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FLAME BULLET CLIMAX…"終末の炎"〜ARMAGEDDON 「そんなの決まってるじゃない。あなたを……倒すため」 のその声がどこから聞こえたのか、分からなくなる。 《ワーディング》が辺りを包んだ時にはもう、司は戦闘態勢に入っていた。 彼の周囲の空気分子が次第に活動をやめ、空中で氷結する。 乾いているはずの地面を氷が覆い、辺りはあっという間に司の"領域"へと変貌を遂げた。 のいるはずの方向を振り返る。 果たして彼女はそこにいた。睨みつけている視線をものともせずに苦笑してみせる。 「あれ?一応警戒はしてたんだ、司くん?」 「へ……直球勝負で襲撃かよ……無策で来るたあ、俺も舐められたもんだな」 「なんだ、とっくに気付いてたのかぁ……ちょっと残念」 《ワーディング》の主は、誰あろうその人だった。 それをあらかじめ気付いていた司の様子に、彼女は少しだけ不満げな視線を寄越す。 「なーんでばれちゃったかなぁ?」 不思議そうに、どこからか取り出した拳銃を弄んでいる。 司にも見覚えがある。その銃はUGNの敵対組織ファルスハーツの作り出した専用の武器だ。 「何、簡単なことだ……お前は昨日の襲撃で、声を変えなかった」 「声まで覚えててくれたんだ」 嬉しそうに微笑む。が、恋する少女のようにも見えるその笑顔は、どこか虚ろだ。 司は不敵に笑いながら、の張った《ワーディング》に沿うように自らの"領域"を押し広げる。 「それに何より、 微笑んでいたの表情が、すぅっと消えていく。 「そう……正体までばれたんなら、もう何も言うことは無いね」 言うが早いか、はトリガーを引く。 とっくにセーフティは解除していたらしい。扱いをしくじらない自信があるのだろう。──あるいは、狂気か。 「くっ!」 「遅い」 司が腕を振ると、きらきらと輝く無数の小さな氷が眼前に展開される。 それは通常の銃弾ならば十分に防げる氷の盾だった。 だが、撃ち出されたそれはただの鉛の弾ではなかった。 しゅぅううう……と音がして、二人の間に水蒸気の雲が出来た。 銃弾は確かに普通のものだった。 しかし、撃ち出されたそれは確かに熱を持っていた。しかも、銃身から放たれた摩擦熱程度のものではない、超高熱の炎を。 それがの力だった。 武器を熱エネルギーコーティングすることで殺傷能力を高め、熱に弱い相手には更なる打撃を与えることが出来る。 そして、の卓越した計算能力は、性格にターゲットを撃ち抜き、オルクスの"領域"からすら逃れられる。 まさに司にとっては『やりにくい敵』であった。 水蒸気がおさまった後、司は初めて自分の身体にかすり傷がついていることに気付いた。 「ちっ……問答無用かよ!」 「ごめんねぇ?私、もう理性無いからさあ」 そう言って銃口をこちらに向けるの口調はやはりいつもと変わらない。 フランクで、明るくて……でも完全には打ち解けようとしていない……自身の人との付き合い方と同じ、声色。 「やめられないんだよね……司くんみたいにさ、自分の領域を認識できる人を、まわりからじわじわ攻めていくの。どこまでその人の心に触れずに近づけるか……」 歌うようにつらつらとの舌は回り続ける。 一見すると普通の少女であるこの心の奥底に、狂気──言い表せない深淵を感じて司は戦慄した。 そして一瞬で理解する。 彼女はもう人間ではなくなったのだ、と。 レネゲイドに身も心も侵されて、ジャームと化した、と。 同時にの声が響く。 「今回もなかなか楽しめたから……そろそろ終わりにしてあげる、 「!!」 音よりも早く、司の腹に衝撃が届いた。 遅れて、発砲音が轟く。 の発生させた熱エネルギーでコーティングされた弾丸は、司の"領域"に干渉される前に彼の身体に叩き込まれていた。 「……っ……が、ぁ……っ!」 焼けつくような熱さが司の胴を襲った。 一瞬遅く、下半身の感覚が無くなっていく。 なす術もなく、片手で撃たれた箇所を押さえながら、司は地面に膝をついた。 うっかり傷口に触れた手が、恐ろしい程に熱い。 そこは銃創とは信じられないほど大きく抉られていた。 「あれ?もう終わり?……そんなはず無いよね?」 薄笑いを浮かべたの表情。 ドン、ドン、と続けざまに撃ちながら、それは次第に哄笑へと変わっていく。 彼女の喉の奥から不気味に漏れ出すくぐもった笑い声が高くなっていくたびに、徐々にの身体は内側から迸る炎に包まれていった。 自分の身すら燃やして、司を撃つ力に変えているのだ。 既に傷口は再生を始めているが、このペースだといつかは追いつかなくなる。 奥歯が砕けそうなほどに歯を食いしばり、司は眼前に氷の塔を立てたが、はそんなものは意に介せず、自身に襲い掛かろうとする氷を次々と穿っていく。 「うふふふふふふ、そんなの届かないって……ふふふ、言ってるじゃない……ここも、ここも!あなたの領域じゃない!!」 笑いながらは、摺り足で一歩ずつ、司に近づいていく。 楽しくて仕方がない。 見た目の距離だとこんなに近いのに、相手は自分に攻撃することすら叶わないのだ。 司の攻撃は、全てをギリギリに避けて、司自身の"領域"の中へと還ってゆく。 「ほら、司くん?私はここだよ?……もっとも、どれだけ狙っても"領域外"じゃあ何にもできないのかぁ……内弁慶なオルクスさんは?あははははははは……!」 肩を揺らして、再び笑う。 再び構え、は今度は司の心臓にぴたりと照準を当てた。 早く狩ってしまいたい。 酔ったようなふらついた足取りを正して、司にまっすぐ向き直る。 だが。 は気付いていなかった。 司の変化に。 引き鉄を絞ろうと指に力を入れたのと、地面から突き出した氷の柱が彼女の胴を貫いたのはほぼ同時だった。 は先程と同じだった。 ただ、半歩足を前へと踏み入れた、それだけだった。 しかし、そこは既に司の"領域"だったのだ。 司にとっては、それだけで十分だった。 完全なる世界。 絶対の結界。 氷の領域。 今や世界は、司そのものだった。 "世界"は、司の敵対分子である"緋色の弾丸"の生命の炎を、瞬く間に鎮火していく。 驚きを隠せないといった表情と共に、は口端からひと筋、赤いものを流した。 「そん、な……私の計算が……間違って、た、の……?」 司は立ち上がって、苦しげに呟くを一瞬だけ見ると、また視線をそらす。 「お前は俺の心に近づきすぎた。無意識のうちに領域内に入ろうとした。それくらい、俺に心を許してたんだろう」 「あ、はは……そー……かもね……どじっちゃっ、た……」 「…………」 「うん……でも、そうだね……私、司くんのこと……嫌いじゃないよ……」 「…………俺もだよ」 「だからかな……一瞬、ね……境界線が、見えなくなったんだ……」 「……、もういい、喋んな。……さよならだ」 「────!」 はっと息を飲む。 同時に、自らの身体をゆっくりと侵食していた氷が、頭までせり上がってきて──そしての全身を覆いつくした。 「……っ」 最後にもう一度だけ、氷の棺に一瞥をくれると、司は歩き出した。 これで本当に終わりだ。 一歩ずつ、に近づき……すれ違う。 瞬間、彼女を閉じ込めた氷の柱は、ガラス細工のように砕け散った。 "緋色の弾丸"の最期だった。 NEXT |