BE*5

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好きスキ大好き超愛してる 1

むかしむかし
人形遣いご自慢の
それはそれは美しく踊る一体の人形があった。

人の心を持たない人形は愛の存在を知らなかった
愛を知らない人形は孤独とは何かも知らなかった
おかげでたった一人でも生きていけた。

ある日人形遣いは戯れに
彼の隣に踊り子の人形を座らせた。
彼はたちまち恋をした。
恋しい恋しい恋しい踊り子
すぐ隣にいるはずなのに
ちっとも手の届かない
愛しい愛しい愛しい踊り子。
それが愛とも気づかずに
彼は踊り子に恋をした。

人形が固く深く瞑っていた瞳を開けてしまった時
自分の心にその在り処を見つけてしまった時
人形ははじめて自分が孤独であったと知るのだ。

あわれ恋する人形は
愛を知ったばっかりに
踊れぬただのでくのぼう。

人形遣いは落胆し
踊り子人形の首をもぎ
彼から踊り子を奪い去った。
愛しい愛しい愛しい踊り子
握ったままの手の中に
一度も留まることなく消えた
愛しい愛しい愛しい踊り子。
人の心を持ったばかりに
踊れぬただのでくのぼう。

幸せはなんと狡猾に人形を苦しめるのか、
愛はなんと残酷に人形を切り刻むのだろう。
愛、沸き上がる熱情、それなくしては生きていけない程に──

人形は人間になった。

「ベジータ、お昼の用意出来たわよー」
 ダイニングから響いた呼びかけに空返事をした彼は、汗でしっとりと重くなったトレーニングウェアを脱ぎ捨てた。トレーニングの後にはシャワーを浴びたい、そう思うようになったのはごく最近のことだ。
 シャワーヘッドから勢い良く流れるぬるま湯は、激しい運動の後の張りつめた筋肉の上で次々に粒になってはじけていく。いつまでも若々しいサイヤ人の肌は、まるでまだ成長期の少年のようだ。いつかこの瑞々しい肉体も老いの影に蝕まれるのだろうか──と、そんなセンチメンタルな考え方をするのはブルマの役目だ。彼は鏡に見とれることもなく、烏の行水を済ませると、濡れた身体をタオルで拭いさっさとベッドの上に放り出したままだった部屋着に着替えた。
 広く長い廊下を挟んで隣のフロアにあるダイニングへ向かう途中、彼は足を止め、窓の外の明るい街並みを見るともなく眺めた。空腹を感じていないわけではないが、なかなか真っすぐ食卓に向かえない。すでに返事をしてから十数分が過ぎていたが、それでもまだ、何の面白味もない風景にまで言い訳を探してしまう。守りたいものがある、そう自ら口にした後でも、家族で食卓を囲むあの雰囲気にはまだ抵抗があった。彼は今も昔も戦闘民族で、しかも王子だ。

