える方がどうかしてるわ。
「とにかく、もういいでしょう」
 押さえ込まれていた肩の手を振り払う。というか振り切って、私は元の位置に座りなおした。
 ぼさぼさになった髪を手で直しながら横目で睨む。
「一体何なの今のは」
「……やっぱダメか」
「どういうことなのか説明してくれるでしょうね?」
 ため息混じりに呟いて、かくりと肩を落とす彼へ念を押す。
 ああ、と白旗代わりの片手が力なくあがった。

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