瞬間、不思議そうな顔をしたサユリを強引に引き寄せて、貪るように唇を奪った。薄く開いた唇を舌でこじ開けてぬるりと絡ませる。
「んっ……んん、ん……!」
狭い咥内を蹂躙する最中に、一瞬だけ接合を緩める。呼吸しようと力が緩んだところを狙って、先刻と同じようにより深く唇を交わらせてから、今度はサユリの耳を両手で覆った。
「っ……?! ん、ふ、んく……ぅ!」
サユリは大きく目を見開いて、側頭部の手を引き剥がそうとする。もちろん無駄な抵抗だ。
今のサユリには、自身の咥内の音が反響して聞こえている。俺の舌が引き起こす淫靡な音に羞恥をかきたてられているのだろう。必死の抵抗に、俺はわざと大げさに音をたててやった。
きつく閉じられたサユリの目に涙が滲んでいるのを確認してようやく、手はそのままに唇を離す。離れる唇同士を薄く糸が繋いでいた。
「サユリ」
「ぁ……っ」
大きな瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。それを唇ですくい取りながら、塞いだ耳元近くで意識して声を低めにして、サユリ、と名を呼ぶ。
サユリの体がびくんと震えた。面白くなってもう一度、サユリ、と呼んでみると同じように反応が返ってきた。左の目元が痙攣するのを自覚しないまま、俺は五回ほど名前を呼び続けた。
「カタナ……やっぱり怒ってるの……?」
ただ名前を呼ぶだけの遊びを中断したのは、か細いサユリの声だった。ぽろぽろと流れ落ちる涙は嗜虐性を高めるばかりで、俺からすればまるで言動が一致していない。
「怒っていない」
「どうして、怖いことするの?」
「……怖い?」
心底不思議に思って聞き返すと、サユリは悲しそうな顔で呟いた。
「さっきからカタナ、怖いよ」
言い終えてから再びサユリは泣き出した。
小さくしゃくりあげる姿は痛々しく――そうさせたのは自分だと気付くのに数秒を要して、俺はそっとサユリの耳から手をはずした。
「サ……」
と、名前を呼ぶことですら怯えられる気がして、俺は言葉を飲み込み唇を噛んだ。
「……すまない」
何を言っても薄っぺらい言葉にしかならない。
少し冷静になればすぐにでも気付けたことだ。サユリは下種どもに「男を悦ばす手順」を教わっただけにすぎない。
そこにあったのはどこまでも純粋な、俺を喜ばせたいという気持ちだけだ。卑しい気持ちなど一つとしてなかった。
「お前を怖がらせるつもりはなかった」
俺が勝手な勘違いをしたばっかりに、サユリを傷つけてしまった。それだけが揺るぎない事実で、俺をこっぴどく打ちのめした。
「悪かった。……部屋に帰れ」
三分ほど経ってサユリは泣き止んで、五分経った今も俺と同じベッドの上に居る。
帰れと言ったのが聞こえなかったのか。しかしそれをもう一度口にするにはかなりの勇気を必要とした。
サユリを傷つけかねない言葉を、二度と言う気にはなれない。
「カタナ」
掠れた声が俺を呼んだ。顔を上げると、泣きはらしたサユリがじっとこちらを見ている。
「カタナ、サユリのこと嫌いになった?」
「そんなことは、ない」
即答したはずみで、お前こそ俺を嫌いになったんじゃないのかと言いかけて止める。その聞き方では、本心はどうあれそんなことないよと言うだろう。サユリとはそういう少女だ。
そこでようやく、俺はずっとサユリに甘えていたのだと気付いた。
「サユリは、カタナのこと好きだよ。……怖いカタナはあんまり好きじゃないかもしれない、けど……」
そう言葉尻をすぼめるサユリに、俺は何も言えなかった。
できたことといえば、上目遣いで頼りなげに言葉を紡ぐその様を見つめるだけで。
「あのね、カタナ。サユリがんばって我慢するから。だから」
「サユリのこと、嫌いになっちゃやだ……」
止まったはずの涙がまた落ちるのを見て、この手を伸ばしてもいいのだと、本能は判断した。
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