9、いつの日にか、また
「あーあ、俺らの仕事も引き伸ばしか」
嫌そうに、黒い男は言う。
腰には先程折られたはずの漆黒の剣が元の形を保ち、吊り下がっていた。
「仕方無いでしょう?彼の動きを見張るのが私達の仕事なんですから。・・・といっても、必要ないかもしれませんがね」
諦めたように白い男が言った。
「でも、不思議なものですよね」
「何がだ?」
「人の想い、ですよ。例え声が無くたって、伝わるものは伝わるんですから。」
らしくない、白い男の台詞に、黒い男は大声を上げて笑った。
つられて、白い男も笑い出す。
その声はいまだ明けない夜に吸い込まれ、雪になって舞い降りてくるのだろう。
年が明けてからの初雪は、きっと街を白く埋め尽くしてくれるだろう。
声が無くとも伝わる、純粋な想いのように。
物語は、いつか終わる。
どうやら、私の役目もここで終わりのようだ。
後は、主人公たちにこの物語を託すとしよう。
夢は終わり、少女は現実に戻る。
時間と言う風車は、ゆっくりと、人の想いを乗せて今も回っている事だろう。
旅人は、少女に笑顔を求めた。
そのかわり、彼はぬくもりや、想いや絆…そして、少しばかりの切なさを残し、再び旅路へ赴く。
重苦しい音を響かせながら、風車はゆっくりと回る。
いつか、彼らは再び出会うのだろう。
時はめぐり、夢は覚め、現実を生きて…
遠い遠い約束を、彼は果たしに来るのだろう。
何故なら…
旅人も、少女に恋をしてしまったから…。
窓から差し込む光に私は目を覚ました。
うーんっ、と背伸びをし、辺りを見渡す。
自分でも驚くほど、気分がすっきりしていた。
未だ、胸のうちに悲しさは残る。
でも、大丈夫。
私は独りじゃないから。
「あれ・・・?レイ?」
もう一度視線をめぐらす。
私の部屋の中に、あの現実離れした吟遊詩人・・・そして、私の大好きな人の姿は無かった。
「ん・・・?なんだろ・・・」
机の上に置かれた、白い封筒。
外には綺麗な字で『アキラへ』と書いてあった。
ゆっくり便箋を取り出し、文章を目で追う。
『アキラへ
勝手にいなくなって、申し訳ありません。
しかし、私はもう少しばかりやらなくてはいけない事があるようです。
それが終われば、私は自由です。
それまで・・・待っていてくれますか?
私は、必ず帰ってきます。
その時まで・・・いや、これからずっとあなたにお願いしたい事があります。
笑顔を、忘れずに。
それでは、この辺で。
アディオス、アキラ。いや、行ってきます。
吟遊零より』
私はゆっくりと便箋をたたみ、封筒の中に戻す。
彼は言った。
必ず帰ってくると。
なら、私は笑顔で待とう。
泣くこともあるけれど、笑うことを忘れないようにしよう。
「それじゃ、とりあえず朝ごはんでも食べようっと!」
私は寝癖のついた髪もそのままに、キッチンへと入っていった。
今、私は今までに無いくらい『良い顔』をしていると思う。
だって、母さんとレイが忘れないことを望んだ笑顔なのだから。