2、雪の妖精

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パラパラと何も書いていないページをめくってゆく。

薄暗い,インクの匂いの充満した自室で私は今日もペンを走らせる。

言葉を紡ぎ、台詞を奏で、世界を作り上げてゆく。

景色を,音を,そして人々の感情を白紙に織り込んでゆく。

それでも…白紙のページは埋まらない…。

めくってみると、未だ無表情で空白な白さが広がっている…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、入って」

部屋のドアを開き、昭は彼を手招く。

ぺこり、とお辞儀をしながら男が入ってくる。

リビングに案内され、ホットカーペットの上に座る。男は部屋の中に視線を一巡させた。

カーペットの上に置かれたテーブルの他、ソファ、クローゼット、ベット。

家具をこれだけ置いても未だスペースが余るのはこの部屋が大きいからだろう。

明自身も実はそう思っているくらいだった。

「すぐ用意するから、待ってて下さいね。」

彼女はそう言うと、パタパタとキッチンへ入っていった。

エプロンをつけ、早速調理に取りかかる。

見ず知らずの相手とは言え、孤独から逃れられたことと、誰かのために料理できる事への喜びを噛み締めながら。

 

 

 

 

 

 

 

喜び、なんてものは別に大層なものではない。

大きい喜びを追い求めてばかりでは、いつか何かを見失ってしまう。

どんな些細なことでも、本人が『嬉しい』と思えば、それは喜びになる。

たとえ、それがどんなに小さな事でも。

たとえ、それがどんなに儚い事でも。

 

 

 

 

 

 

トンッ。

テーブルの上に料理が数品置かれる。

ペペロンチーノに野菜サラダ、ポタージュスープの三品だ。二つ置かれたマグカップにはコーヒーがそそいである。

「出来た出来た♪あ、そういえば」

男の向かい側に座り、明は何か思いだしたように口を開いた。

「自己紹介まだでしたよね。私は天宮明、アキラって呼んで下さい。あなたは?」

明の問いに男は少し戸惑いながら口を開く。

「ぎん・・・ゆ・・・う、れい・・・」

途切れ途切れに、そして消え入りそうな声で彼は言った。

明の顔に『?』のマークが浮かんだ。

「ぎんゆうれい?うーん、ちょっと待ってくださいね」

明は近くにあった紙切れとペンを取りだし、さらさらと何かを書いた。

それを彼の前に差し出す。

「こういう字ですか?」

そこには丸文字で『吟遊 零』の文字があった。

それに対し、男は少し躊躇うような表情を一瞬見せたが、すぐにこくり、と頷いた。

「へぇ・・・なんて言うか、ぴったりの名前ですね」

頷く、零と名乗る男に明は嬉しそうに言った。

彼は訳が分からないといった表情になる。

「だって、いかにも『吟遊詩人』って格好じゃないですか。もしかして、本当にそうだとか」

こくり。

「へ?」

彼女は多分、冗談のつもりで言ったのだろう。

それ故に、素直な工程に思わず面食らったようだった。困惑が手に取るように分かる。

今度は零が『何が可笑しいの?』といった表情をしている。

交互に『?』を浮かべる二人のやりとりは見てて微笑ましい。

「本当に、吟遊詩人なの・・・?」

再び、こくり。

「ふぇー・・・じゃあ」

「?」

「何か弾いてくれません?」

期待と好奇心に満ちた瞳で明は零に言った。

「♪」

こくこく。

笑顔で彼は頷く。

壁に立てかけてあったリュートを手に取り、一礼。

細い指がリュートを爪弾く。

―ポロンッ・・・

静かで、どこかもの悲しい旋律。

バラードを思わせる、綺麗なメロディライン。

始まって間も無いというのに、明はすっかり虜になってしまったようで、恍惚とした表情で聞き入っている。

―その昔・・・

(え・・・?)

明は突然起きた現象に目をパチクリさせた。

(声が、直接頭に・・・)

