反射的、かつ自動で動いた己の体に、賞賛を送りたいようなそうでもないような。
 そんな微妙な心地のまま、私はベッドに倒されかける途中の体勢で、彼の腕を足で挟んでいた。その手の先は下着に届くか届かないかの瀬戸際。
 どうしよう。動けない。
「クロエー。観念しようぜ? 今更俺は止められないし」
「っ……でも、だって」
「乱暴にしないし。優しくすっから。な?」
 少しずつにじり寄りながら、ピエールは笑顔の目を細める。
「そんな顔で言われても説得力がないのよっ」
「今更顔を直せと言われても。……じゃあどうしたら信じてくれる?」
 信じたいのは山々なのだ。
 けれどどうしても、そのやたらと嬉しそうな(風に見える)笑顔に裏を見てしまう。
 あるかないかもわからないその裏側というやつは、私の想像というか知識を超えたものであり――つまりは怖い。
「わからないわ、……そんなの」
 彼の顔を見ているとますますわからなくなりそうだったので、私は顔を俯かせた。
 固めたままの足から次第に力が抜けていく。彼を信じる信じないは関係なく、先に進まれるのはもう時間の問題だった。
「クロエ」
 急に耳元で囁かれた。それもわざと吐息を吹きかけるように。
 ぞわりと走った感覚に緊張していた筋肉が一瞬だけ弛緩して、
「ひゃ、あ!」
 触れてはならない場所に触れられている感覚、そこが――私の常識的に――あってはならない状態にあるという事実。
 慌てて閉じた両足が、その現実を留めさせていた。
「クロエ、濡れて――」
「し、知らなっ」
 耳朶を内側から侵食するような、彼の声から逃れようと上体を捻る。が、元々中途半端な姿勢であったため、バランスを取りきれずそのまま後ろに倒れこんだ。その衝撃で彼の指が布越しに沈む。
「っあぅ! っや、ぁ、ピエール、待っ……!」
「もう随分待ったぜ?」
 そこがどうなっているのかわからない。
 彼の指から与えられる刺激にどう反応していいのかもわからない。
 生殖行為の結果起こりうる身体の変化――受精による新たな生命の誕生、細胞の成長過程。それなら知っている。
 つまり私が知りえているのは学問の範囲だけで、行為にまつわるアレだのソレだのは、そういう話で盛り上がる学友の会話を軽く聞きかじったその程度。
「あ、っひゃ、だ……めっ、ぁ」
「ほらクロエ、ちょっとでいいから、力抜いて」
「無理、むりよそんっ、……ぁ、のっ……」
 額に柔らかい感触が落とされる。生憎、そんなもので誤魔化されはしない。
 だってそんなことをされても、ちっとも落ち着いてくれないのよ、私の心臓は……!
「いーから、素直になれって」
「何がっ、あ、っだめ、やぁっ……!」
 布地をずらしぬるりと直に押し分けられる感覚に、私の全身が強張った。
 他人が己の無防備な――鍛える術も防御のしようもない――部位から、蹂躙される、その感覚は。
(怖い)
 自分でだって触れたことのないそこを、他人が触れるのだ。
 自分で触れてどんな感じなのか確かめたこともないそこを、他人が触れてくるのだ。
「ぃや、あ、やだこわ、い……っ」
「俺が?」
「ちがうっ、だめやだぴえ、るっ……!」
 だから――この感覚は素直に受け入れてしまっていいものなのかと、躊躇してしまうのだ。
 私は子供みたいに首を振って拒否だけを伝える。押し進められる行為と、あなたが怖くて嫌なんじゃないという、その二点について。
「怖いんなら俺に掴まって。ほら」
 筋肉が緊張でガチガチになった私の手は小刻みに震えている。それを彼は両方とも力任せに、自分の首にひっかけさせた。
「まだ早い気もすっけど、爪立ててくれてもいいから」
「っ……!」
 さらに奥へと侵入された感触に、私は言われた通りに――というか、度を越して――従った。
 形容としては「しがみつく」の方が正しい体勢で、彼の所作を享受する。
「あ、あっ、は……っくぁ、う」
「どんな感じがする、クロエ?」
 言われた内容を理解するのにも手一杯なのに、
「わっ、わかんな……、わからな、いっ」
「クロエ、合体のときの感覚。あれ思い出してみて」
「ふぇ、え……あ、っは……あ、あっ」
「――気持ちいい、だろ?」
(あ――)
 何となく、何かが繋がった気がした。まだよくわからないけど、でも。
(怖、い……けど、でも)
 彼と共に合体したときの、あの感覚。
 確かに未知なるものではあったけれど、でも――こんなにも、恐ろしくはなかったはずで、むしろ彼の言うように、
(気持ち、いい……っ?)
「っは、あぅ……ピエー、ルっ」
 切れ切れの呼びかけに、彼はきつく腕を絡ませている私の頭へ手を置くことで、応えてくれる。ぽんぽんとあやすみたいに叩かれて、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
 彼の指が髪の中へと入り込む。ゆるく梳きながら頭皮も一緒に掠っていくその指に、私の背筋はぞくりと震えた。
 首筋に辿り着いてもなお下降していったその指で、元々弱いそこへ直に刺激を送り込まれて、
「っあ、ぁああ……っ!?」
 複合された何かを取っ掛かりにして、ひどく理不尽で大きくて抗いようのない何かに、私は飲み込まれた――ように、思った。

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