「カタナ、起きてる?」

 鈴を転がしたような声がベッドに寝転んでいた俺を呼んだ。
 ぱたぱたと近寄ってきてこちらをのぞき込んでくるその顔は、まだあどけなさを残している。そう、あれから何年経った?
 ……いや、どうでもいいことだ。
 ここにサユリがいて、俺に笑いかけてくれている。俺達を邪魔立てするものは何もない。

 ここはナイトタウン。
 俺とサユリと、虫けらどもが暮らす俺の街。
 虫けらどもは全て俺に平伏し、反抗する奴はその場で始末してきた。
 中には楽しませてくれる奴もいたが、どうにも飽きが早い奴ばかりでそのうち面倒になり、まとめて殺した。

 今の俺にはサユリがいる。
 それ以上の悦しみを俺は知らない。

「ねえカタナ」

 ぎしりと沈むベッドに意識を戻すと、すぐそこに腰を下ろしたサユリと目が合った。
 肩口から垂れる金髪に手を伸ばして絡め取る。
 さらさらの金糸が指の間を滑っていく。逃がさないよう器用に指に巻き付けるも、ぱらぱらとほどけていく。それをもう一度すくい取る。
 そんなひどく幼稚ないたちごっこをサユリは柔らかな笑みで見守っている。
 ここでサユリの話を聞くときはいつもそうしていて、これは二人の暗黙の儀式みたいなものだった。
 しばし戯れたところでようやく、サユリは口を開いた。髪を弄ぶのは止めない。
「カタナ。カタナは、サユリのこと、好き?」
 文節を区切って発音するサユリは、頬を赤らめてはにかんでいる。その表情からはちいさな緊張が見て取れて、俺は絡めていた髪を軽く引っ張った。
 サユリの頭が僅かに沈んで互いの目と目の距離が縮まる。
 言わないとわからないのか、と目で問う。サユリはこくりと頷いた。
 あからさまなため息をついて、俺は言った。
「ああ」
「サユリもカタナのこと好きだよ。一番大好き」
 俺はさんざん弄んだ髪の毛を解放し、代わりにサユリ自身を引き寄せた。
 わかりきったことを呟く口を塞いでやる。二人の時間はいくらでもあるとはいえ―無駄なことはしなくていい。
「ん、ん……っ」
 柔らかな唇を割り、歯列を舌でなぞる。傍らでシーツを掴む手が震えていた。大丈夫だと言い含めるつもりで、さらに深く唇を交わらせる。
 舌先を絡め取って執拗に舐る。後退しようとする体を押し止めるとサユリは苦しそうにもがいたが、やがてぐったりと身を預けてくる。
 反応の少なさに物足りなさを感じた俺は、あっさりと戒めを解放した。
「っぷは、ぁ……っ」
 潤んだ両の瞳は恨めしそうに見下ろしてくる。
 お前がそんなことを言うからいけないんだ。わかったら、これ以上俺を惑わすんじゃない。
「……カタ」
「寝ろ」
 懲りずに体を密着させてきたサユリに冷たく言い放つ。
 俺はサユリとは逆方向に半身を転がし、目を閉じた。

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