6、sweet  illusion

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃ビルの中に二人は対峙していた。

一方は剣を構える全身黒一色の男、もう一人は黒い男とそっくりな白ずくめの男。

二人の間に緊迫した雰囲気が漂う。

「・・・いいですか?これは一歩間違えれば、あなたが死ぬことになるくらい危険なもの・・・それでも、いいんですか?」

重い沈黙を破る、白い男の声。

それに対し、黒い男は笑いを含みながら言った。

「その位でもしねぇと己を鍛えられねぇんだよ。俺の事は心配すんな」

スッ、と彼は自らの長剣を引き抜く。

刀身までもが漆黒。まるで『闇』を連想させる剣だ。

「やってくれ」

少しばかり緊張を帯びた声で男は言う。

「・・・わかりました」

白い男は躊躇いながら、それでも頷く。

目を閉じ、意識を集中。目の前に『白』の魔法陣を描き、ぶつぶつと呟き始める。

『満月の力を司り、この世の全てを喰らい尽くす終末の顎・・・今こそ其の漆黒の牙を我に貸し与え給え・・・』

魔法陣から冷風が吹き出し、辺りの気温を下げてゆく。

それと同時に、

『ぐるるるるるるるるる・・・・・』

低い、獣のうなり声が響く。

その声は男の耳朶を打ち、恐怖すら感じさせた。

『出よ、終末の獣、フェンリルッ・・・!!』

舞い起こる吹雪の中、純白の狼は高らかに咆吼を上げた。

じろり、と金色の瞳が黒い男を凝視する。

「出やがったな、ワン公っ!さぁ来い!!」

獰猛な笑みを見せながら黒い男は剣を中段に構える。

『ぐるるっ・・・!がぁっ!』

男の挑発に乗るように、フェンリルは地を蹴った。

瞬き一つ。それがフェンリルが男との間合いを詰めるのに要した時間だった。

―ブンッ!

白く、太い腕が男を捉えようと薙払われる。

しかし、その腕は空を切っただけだった。

『?!』

狼の顔に驚愕の色が出る。

「遅ぇな」

頭上から声。あの一瞬のうちに男は狼の上へ飛んでいた。

―ズブッ・・・ゴキッ・・・

剣が肉に食い込む音と骨が絶たれる音。

勝負はあっけなさ過ぎるほど、すぐ終わってしまった。

一瞬。

そのわずかな時間で、フェンリルは首を切り落とされていた。

「何でぇ、案外弱かったじゃねぇか」

返り血で全身を赤く染めながら、男は笑って見せた。

「・・・いつの間にあなたはそんなに強くなったんですか?」

白い男が納得しきれないように言う。

そして深々とため息をつきながら、

「あなたが敵じゃなくて本当に良かったですよ」

そう、皮肉っぽく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗・・・」

明がうっとりした様子で呟く。

目の前に広がっているのは無限の光、この遊園地の目玉、ナイトパレードの行列だった。

この遊園地のマスコットキャラをはじめ、愉快な仲間達がきらびやかな格好をして遊園地内部を歩き回っている。

「夢みたい・・・」

静かに、消え入りそうな声で呟く。

傍らにいる零が『ふるふる』と首を振る。

『夢じゃないよ』ということらしい。

「あっ、そうだね」

明が笑う。

それにつられて零も微笑む。

暖かい光と微笑みの中で、二人の時間はゆっくりと流れてゆく。

しかし・・・そういった時間は必ず終わりを告げる。

いや、限りがあるからこそ美しい時間というものは輝くのかもしれない。

『ナイトパレードはこれにて修了いたします。なお、間もなく閉園となりますので、お忘れ物の無いようにお願いいたします。繰り返します・・・』

外灯に取り付けられたスピーカーが終わりを告げる。

余韻に浸っていた明はやっと我に返り、零に言う。

「終わりみたいだし、そろそろ帰ろっか」

こくり。

頷く。

二人は他の客同様、出口へと向かってゆく。

ひとつ、またひとつとアトラクションの電気が消えてゆく。

寂しさが、彼女の胸を襲った。

ぎゅっ。

何者かに腕を握られ、零は振り返った。

見ると、明が彼の手を握り、その場に立ちつくしている。

「?」

「帰りたく・・・ないよ・・・」

それまで我慢していたのか、彼女の瞳が歪む。

堰を切ったようにポロポロと涙が流れ落ちる。

「???!」

零は困惑顔のまま、明に歩み寄る。

「っ・・・!」

彼の胸に顔をうずめるように、明は抱きついた。

声を押し殺して泣いている・・・それがすぐに分かった。

「・・・すき・・・」

「?」

「私・・・零のことが好き・・・。もう、離れたくないくらい・・・」

途切れ途切れに、想いを伝える明。

初めて、ここまで他人を好きになった。

ここまで、他人を大切に思えるようになれた。

だから、離れたくなかた。

「お願い・・・ずっとそばにいて・・・」

涙で顔をくしゃくしゃにしながら、彼女は零を見上げる。

そんな彼女を零は・・・

「・・・」

「あっ・・・んっ・・・」

微笑み、優しく唇を重ねた。

それから、今までより強く彼女を抱きしめる。

『ここにいるから。ずっと側にいるから』

彼は声に出さずとも、そう言っている。

「どうしたの・・・?」

「♪」

ふと、彼は何か思いついたように笑うと、明から身を離した。

遊園地の入り口に立ち、明に向かって一礼する。

「たい・・・ようの、し・・・べ・・・。わ、れ・・・の・・・とに・・・」

ゆっくり何か呟いたかと思うと、彼の前に光の粒子が集まり、あるものを象った。

それはいつも零が手にしていたリュートだった。

―ポロン・・・

静かに、弦を爪弾く。

今まで明を何度か魅了してきた零の歌だ。

―夢の続きを、君にあげよう・・・

―ギィーッ・・・

彼の歌に合わせ、閉まっていた遊園地の門が開く。

―まだ、朝を待つには早い・・・だって・・・

次々と、アトラクションに電気がついてゆく。

メリーゴーランドは回りだし、ジェットコースターも動き出す。

「わぁ・・・」

泣くことを止め、感動する明。

それを見、零は微笑みながら手を差し出す。

『さぁ、一緒に行こう』

「・・・うんっ!」

明は零の元に駆けだした。

静かに、彼の歌が終わりを告げる。

―夢はまだ終わらないから・・・さぁ、夜はこれから・・・

夜空から雪がちらつき始めていた。

 

 

 

 

 

二人が家に着いたとき、既に時刻は一時を回っていた。

コートを脱ぎ、明はベットに横たわる。

「んっ・・・レイ・・・」

静かに、恋人の名前を呼ぶ。

傍らにいた彼はゆっくりと彼女に近付き・・・

「だいすき・・・」

唇を重ねる。

「んっ・・・」

電気を消し、再び重ね合う。

「一緒にいてね・・・」

彼女の甘えるような声と共に、するり、という布擦れが聞こえた。

『さぁ・・・夜はこれから・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お熱いことで、全く」

多少嫌みのこもった言い方で、黒い男は吐き捨てる。

その脇では白い男がクスクスと笑っていた。

「あん?何が可笑しいんだよ」

「いえ、あなたもそろそろ伴侶が恋しくなってきたのか、と思いまして」

「けっ、当たり前だよ。俺等二人とも嫁さん置いて来てるんだからな」

帰ったら何言われるか分かりゃしねぇ、彼はそう付け足すと再び黙った。

それを見、白い男は苦笑する。

「もう少しの辛抱ですよ。出来るだけ早く仕事を終わらせて帰りましょう」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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