その歌は、物語だった。

どこか異世界での・・・儚くともどこか力強い。そして楽しげで、どこか悲しいフラワー・テイル。

まさに、『夢』のような物語・・・。

―行き止まりは 白い花畑・・・結末もそれに同意する・・・そして、時はとまる・・・

物語はクライマックスに差しかかる。

何でも願いを叶えてくれるという花を探し求め、旅をしてきた主人公とヒロインが悪い魔法使いに過去の真実を明かされる場面。

そして・・・

―男は 天に還る・・・残る者に深い悲しみを残しながら・・・『ずっと笑顔で』という 酷な事を言い置いて・・・

我を失い、暴走してヒロインを殺してしまった主人公。

その主人公に殺されながらも、彼を愛して目を閉じたヒロイン。

正気に戻った主人公は当然のごとく悲しみに暮れる。

しかし、願いを叶える花が見つかり、ヒロインを蘇らせることを懇願する。

そして・・・主人公は彼女の代わりに命を落とした・・・。

彼女に『ずっと笑顔で』という、辛すぎる遺言を残して。

―その昔 時の果て・・・深い悲しみに彩られた 夢の物語・・・

歌が、終わった。

辺りは静寂に包まれる。

ぺこり。

零は一礼し、目を開く。

銀の双眸が捉えたのは、惚けているショートカットの女性、明。

歌が終わったことに気付いていないのか、視線が宙を彷徨っている。

「?」

ひらひら。

目の前で手を振る零の姿に彼女はやっと戻ってきたようだった。

「あ、ごめんなさい・・・。すごく、素敵な歌だった・・・」

未だぎこちない笑みをつくりながら、彼女は言う。

その時、彼女の目からしずくが一筋流れ落ちた。

頬のラインをなぞり、顎に到着した後、床に落ちる。

「?!」

「あれ・・・何でだろ・・・。なんか、涙が止まらないよ・・・。」

必死に両手で拭い去ろうとするが、一向に止まる気配を見せぬ涙は彼女の顔をぐしゃぐしゃにした。

「・・・」

ぺこっ。

零は勢いよく頭を下げる。『ごめんなさい』ということらしい。

「ううん、あなたは悪くないの・・・。でも、何でだろ・・・可笑しいよね」

涙に顔を歪ませながら、それでも彼女は笑顔を作ろうとする。

その時、零が動いた。

明に歩み寄り、優しく抱きしめる。

『大丈夫、安心して良いんだよ・・・』

そう言わんばかりの、優しい表情で。

「うっ・・・ううっ・・・うああああああああ・・・・・っ!!」

それが引き金になったように、明は大声で泣き始める。

そんな彼女を、零は静かに抱きしめ続けた

料理は、すっかり冷めてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あいつ、何か変わってないか?」

思いっきり疑問をあらわにした声で、黒い男は呟いた。

掌の上に置いてある四角錐の物体には零に抱かれ、泣きじゃくる明の姿がある。おそらくは、使っている者の望む場所の状況を映し出す物なのだろう。

「確かに。前の彼とは思えないほど、人に優しい・・・妙ですね。」

白い男もそれに同意する。

「何か企んでのことか、それとも純粋に思って行動しているのか・・・。俺には分からない」

「でも、もしかしたら・・・」

肩をすくめる黒い男に白い男は何か気付いたように言う。

「あれが、本来の彼なのかもしれません。純粋で、一途で・・・。あんな行動を取っていたのも、己の夢を純粋に叶えるためだったのかもしれませんね。」

 

 

 

 

 

 

 

ぺこり。

玄関で、零はお辞儀をする。

ご馳走様でした、ということらしい。

「ううん、気にしないでください。あの、もう帰るんですか?」

「?」

「もう少しここにいても・・・何なら、泊まってても構わないんですけど・・・」

ふるふる。

「あっ・・・そうですね・・・。やっぱり迷惑でしたよね・・・。」

再び、ふるふる。

彼は右側を指さし、ドアを開け、明を手招いた。

外に出てごらん。

零は無言でそう言っている。

「え?はい・・・」

彼に従い、明は外に出る。

上着を着ていなかったので、外の冷気に明は身震いをする。

二人が外に出ると、零は彼女の部屋の、右側のドアの前に立った。

「?」

疑問に思い、彼女はドアの横にあるネームプレートをのぞき込んだ。

そこには『吟遊 零』と楷書の漢字で書き込んであった。

「お隣だったんですか・・・。なぁんだ」

明はホッ、と安堵の息を吐く。

「良かった、これならいつでも会える・・・」

「?」

「あっ、何でもないですっ!」

小声で呟いた彼女の言葉に、零は『?』のマークを浮かべる。

「そ、それじゃ、お休みなさいっ」

慌てて、明は自室へ戻っていこうとする。

しかし、その手を零が掴んだ。

「?ど、どうしたんですか?」

突然の行動に、目をパチクリさせる明。

それに対し、零は笑顔で上を指さしている。

『屋上へ行かないかい?』

彼女にはそう言っているように見えた。

「屋上に行くんですか?」

こくり。

「私も?」

こくり。

「別にいいですよ。何をするんですか?」

明の問いに零はただ微笑んだだけだった。

くるり、ときびすを返し、彼は歩いてゆく。

「あっ、待ってください!」

少しずつ遠ざかる彼の姿を明はすぐに追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋上は無人だった。

冷風が二人を撫でつけ、時に『ヒュウ、ヒュウ』という音を奏でる。

帰ってくるときに降っていた雪は既に止み、雲の間から星空が覗いている。

オリオン座も見えた。

「それで、何をするんですか?」

明は言う。

その言葉に反応するように、零はリュートに手をかけると、ぺこり、と一礼した。

―ポロンッ

先程より少しタッチが強めな出だし、すぐにそれが軽快なリズムへと変わってゆく。

聞いている者をワクワクさせる、そんな旋律。

―小さな精達よ、ここにおいで・・・

再び、明の頭の中に歌詞が流れ込んでくる。

―その小さなかけらを着て 地上の人々に祝福を・・・

歌が始まって間もない頃、明の視界に何かが映った。

小さな白い粒。

それは紛れもなく、『雪』だった。

「あっ・・・ゆき、だぁ・・・」

空を見上げ、はしゃぎ始める明。

音楽はますます楽しげなものに変わってゆく。

―おいで、おいで・・・ここにおいで・・・

「あはっ・・・おいで、おいで・・・ここにおいで・・・」

零の歌に合わせ、彼女も歌い始める。

『みんな、幸せになぁれ・・・』

歌が終わる頃、あたりは一面雪だらけ。白一色だった。

まるで、汚れを知らない明の心のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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