4、蒼茫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方になるとさすがに風も冷たい。夜はさらに冷え込むだろう・・・。

未だ人が多く行き交う街の中を、明はぼんやりと考え事をしながら歩いていた。

「レイ・・・」

ふと、名前が口から出る。

彼女は悩んでいた。

(レイは、私のことどう思ってるんだろう・・・)

そればかりが疑問として頭を駆けめぐる。

(多分・・・今一番彼の近くにいるのは私だと思うけど・・・もしかしたら、レイにはもう恋人とかいたりして・・・)

分かりもしないことで頭を抱え始める。

この一週間で、明は零に敬語を使う事を止めていた。

零が明と年が近いと言うことと、彼自身が敬語を嫌うことから彼女は零に対して普通の口調で話していた。

初めてあったあの日以来、二人はいつも夕食を一緒に食べるようになっている。

明と零が交互に作り、今日は丁度明が作る日になっていた。

やっていることは立派な恋人なのに・・・。ついそう思ってしまう。

(私が告白したら・・・彼はどんな顔をするだろうな・・・)

驚くだろうか、それとも真面目に受け入れてくれるだろうか・・・。

もしかしたら、笑いながらあしらわれて終わりかもしれない。

想像はどんどん悪い方向へ向いてゆく。

「うぅー・・・」

思わず、唸る。

と、そこへ

―トントン

誰かが肩を叩いた。振り返る彼女が見たのは・・・

「♪」

笑顔の零だった。

「っ・・・うああああああっ?!」

「?????」

飛び退いて驚く明に、零は困惑するばかりだ。

「レ、レイ?!おっ、脅かさないでよ・・・」

顔を赤くし、明は胸を押さえて言う。

街中だというのに、尻餅までついている。

ぺこり。

零は頭を下げる。

今日の彼はパーカーにジーンズという格好だった。

どうやら夜以外は普通の格好でいるようだ。

そして、もう一度ぺこり。

今度はお帰りなさい、と言うことらしい。

「あ、うん・・・。レイはこんな所で何やってるの?散歩?」

こくり。

彼は笑顔で頷く。

「良かった、今から夕飯の買い出しに行こうと思ってたの。手伝ってくれない?」

またまた笑顔でこくり。

「うん、じゃあ行こっか」

明も笑顔になり、再び歩き出す。

(今は、こうしてレイと一緒に居れるだけでいいかな)

そんな、ささやかな幸せに喜びを感じながら、彼女はスーパーへと続く道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

夕刻のスーパーは人で溢れかえっていた。

夕飯時でもあるし、ここのスーパーは何より安いことで有名だった。

溢れかえっている人間の大半が四、五十代の主婦であることは言うまでもない。マダムはこういうところに敏感なのだ。

「今日はハンバーグにしようか。」

「♪」

明の提案に零は満面の笑みで頷く。

「それじゃあ、ひき肉とキャベツ、あとタマネギ買ってこ」

他に使うものは家にあるからね、そう付け足し、彼女は買い物かごを持つ。

人ごみの間をすり抜け、キャベツとタマネギをかごの中に入れる。

どちらとも目が飛び出るほど安い。一人暮らしには至れり尽くせりだった。

「あとは・・・ひき肉っと」

総菜売り場の前で暴れるマダムどもを後目に、二人は歩いてゆく。

「ただいまタイムサービス中でーす!総菜全品三割引でーす!!」

店員が人の波にもまれながら、必死に声を出している。

それに反応するかのように、

「ちょっと待ったぁぁ!!」

「あたし等の分も残しとけえぇぇぇっ!」

さらに数人のマダムが走ってきて、人ごみに加わる。ほとんど戦争だ。

「あった。ここ、ここっと。」

肉売り場に二人が到達したとき、幸いにも人はあまりいなかった。

「さっさと買って帰ろっか」

こくり。

微笑ましい会話を繰り広げる二人。

だが、それもそんなに長くは続かなかった。

「あれ?」

二人の前を作業服に身を包んだ男性が通り過ぎ、肉売り場の前で止まった。

手にはプラカード、彼は大きく息を吸い込むと、

「タイムサービス開始っ!!全肉類、ただいま半額!!」

「えっ・・・?!」

明のこめかみに冷や汗が流れ落ちる。

「持ってけ、ドロボー!!!!!!」

・・・店員さんは宣戦布告を高らかに言い放った。戦争、開始。

―ドドドドドドドドドドドッ・・・・!!!

