5、ぬくもり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ・・・ううん・・・」

明は自分が泣いていることに気付き、目を覚ました。

枕に手を触れてみると、瞳の延長線上に少しばかり染みが出来ていた。

「参ったなぁ・・・あの夢、しばらく見なかったのに・・・」

先程の夢に、明は見覚えがあった。

自分が住んでいるところにただ独りだけ取り残され、すすり泣くことしかできない夢。

「母さんの所に来た頃は・・・よく見てたんだけどな・・・」

はぁっ、と溜め息。

明は、雪の本当の娘ではない。

身寄りのいなかった明は幼い頃孤児院に預けられ、六歳の頃、天宮雪という女性に引き取られた。

その事実は明も承知している。

が、そんなことは問題ではない。

血の繋がりはなくとも、間違いなく彼女たちは『家族』だったから。

「早く、泣き止まなくちゃ・・・」

ごしごしと目頭をこする。

しかし、涙は一向に止まる気配を見せない。

擦れば擦るほど、それに比例するように涙は溢れ出る。

例え現実にないことでも、本人が一番恐れていることは必要以上にまとわりつくもの。明とて、例外ではない。

言い表せないほどの孤独感が彼女の心を支配する。

ぎゅっ、と目をつぶり、必死にこらえようとする。

が、それも功を成さなかった。

「ううっ・・・うくっ・・・」

―スッ・・・

突然、誰かが彼女の涙を拭いた。

温かな手の感触に明はゆっくりと目を開く。

そこには・・・

「レイ・・・?」

不安そうな顔のレイがいた。

彼女の涙を拭いた手は彼のものだったのだ。

「・・・」

大丈夫?と言わんばかりの表情で明を見つめる零。

「うん、大丈夫・・・。ちょっと、怖い夢を見ただけだから・・・」

力無く言い、彼女は身を起こす。

「でも、さ・・・」

嗚咽が混じりかけた声で、明。

その様子に零は再び不安そうな顔になる。

「怖いの・・・。寝たら、またあの夢を見るんじゃないかって・・・。」

「・・・」

「お願い・・・一緒にいて・・・」

瞳を潤ます明に零は力無く頷いた。

「ありがとね」

 

 

 

 

 

 

今、零の腕の中には明がいる。

丁度彼に抱きかかえられるような姿勢で、小さな寝息を立てている。

そんな彼女を見、零は少しばかり強く明を抱きしめる。

もう、悪夢を見ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢、とはそもそも何のためにあるのだろう。

過去に体験したことや記憶の連鎖、などといった原因の話ではない。

何のために、存在するのかということ。

そこに在るのならば、存在意義は必ずあるはず。

しかし、私には分からない。

いや、もしかしたら・・・私達がこうやって生きている間のことは誰かの夢の中のことかもしれない、とふと思うことがある。

人生、というのは『死』という目覚めに至るまでの『夢』なのか。

分からないことだらけだが、一つだけ確信できることがある。

想いは、たとえ夢の中でも・・・決して変わらないということ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

『え〜、明日はいよいよクリスマス・イヴです。気になる明日の天気は・・・』

呑気な声がブラウン管の中から聞こえてくる。

朝の天気予報だ。

予報の結果は、どうやら雪。

M県の頃に雪だるまのマークが浮かんでいる。

『昼間は晴れる模様ですが、夕方から夜にかけて雪が降るでしょう。お出かけの際は傘をお忘れなく・・・・』

「明日、昼間は晴れるんだって」

トーストをかじりながら、明が零に言う。

それに脇でコーヒーをすすっていた零が無言で頷いた。

「良かったね♪遊園地行けそうだよ」

「♪」

こくこく。

笑顔で頷く。

遊園地に行かない?

明がそう聞いてきたのは実に、昨日のことだった。

瑞希からクリスマス・パレードのチケットを貰い受け、零を誘った、という経緯になる。

『楽しいところ』と聞き、零も笑顔で賛成していた。

(今回ばかりは、ミズキに感謝かな・・・)

心の中で呟く。

(でも・・・)

別れ際に聞いた瑞希の言葉を思い出し、彼女は少し嫌な顔をした。

(まぁそこまでやって何もしてこないんなら・・・襲っちゃいなさい)

無責任な言葉を口にし、ケラケラ笑っていた瑞希。

(何が『襲っちゃいなさい』よっ!そんなこと・・・)

彼女に対し憤りを感じるものの、明は心のどこかでそれを望んでいた・・・様な気がした。

カァッ、と顔が赤くなる。

「?」

不安そうに零が顔をのぞき込む。

「ん、何でもないよ。」

笑顔を作り、答える。

(明日こそ、零に言おう。『好き』って・・・)

そう声に出さずに決心し、明は再びトーストを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

雲がかかっているものの、天気は予報通り晴れ。

この日ばかりは予報が当たった事に感謝しなくちゃ、そんなことを浮かべつつ、明は零を振り返る。

初めてこういうところに来たせいか、零はあちこちをキョロキョロしてははしゃいでいた。

「さ、行こっか♪」

笑顔で言う明に、零も笑顔で頷く。

二人の一日はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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