 自動ドアをくぐった途端、食欲をそそる匂いが鼻腔に充満した。広いダイニングテーブルの一つだけ空いた席の前には常人の十倍はあるかという山盛りの料理がこれでもかと並び、その鮮やかな色彩、ほんのりと立った油気を帯びた湯気、香ばしい香りは食の盆踊り状態だ(もちろん彼は「盆踊り」を知らない)。
 胃が収縮し、胃酸が出るのがわかる。自らの身体の営みを認識するのは悪いもんじゃない。
 地球の飯はうまい。
「もう、呼ばれたら早く来なさいよね、先にはじめちゃってるわよ」
 ようやくやって来たベジータにブルマ──彼の妻は、サラダを突きながら息子を叱る母親のようにぼやいた。彼はブルマごと無視をして、明るい日差しの差し込む窓際の席へと向かう。ほとんど毎日繰り返されるやりとり、ブルマは返事を期待しているわけでも、かといって諦めているわけでもなさそうだ。
(わが妻ながらヘンな女)
 ベジータは椅子へ腰掛けると同時に、いただきますも言わずに早速目の前の骨付きチキンに手を伸ばした。地球の食べ物──おもにブルマの母やカプセルコーポお抱えのシェフ達が作る料理──は彼の腹が減ったら食べるという食生活を一変させた。主食は味気ない携帯食、肉は切って焼いてかぶりつくもの、という認識だった彼の味覚には、具材や焼き加減に何通りもあるパンや、じっくりとオーブンにかけられ何時間も煮詰めたソースを絡めた肉類は衝撃的だったのだ。
「こうやって美味しい食事が食べられンのも生きてるからこそなんだからね。感謝しなさいよ」
 ブルマ達地球人は時折そんなことを言う。いったい何に感謝しろというのか、まさか神のあのガキにではあるまいな──と今までの彼には理解出来ない部分があったが、最近ではなんとなく解るような気がする。
 地球の飯は本当にうまい。美味で知られるメルメット星人の腕よりも、当然地獄の飯よりも。
 とはいえ実際に感謝の祈りを捧げるでもなく、彼は左手に食べかけのチキンを持ったまま右手でパスタの大皿を引き寄せた。その姿を微笑ましく見守りながら、義母は頬杖をついた。
「本当ねえ、ベジータちゃんが生き返ってくれて良かったわあ」
「ホントよ、あんた極悪人じゃなくて良かったわね!」
「はぁ?」
 またその話か、と毒づきたいところをパスタが邪魔をして言葉にならない。
「その時私死んじゃってたのよねえ?」
「やあね、そん時はまだ生きてたわよ、地球が壊滅して母さん達が死んじゃったのはその後よ」
「あら、じゃあベジータちゃんが死んじゃった時はえーと……」
 妻とその母親は、いまだに半年前の出来事を昨日のことのように繰り返す。まともに取り合っているとなぜか嫌な汗が吹き出てくるので──そのなぜかの理由は彼自身わかっていたが、改めて認めるのも癪なので──大急ぎでパスタを啜った。
「食事中になんちゅう会話をしてんだよ、ったく。ベジータも二人を止め……あ、いえ結構です。お食事を続けて下さい」
 ブルマとベジータの両方から睨みをきかされたウーロンに気を遣ってかつかわずか、
「おかわり!」
 トランクスが勢い良く立ち上がり自分の皿を突き出した。
 彼の息子は短期間ながらも命をすり減らすような戦闘を終え、ひと回り大きくなったようだ。ママを大切にしろと告げられたあの覚悟の言葉は、ベジータが蘇った後でも幼い心にしっかり根付いているのだろう──もちろん彼は口止めすることを忘れなかったが……動物園と引き換えに。
「トランクス、そんなこと言ってまだ皿に残ってるじゃないか」
「うげ……ピーマン……」
 成長したとはいえまだまだ子どもだ。ブリーフに諌められた息子は下唇を突き出し、助けを求めるような目で父親の顔を伺った。
「ふん……黙って食え」
「うええ……」
 そのやりとりを見ていたウーロンはヒヒヒと声を立てて笑う。