まるで恐竜が走ってきているような地響き。

その正体は一昔前ではオバタリアン、現在ならばマダムと呼ばれる人々だった。

みんな目が血走り、般若のような形相をしている。

このことからも、現在のこの国の経済状況がどれだけ悪いか分かる。

晩ご飯にかかるお金をケチるほど、人々の財布は軽いのだ。

辺りはすぐに先程の総菜売り場の二の舞になった。

「ううううっ!」

「??!!」

人の波に押され、二人は端の壁の方まで追いやられる。

ごんっ!

「っ?!」

その壁に零は思いっきり頭をぶつけた。目の前が一瞬白くなる。

「きゃっ・・・!」

人ごみからはじき出され、明が零の方に突進してくる。

「っ!」

それを零は必死に抱きとめようとした。

駄菓子菓子、もといだがしかし。

「・・・?!」

「むっ・・・?!」

確かに、抱きとめるのには成功した。明に怪我もない。

だが、体勢がまずかった。

もともと零と明は十センチ近くの身長差があった。

そしてこの場合、零は膝が曲がっていつもより丁度十センチ下に頭の位置があった。

つまり、偶然にも二人の唇が重なってしまったのだ。

(どうしよう・・・!早く避けなくちゃ・・・)

そう思うものの、彼女の体は一向に動かない。

零はただ呆然としたままで、動く気配を見せない。固まっているのだ。

(ううっ・・・でも、このままでもいいかも・・・)

曲がりなりにも、好きな人とキスできたことに明は内心、少しだけ喜んでいた。

「あのー・・・お客様、濃厚なラヴシーンは別なところでやっていただきたいのですが・・・」

二人が我に返ったのは、マダムの波も去り、店員が声をかけてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラスの窓を冷風が叩いている。

別に窓枠が歪んでいるわけでもないのに、カタカタと音を鳴らすのはそれだけ風が強いからだろう。

S市の冬は暖房無しでは生活できないほど寒いのだ。

今晩辺り、また雪でも降るのだろうか。

(今晩、私の家に泊まってかない・・・?)

そう明が言い出したのは夕飯が終わって間もない頃だった。

特に用事はない。ただ単に、彼女の寂しがりやが再発しただけのことだ。

(寂しいから・・・一緒にいて欲しいな・・・)

そう潤みかけた瞳で告げる明を、零は断れなかった。

暗い部屋の中に静かな明の寝息だけが聞こえる。

その様子に満足したように零も自分の布団に入り、毛布をかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は・・・夢を見ていた。

とても嫌で、怖くて、寂しくて、暗くて・・・。とにかく、嫌な夢・・・。

周りの風景は、間違いなくS市だった。

でも、建物は皆灰色に染まり、道を行き交う人々は私に気付くはずが無い。

幼い私は真っ黒いショーウィンドウの前に座り込んで、ただ泣くしかない。

誰も気付いてくれない。

私は独りぼっち。

孤独。

不安。

寂しさ。

い、や。

そんなの嫌。

寂しいのは嫌、怖いのは嫌。

独りは・・・絶対に嫌・・・。

クルシイ。

ドウシテ、ダレモキヅイテクレナイノ?

ワタシハココニイルノニ。

ダレカ、ワタシヲミツケテヨ・・・。

サビシイヨ。

ドウシテ・・・ドウシテ・・・?

ヤダヤダ

ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ。

コンナノ、ヤダ。

ダレカ、ワタシヲ・・・・・・・・・・・ミツケテ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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