BE*5

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好きスキ大好き超愛してる 3

「もしもし父さ……あ、あれ、ベジータ?」
 十コールほどの沈黙の後に唐突に電話口に響いた「なんだ」という無愛想な声に、ブルマは自分の耳を疑った。それから通信機の故障を疑って、夢ではないかと疑って、ようやく声の主が本物の夫であることを認めるに至った。ベジータが電話を受けるなんて珍しいこともあるものだ、と驚いたあとで、着信ステータスに自分の名前が出ることを思い出し、彼女は一人小さく微笑む。その表情を察したのか、ベジータはことさら愛想のない声で
「うるさくてかなわんから仕方なく出たまでだ、用がないなら切るぞ」
 と早口にまくしたてた。その口調が妙に照れ隠しめいていて、ブルマは反射的に喉元まで出かけた買い言葉を押し殺した──映話だったら今の顔も見れたのに、惜しい事した。
「用ならあるわよ、こっちから掛けたんだからないわけないじゃない。それより、ねえ──」父さんは、と唇を開きかけて「あんた今暇でしょ?」と言い直す。
 当然のごとく彼の口から漏れる「はぁ?」という声を受けたブルマは、拒絶の言葉が続く前に間髪入れずに先手を打った。
「実はさあ、さっきまで東の都でチチさんとお茶してたんだけど、カプセルケースをなくしちゃって、帰りの足がなくなっちゃったのよね」
 と一息に言い終えると同時に、さんざ聞き慣れたフンと鼻をならす音が受話器越しに響く。
「まったくドジな奴だ」
「悪かったわね!」ブルマは思わずカッと頭に血がのぼるのを押さえ、コホンとひとつ咳払い。「……で、さ。ちょっとベジータに迎えに来て欲しいのよ」
 それを聞いた彼は面食らったのか一瞬息をのみ、思考が再開するまでのわずかな沈黙のあとで極めて静かに口を開いた。
「……父親か誰かに頼めばよかろう」
 予期していた応答に、ブルマはあらかじめ用意していた答えで返す。
「駄目よ、携帯にあんたが出たってことは、父さん今いないんでしょ? 忙しい時はわざとそうするのよ、父さん。かといって社員に迎えにこさせるわけにもいかないしさ。母さんは運転下手だし、トランクスは学校の宿題がたまってるし、ウーロンはほら、ねえ」
 何が「ねえ」なのか、喋りながら自分でも笑ってしまいそうだったが、彼女はそれ以上は言わずにベジータの言葉を待つことにした。『わかった』という期待に一、『ふざけるな』の諦めに五……だがしばらく待ってみても通信機からは否定の言葉はおろか息づかいすら聞こえない。焦れたブルマは舌で乾いた唇を濡らすと、彼を煽るかのように声を弾ませた。
「そ、それにさあ、乗り物だと帰るのに数時間かかるのよね!」
「ブルマきさま、オレに命令するつもりか?」
 案の定乗って来た彼にブルマは畳み掛ける。
「やぁね、命令じゃなくてお願いよ。いいじゃなーい、あんた早いんだしさ! それに……」口中にたまった唾液と引き換えに、甘い声を出してみる。「たまには外で待ち合わせる気分も味わいたいのよ」
「バカを言……」
 そこでベジータは我に返って言葉を切ると、「くだらん、切るぞ」とあっさり通話を終わらせようとした。
「あっ、待ってよ!」ブルマは慌てて付け足す。「とにかく東の都はわかるわね? 今からその中央駅に向かうから、そこで三十分だけ待つわ。だいたいの場所は上空から見ればわかるでしょうし、ベジータなら気だかなんだかでわかるんでしょ?」
「おい、そういう話じゃ──」ねえの言葉をブルマは目一杯明るく遮った。
「それじゃよろしく! くれぐれも人前で空を飛んじゃ駄目よー」
 耳から離した通信機のスピーカーから微かに響いた「てめえ」と憤る声にかまわずに、こちら側から通話を切った。
(こうなったら、賭けね)
 勿論賭けるのは大穴狙いだ。いくら地球の常識を知らない彼でもタクシーの存在は知っているし、ブルマの経済力をもってすれば最新型のジェットフライヤーをその場で購入することも可能だと承知しているだろう。だがあえてその考えを捨てた。ブルマには、彼が電話に出た時点から何か良い予感があった。彼の沈黙というためらい──と受け取ってもいいだろう──に、変貌し続ける彼のさらなる進化に賭ける気になったのだ。科学者に大切なのは閃きと成功の予感。良い予感は楽観的に信じるべき、それが彼女のスタイルだから。
 ブルマは、よし、とひとりごちて通信機をしまうと、人波にまぎれ駅に向かって歩きだした。

 駅前ロータリーに現れたベジータの眉間の皺は普段よりさらに深く刻まれ、口元は苦虫をこれでもかと噛み潰したようにねじ曲がり、誰から見てもあからさまに不機嫌だった。気などわからなくとも「触れれば殺す」と言わんばかりの雰囲気を感じ取った人々は、厄介事を避ける本能で彼を遠巻きにしている。
「ベジータ!」
 そんなことは一切おかまいなしに、ブルマは満面の笑みで人込みをかきわけ彼に駆け寄った。およそ恋人同士のデートとは似つかわしくない簡素なシャツにジーンズという装いもまったく気にならなかった。時計は一方的な約束の三十分を少し過ぎてしまっていたが、そんなことも、その数分の間に味わった不安も、殺気立った彼に向けられる周囲の遠慮がちな視線さえも、彼が自分を迎えにやって来たという一つの事実の前では、彼女の浮き立った心に毛程の傷もつけられない。
 とはいえ、当のベジータはいいように扱われたことを気に入るはずもなく、彼女が近付くなり開口一番
「お前の気は小さ過ぎて近くに寄らんとわからん!」
 と吐き捨てて、もと来た道を振り返ってしまった。
「なによー、仕方ないじゃない」
 そう言い返しながらも、彼女の顔にはいまなお笑みが浮かんでいる。もしかして、遅れたことへの言い訳かしら──そう考えれば仏頂面さえ可愛く思える。
「……ありがとね。すっごく嬉しい」
 ブルマは腰をかがめ、背後から彼の目を覗き込んだ。まるで恋人同士のように。
 ベジータはほんの一秒だけ目を丸くしてから再び顔を背け、チッと小さな舌打ちをすると
「帰るぞ」
とつぶやいて人目とブルマを避けるように足早に歩き出した。
「あ、待って!」先を行く腕を強引に掴み、引き寄せて、もう一度彼を見つめる。「折角だからちょっとデートしない?」
「調子にのるな、何がデートだ!」
「もう、乙女心をわかってないんだから」
 当たり前だ、わかるはずがない──当然よ、わかりっこないわ……けれど──腕を取る指に力を込める。強靱な彼にとってはほんの小さな、けれどとっても強い力。
「じゃあ一カ所だけ、いいでしょ? ちょっとだけだから。東の都に来たらどうしても寄りたいところがあったのよ」ブルマは胸の内でもう一つの賭けをした。良い予感はとことん信じ、自ら実行するべきだ。「お願い……」
 ベジータの眉間が修復不可能なまでに歪んだ。
 やっぱりそこまでは期待しちゃ駄目か、とブルマが諦めかけたその時、
「……だったらさっさと行くぞ」
 パッと顔を輝かせた妻を直視しないように、ベジータはぷいとそっぽを向いた──その仕草があまりにも早かったので、ブルマは彼の表情を見逃した。不機嫌で、意地っ張りで、可愛い夫の表情を。

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