 目の前で繰り広げられる他愛もない日常が、いつの間にか彼にとっても文字通り『日常』になっていた。家族の真ん中に自分の定位置があり、いつでも暖かい食事がある。物心ついた時から繰り返されてきた殺伐とした生活が今までの彼にとって当たり前だったように、今の彼にはこの光景こそが当たり前になってしまった。
 安全で清潔な寝床と食事が用意され、血の匂いのかわりに穏やかで暖かな大気に満ち、殺す敵も戦う相手もいない生活? 冗談だろ!
 しつこく繰り返される不協和音、耳なれない転調、音程の一定しない旋律──確かに不愉快だったそれらのものが心地よくなってしまったのはいつの頃だったろうか。地球人、おもにブルマはベジータが今まで持たなかった、持つ必要のなかった数々の無駄なものをまったく遠慮もなく(本当に無遠慮に!)詰め込んでいった。はっきりとは思い出せない程複雑怪奇に、だがあくまでも難なくそれは彼の中に滑り込み、ついには定着してしまった。魔人ブウとの──そしてカカロットとの──闘いの中で、彼はその事実を認めざるを得なかった。十年あまりの月日のなかで変わってしまった自分を、妻や息子に対する視線の変化を、ともに暮らす者、ともに戦う者に安心感を抱く自分を。自身の変化に気がつかなかったわけではない。気づいていたからこそ、そんな甘い自分が許せなかったのだ。
 これは堕落だ! 俺は戦闘民族サイヤ人なんだ!
 力こそ全てだった。力ないものは力あるものに服従した。力は戦闘力という数値で示され、力は法であり権力であり恐れ敬うものであり、絶対の価値だった。地球人達の曖昧な感情は甘さという一言で片付けられ、排除すべきものだった。
 惑星フリーザの中で培った自分という価値、一人殺し二人殺し、一種族や惑星そのものを滅ぼしてまで得たものは一体なんだったのだろう。それも己が身を置いていたのは、常に自分が勝てるという戦闘力差に基づいた勝算の中での闘いばかりだった。強い者に抗うことは土砂降りの雨の中に命の灯火をかかげるような馬鹿げた行為だと誰もが思っていた。一匹の蟻が人間に闘いを挑もうとするだろうか? 挑むことすら考えつくまい。あまりにも圧倒的な差は、相手を敵ではなく自然災害にしてしまう。プライドの高いサイヤ人である自分でさえ、フリーザに不満こそあれど闘いを挑もうとは到底無理な話だった。それが当然だ。
 彼が地球にやって来たことで全ては一変した。
 自分よりも階級的に劣る下級戦士に負けた、きっかけは全てそこから始まった。価値あるものが無価値に、意味あるものが無意味に、そしてドラゴンボール。戦闘力というわかりやすい秩序を根底から覆された彼は木っ端微塵に崩壊し──再び時間をかけて縒り集まる中でかつてはその存在を否定していたものを欲し、取り込むようになったのだろう。
 結果としては不愉快な結末だったものの、天災そのものだったフリーザに抵抗し反旗をひるがえしたのは自分自身ではなかったか。その時は命令され続けることが気に入らなかった、フリーザに成り代わって絶大な権力を得たかった、それだけの動機だったはずなのだが……自らが強大な力を身につけた今、宇宙の支配者になるという野心はどこかへ消えてしまっていた。この小さな辺境の星を征服しようという気すらおきない。
 現状で満足しているのか? 違う、そうじゃない、俺はもっともっと強くなりたい──手段ではなく目的で、意味などなくていい。カカロットのように、そしてカカロットよりも。普段甘っちょろいことばかりほざいて、それでいて絶望的に敵わない相手にすら立ち向かい、そして最後の最後には相手を越えてしまう……地球人というやつは揃いもそろって馬鹿ばかり──その馬鹿さを受け入れ自分のものにした時に彼は、宇宙を混乱に導く支配者、極悪人というある種のブランドの虚しさを知り、同時に強さという言葉のもう一つの意味を知ったのだ。
(……まったく、我ながらあきれるぜ)
 ベジータは過去と現在の我が身を振り返って自嘲した。決して今の地球での暮らしが嫌ではなく、むしろ心地いいものだと頭では認めているものの、だからといってそれは彼のスタイルではないのだ。ご飯よと呼ばれて喜び勇んで家族の食卓につくなどということは。きっと死ぬまでこの葛藤はおさまるまい。
 だが構わない……この照れくさい感覚を一生味わい続けるのも悪くない。そうだ、悪いもんじゃない──ベジータはふっと笑みを漏らした。
「あら、何? 思い出し笑い?」
 妻の瞳が彼を捉える。その視線は優しさ、愛情、好奇心……無駄なものに満ちている。
「まあな」
 ベジータは珍しく返事をすると、程良く冷めたスープを一息に胃袋に詰め込んだ。

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