――公平を期すならほら、クロエを脱がしたのは俺なわけで、じゃあクロエが俺を脱がすことこそが平等だと思うわけ。
(詭弁だわ、そんなのは!)
けれど一応は筋が通った論理であるだけに反論もままならず。
「……腕、上げてちょうだい」
「はいはーい♪」
今私は彼のシャツの裾を持ち、引き上げたそこから腕と首を通して脱がせる、という、これまた初めての行為に挑んでいる。
この上なく馬鹿正直に、垂直真上にぴんと伸ばされた両腕。
ベッドの上にあぐらをかいて座った彼から手の中の衣服を引き抜くには、私は立て膝にならざるをえない。
つまり、彼の――文字通り――目の前で、半裸を晒したまま脱衣介助に挑まなければならないわけで。
「……下げて。胸の辺りまで」
「えー? 別にいいじゃん」
「文句言わないで! いいから下げなさい!!」
私の剣幕にちえー、と子供みたいに舌打ちを言葉にして、彼は素直に腕を下げてくれた。
「少しだけ頭を下げて……ええ、そのくらい」
結局立て膝になり片手を背中の方へと回し、頭にひっかからないよう慎重に、シャツを引き抜いた。
さり気なくそのシャツで自分の前を隠しながら、ぼさぼさになった髪を軽く撫で付けている彼を見る。
月明かりの下でもわかるくらい、その胸筋はしっかりと鍛えられている。彼の得意とするものは足技であるのだけれど、かといってその他の部位の鍛錬を疎かにはしていない。スポーツマンとしては当たり前のことなのかもしれないが――彼はそういうところは律儀で真面目で、決していいかげんではないのだ。
(だから、)
女癖の悪評ばかりが目立っていた彼を、物事を真面目にしか捉えられない自分なんかが、好きになれたのかもしれない。
(……なんて、後付けは何とでもできるわね)
人を好きになることには多分、理由も理屈もないのだろう。
先日の悪ノリでからかったアポロとシルヴィアなどは、確かに――一万二千年前の恋人同士という――理由も理屈もあるのかもしれないが。
(でも、最初の相性の悪さったらなかったわ)
水と油――いやむしろ火と油か――のような、互いが互いを挑発して己を高く見せようとする、第三者から見たら不毛でしかないやりとり。
でもそれが、彼らを強く引き合わせ、惹きつけた。そこに理由も理屈もあったようには思えない。
出会い的には必然だったかもしれないが、過程的には――自分が知りうる限りでは――関係ないのではあるまいか。
「クロエー。俺のシャツ握り締めてそんな嬉しそうな顔とかされっと、困るなあ」
「っ!!」
身の危険を感じるようなその言葉に私は我に返った。
「なになに? 俺の温もりでも感じてくれてた?」
「そ……っ、そんなわけないでしょう!」
私は彼の追及から逃れるべく、軽く体の向きをずらした。位置的に彼から前が見えないことを確認してから、ずっと持ったままのシャツを丁寧にたたみ始める。
けれど、
「別にいーって」
あと一折り、というところで後ろから伸びてきた手に奪い取られてしまった。挙句、そのまま無造作に床へ放られる。
「……そういうところはいいかげんなのよね」
「へ?」
「何でもないわ」
私(とクルト)が、周囲から真面目で几帳面な性格と評されるのは伊達でも何でもない。ちゃんとしていないと落ち着かないのだ。
……ああ、気になる。
ちらりと服が落とされた床を見やるが、投げられたのは彼の後方であるため、よく見えない。
「脱いだ服なんかより」
私の気が逸れた瞬間、彼は素早く私の前に回りこんで距離をほぼゼロ状態にして、
「重要なのは中身だろ?」
眼前残り数センチの位置で気障ったらしい笑みを浮かべる。
私は頷くことも首を振ることもできないうちに、鼻のみによる呼吸を余儀なくされた。
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