終曲 「 Ever Snow 」
いつものように、私はギターを弾いていた。
レイがいなくなって、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。
なんて事はない、少し前の生活に戻っただけ。
まぁ、少しは変わったところもあるけど。
彼が言ったように、私は独りじゃない。そう思えるようになっただけだ。
独りで泣くこともなくなったし、あの悪夢も見なくなった。
そして、不思議なことが周りに起こった。
まず、本が・・・『声の無いラヴ・ソング』が無くなった。
部屋にいるときはベットの上に置いていたし、出かけるときはバックの中にいつも入れていた。
どこかに置き忘れたという訳でもないし、盗まれたとも考えにくい。
とにかく、消えてしまった。
そしてもうひとつ。
私の隣の部屋は、ずっと空き家だったそうだ。
入居者がいたわけでもなく、別に借りたいという人もいなかったと大家さんが言っていた。
つまり、レイのことを私以外誰も覚えていないということだ。
その時私はちょっとだけ不安になった。
あれが全て夢だったんじゃないかって。
でも、私の記憶の中に彼は残っている。これは決して夢じゃない。
それにレイの手紙だってちゃんと残っている。
だから、不安になった時は彼の手紙を見るようにしている。
大丈夫、私は笑ってられる。
彼が帰ってきたときに、彼を笑顔で迎えられる。
「ねぇ、アキラってばっ!」
「ふぇっ?!な、何?」
どうやら私はボーッ、としていたらしい。
目の前にいるミズキの声に気がつかなかった様だ。
「何?じゃないでしょう?リクエスト、さっきからしてるのに」
「ゴメン、聞いてなかった。で、何だっけ?」
私の言葉に彼女はやれやれと息を吐き出した。
「オリジナル。それも、とっておきのやつ」
「うん・・・分かった」
私は再びギターに手をかける。
静かに息を吸い込み、歌詞を紡いだ。
舞い降りる雪に あなたを想い出していた
灰色の街に 小さな希望を見ていた
今こそ ドアを開けて 行くよ
少しづつ、歌ってゆく。
レイは今頃何処にいるのだろう。
いつか帰ってきたときに・・・真っ先に声を聞かせて欲しいな・・・。
大丈夫
怖がらないで
強く思えば きっと叶うから
大丈夫
あなたにも 声の無いラヴ・ソングが聞こえますように・・・
歌が、終わる。
閉じていた目を開くと、ミズキの他に何人かの人が集まっていた。
その中には毎回見に来てくれている人もいる。
まばらな、けど大きな拍手が私を包む。
私は恥ずかしくて、急いで立ってお辞儀をした。
「ねぇアキラ」
ミズキが、私を呼ぶ。
「?」
「この曲のタイトル、なんて言うの?」
感動しちゃった、と彼女はいささか興奮気味だ。
しかし、ここまで熱心に聞いてくれて、私は嬉しさと恥ずかしさの混じったような気持ちだった。
「えっとね・・・」
そう、この曲のタイトルは・・・
「『声の無いラヴ・ソング』っていうんだよ」
まだ目の覚めない街並みを男は見下ろしていた。
東の方では空が紫色になり始め、ビルにその光を反射させている。
静寂を縫うように聞こえる車の排気音や、鳥の鳴き声。
寒いが、心地よい朝の訪れ。
男はふと微笑むように目を細めた。色は銀。濁りのない、白銀。
それと同じ色をした髪に、夜空をイメージさせる紺色のフードとマントのような服。所々に金や銀で装飾が施されている。
そして、背中には古ぼけたリュート。
『太陽』の装飾が施されたそれは、使い込まれている様子で、所々に傷が付いている。
「・・・♪」
声を出さず、微笑む。
その笑顔は何か企むような陰険な笑顔ではなく、純粋な『喜び』の笑顔だった。
―スッ・・・
腰の袋の中から何かを取り出す。
それは『ピエロ』の仮面だった。
仮面を顔に付け、再びその下で微笑む。
「♪」
(さぁ行こう・・・準備は整った・・・)
そう物語っているように見える。
男はリュートを手に取ると、静かに爪弾く。
―ポロン・・・ポロン・・・
静かな、優しい旋律。
その音色と共に、彼の回りに霧が立ちこめ始める。
次第にその量は増えてゆき、ついに彼を覆い隠した。
冷たい、少し強い風が吹く。
その風が霧を虚空へかき消した。
霧が晴れる頃、彼の姿はそこにない。彼は霧のごとく姿を消した。
彼の行方は誰も知らない。
そう、彼自身しか・・・。
Fin